季節は初夏。
苗字名前が氷帝に転入してから数ヶ月が過ぎた。
この世界に来たばかりのときの彼女は、テニスの王子様のキャラクターと遭遇するたびに固まっていたが、今は違う。
クラスメートの向日、宍戸とは今まで以上に親しくなり、廊下ですれ違う跡部を見ても緊張しなくなった。
本を借りに来る日吉にも焦らず対処できるし、顔見知りな芥川、鳳、忍足ともどもらず会話ができるようにもなった。
…樺地を見たら感謝の思いが止まらないらしいが。
彼女はこの氷帝学園に、テニスの王子様の世界に馴染んできているのだった。
そんな彼女の知らない場所で、こんな会話が繰り広げられていた。
「最後に、かなり前に挙がっていたマネージャーの件だが…誰か推薦したい奴、居るか?」
ミーティングの最後に、男子テニス部部長の跡部が忘れられていた議題をもってきた。
これは随分前に行ったミーティングで挙がったものだった。
だから「誰も居ねぇだろう」と軽い思いで聞いたのだが…
「「「はいっ!!」」」
3つの手が挙がった。
向日、芥川、鳳だ。
「…マネージャーにしてぇ奴が居るってことか?」
「はい!」
「だから手ぇ挙げたんじゃん!」
「跡部、ちゃんと話聞いてたー?」
跡部が話しとったんやから聞いてたも何もないやろ…と心の中で芥川につっこんだ忍足はその光景を愉快そうに見ていた。
跡部の額に青筋が浮かんだのを見て怯む宍戸を横目に日吉が会話に入った。
「その推したい人物って誰ですか」
3人は日吉を見て、なんの意図もなく声を揃えてこう言った。
「「「苗字名前(ちゃん)(さん)!!」」」
「………」
一瞬の静寂が部室を包む。
そんな中最初に言葉を発したのは芥川だった。
「なんで2人とも知ってんの…?」
「そっ、それはこっちのセリフだっつの!なんでジローが名前のこと知ってんだよ?!」
「苗字名前?誰だ、それ」
「跡部は知んねーのか?始業式の日に俺らのクラスに転入してきた女子だ」
「へぇ…で、何でお前らはその女が良いんだよ」
跡部が挙手した3人を見る。
向日と鳳はどもりながら、芥川は笑顔でこう言った。
「ほっ、他の女と違って真面目、だし?」
「や、優しい方ですし!」
「好きになっちゃったからだC!」
「「「「「「?!」」」」」」
普通に爆弾発言をかました芥川は驚いた顔をするレギュラーなど気にせず名前について語り始めた。
「なんてったってまず可愛いよね!謝り方とかマジでツボだし、どもるとことかなんてゆうか、こう…この子守ってあげなきゃ!ってくらい弱々しく感じちゃって!笑った顔とかもうストライクッ!ってゆーの?そんでね、あとね、」
延々と名前を語る芥川。
その隣では向日がショックのあまり口が開いたままで、そのまた隣では鳳が驚いた表情のまま固まっていた。
向日を憐れむ宍戸の横には薄く笑う忍足。
日吉にいたっては呆れた顔で芥川を見ていた。
そんなてんやわんやな状況に溜息をつく跡部。
「とりあえず落ち着け、ジロー」
「あ、見たい?名前ちゃんの写メ見たい?俺前撮ったんだー!」
「っはぁ?!盗撮じゃないだろうなそれ!」
復活した向日の発言を無視して跡部にケータイの画面を見せる。
「この子が苗字名前ちゃん!」
「(…どっかで見た顔だな)」
「秋野の友達だ」
宍戸のこの助言があって跡部は思い出した。
「あぁ、あいつか」
「え!跡部知ってんの?」
「なんで跡部まで…?!」
心底悔しそうで悲しそうな声でそう発した向日は跡部を見た。
宍戸はそんな向日の肩を「ドンマイ」とゆう意味でぽんぽん、と叩く。
「廊下で苗字とぶつかった」
「あぁ…秋野が喚いてた気がする」
「樺地は3年生の苗字さんって知ってる?」
鳳が芥川のケータイ画面を見せると樺地がこくん、と頷く。
それを見た樺地以外のレギュラーが驚いた。
「なんでなんでー!なんで樺地が名前ちゃんのこと知ってんのー?」
「階段から、落ちるところを、助けました」
「白馬の王子様やんか…」
「ずるーい!俺も名前ちゃんの王子様になりたーい!」
「俺ら全員、苗字のこと知ってるんだな」
「全員?」
不思議そうな顔をして宍戸を見る芥川。
「俺と向日は同じクラスだろ?長太郎とは捨て猫を見つけたとき。で、日吉は俺と苗字が図書委員の仕事してるときに来たし」
「侑士には俺が紹介したし…」
「樺地は名前ちゃん助けたし、跡部は廊下でぶつかって。俺は始業式の日に…」
「すごいですね、苗字さん」
「確かに苗字はそこら辺の女とは違ったな。普通に謝ってきやがった」
「ってことは!?」
芥川が期待の眼差しで跡部を見つめる。
が、芥川の顔面を手で押し退ける跡部はこう言った。
「その苗字で良いんじゃねぇか?」
「よっしゃ!」
「名前ちゃんがマネージャーやってくれんなら俺部活頑張れそー!………………………あ」
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