「あ!名前ー!」



教室に向かって廊下を歩いていると後方から私を呼ぶ大きな声がきこえた。

誰だろう、なんて考えなくてもすぐ分かる。

そんな自分と、いつでもどこでも元気なその声の持ち主対してくすくす笑いながら振り向いた。

しかし彼は私が思っていたよりも遠くにはいなかった。

壁に「走ってはいけません」という張り紙があるにもかかわらず猛スピードでこちらに向かってきていたのだ。

彼の足の速さは尋常じゃない。

しかも「加減」というものを知らない。

彼はいつも全力だ。

そんな彼はそのままのスピードを保って私に抱きついてきた。



「っととと!」

「名前!一緒にたこ焼き食べに行こうやぁー!」

「ぇ、ぁ、ごめんね金ちゃん。今日は保健委員の会議があるから学校に残らなきゃいけないの」

「えー!このまえ一緒に行くってゆうたやん!」

「ほんとにごめんね。今日はだめだけど、次は必ず一緒に行くから。ね?」

「じゃぁワイ、名前の委員会終わるまで待つ!」

「金ちゃん、部活出ぇへんつもりなん?」

「っげ!白石…」



私の肩を支えてくれている白石くんが金ちゃんを見遣る。

さっき金ちゃんが抱きついてきたときに運動神経に長けていない私が倒れなかったのは白石くんのおかげだ。

倒れると思った瞬間、スッと白石くんが支えてくれたのだ。

いつの間に近くに居たのかと驚いたが、さすがあの個性派たちをまとめるテニス部部長だとよく分からない理由で感心してしまった。



「その前に金ちゃん、女の子に全力で抱きついたらあかんやろ?」

「そやかて名前がおったから抱きつきたくなってんもん!」

「やからって力任せはあかんで?怪我してもうたらどうすんねん。女の子には優しくせなあかん」

「やや、私は大丈夫だから…そこまで気にしなくても大丈夫だよ」

「………名前、ワイが抱きついたとき痛かった?」

「え?」



金ちゃんの声のトーンが少し下がったような気がした。

彼は困ったような、少し悲しそうな顔をして私を見つめていた。

そ、そんな子犬のような目で私を見ないで…!



「痛くはないけど…勢いがすごくて倒れちゃいそうになっちゃったかな…?」

「ほんじゃぁ次から気を付ける。堪忍な?」

「ん、ええ子や、金ちゃん」

「ほなたこ焼き食べに行こー!」

「それとこれとは話が別や。名前は今から委員の会議があるっちゅーたやろ?」

「もー!ワイは名前に聞いとんのに!」

「俺と名前は同じクラスの保健委員やからな。今から一緒に会議行くねん」

「そういうことだから…次は絶対一緒に行くから、今回はごめんね」

「えー!」

「金ちゃん…ええ加減にせんと毒手で「ぎゃあああああああ毒手だけはイヤやああああああ!」



金ちゃんは涙目になりながらズザザと後ろへ後退した。

本当に金ちゃんはこの「毒手」とやらに怯えているんだな…そもそも毒手って何だろう。

2人のやり取りを聞き流しながらそんなことを考えていると、白石くんは私の肩をグッと引き寄せた。



「金ちゃんは部活にちゃんと出ること。ほな行こか、名前」

「(なぜ肩を抱く…)金ちゃん、ほんとにごめんね。絶対次は一緒に行こうね」



金ちゃんは毒手に怯えたままかと思っていたけど、さっきとは違う表情をしていた。

暗いというか、苦しそうというか、辛そう?

先程の「痛い?」と尋ねてきたときとも違う、今までみたことのないような顔をして私と白石くんをみていた。

心配になって声をかけようかと思ったけど白石くんが踵を返して会議の行われる教室へと向かったためそれはできなかった。

顔だけでも振り向いてみると、金ちゃんは茫然とその場に立ちつくしたままだった。















「なんやねん…白石のやつ」



名前を連れて白石はどっか行きよった。

白石の言うとることは分かる。

女の子には優しくする。

男として当然のことや。

やから、いきなり抱きついたことはあかんなって分かった。

名前は委員会の用事があるっちゅうことも分かった。

…分かっとったけど、駄々こねてもうた。

やからって、白石が名前に触る必要なんかあらへんよな?

…なんでやねん。

なんで白石が名前に触んねん。

ワイが抱きついたらあかんくて、白石はええんか?

わけわからん。

でも、



「一番わけわからんのはワイやぁぁ…」



白石が名前を引き寄せたのを見て出てきたこのモヤモヤ、なんやろう?










知らない気持ち





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