僕には日課がある。
いや、日課というと少し大げさかもしれないな。
訂正。ほぼ習慣と化している事柄がある。
それは幼馴染を慰める、ということ。


「ごめん、周助…いま時間ある?」

「うん、大丈夫だよ。待ってるね」

「ありがとう」


今日も名前からの電話を受けて僕は宿題を片付けるのを切り上げて彼女を迎える準備をする。
昨日はミルクティーだったから、今日はレモンティーでいいかな。
あ、姉さんの手作りケーキもう食べきっちゃったんだっけ…今日はクッキーとチョコレートで我慢してもらおう。
お菓子とレモンティーをトレイに乗せるとちょうどインターホンが鳴った。
誰なのか確認もせずにドアを開ける。


「ごめんね」

「大丈夫だよ。上がって」


お邪魔します、と玄関のドアを閉める名前は元気のない小さい声で呟いた。
彼女を先に僕の部屋へ向かわせ、キッチンへお菓子とレモンティーを取りに行ったあと僕も部屋へ向かう。
今日はどんな相談内容だろうと思いながら部屋のドアを開けると正座をして座っている名前と目が合った。


「お菓子、ありがとう」

「今日はレモンティーにしたよ。姉さんの手作りケーキはないから、我慢してね」

「我慢って…食い意地張ってるみたいに言わないでよ」

「昨日あんまりおいしそうに食べてたからね」

「だっておいしいんだもん…」

「ふふ。それで、今日はどうしたの?」


ティーカップを名前の前におきながら尋ねた。
その言葉を聞くと彼女は目線を僕から外して下を向いた。
僕の習慣と化している事柄の内容というのは、名前の恋愛相談だ。
いつも名前の付き合っている恋人についての話をきいている。
しかしその相談内容は惚気やデートの計画などという決して明るいものではなく、恋人の浮気癖について。


「昨日も…女の子とキス…してるところ見ちゃって…」

「うん」

「それを言ったら…また、ケンカになっちゃって…」

「そっか…」

「俺の勝手だろ、ってすごい怒鳴られて…」

「…うん」

「思わず私泣いちゃってさ…。悔しくて泣いたことあんまりなかったんだけど…そのときは、うっかり…泣いちゃって…」

「うん…」

「そしたら、泣いたことにびっくりしたらしくって…立場逆転っていうか…。急に大人しくなって、もう絶対他の人とそんなことしないって約束したんだけど…」

「…前もそういう約束したんじゃなかった?」

「…へへ、そうなんだよね」


名前は眉をハの字にして、笑いながら涙を流した。
なんでそんな男と付き合ってるんだろうと思わなかったことはない。
今だってそう思ってる。
名前自身もそれは分かっているらしくて。


「なんであんな人と付き合ってるんだろう」

「…でも、別れる気はないんでしょう?」

「うん…。浮気されても、それでも好きなんだよねぇ…」

「ふぅん…」


少し冷えたレモンティーを飲む。
名前もお菓子に手をつけて一息つく。
そして彼女はいつも決まってこう言うんだ。


「本当はあんな人なんかより、周助みたいな人と付き合った方がいいんだろうけどね」


バカだね私、とまた少し笑いながら名前は涙をぬぐう。
うん、僕もそう思うよ。
浮気癖の直らないどうしようもない男なんかよりも、名前のことなら誰よりも知り尽くしている僕の方がいいにきまってる。
僕なら名前をこんな風には泣かせない。
きっともっと笑わせてあげられる。
でも、僕じゃなくてその男じゃなければ名前のことを幸せにしてあげられない。
名前はその男のそばに居ることを1番に望んでいるから。
だからね、名前。
もう僕の心を揺さぶるようなことは言わないで。
力づくでも君のことを男から奪ってしまいそうになるから。










そんなこと言わないで





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