nitro happiness iodide | ナノ






自転車の鍵を外しながら「ふんふんふーん」と気の抜けた鼻歌を歌っている三橋の姿に、突然ぎゅっと心臓を掴まれた。

早い話が変な鼻歌を歌う三橋に何故かときめいてしまったから、ちょっと疲れてんのかな、と思いつつまぶたを閉じた。耳の奥で跳ねる鼓動がうるさい。

思わず噛み潰してしまったストローが泉の舌先で折れる。
目を伏せても、耳をくすぐる音階の外れたメロディからは逃げられない。


冷静に。とりあえず化学式でも並べてみよう。鼓動をなだめながら午後の授業を思い出す。
六限目の化学は実験好きな教師のためにまた実験だった。
アンモニアとヨウ素から成るヨウ化窒素の濃い臭いが、まだ嗅覚の奥底に残っている。ふたつを混ぜて出来たどろりと黒い液体を乾かして、結晶化させれば完成。

教師が軽く薬匙を机の上で叩くと、化合物の結晶は鋭い破裂音とともに弾けた。暗紫色の煙を宙に漂わせて。


静かに目を開く。
よし、落ち着いた。

闇の中で駐輪場のライトだけが灯台のように明々と無機質な光を放っている。
三橋は相変わらず調子外れのハミングを続けながら、小さく唇を動かしていた。
呟くようなその動きを追って、ようやくそのメロディの正体を知る。近所のコンビニやテレビなんかで最近よく流れている、ありふれた安っぽい流行歌。愛だの恋だの、そんな感じの。


へこんだストローで無理矢理中身を吸い出して、空になったパックを自転車の前カゴに放り込んだ。
ゆっくりと、冷たくて甘い液体が食道を冷やしながら落ちていく。枯葉を掻き散らした夜風が強く肌を叩く。寒い。


「泉くんは、おでんの具で何が好き?」
「は?」


くるりと振り返った三橋に問われて、僅かに目を見開いた。

おでん?怪訝な口調で反復する自分の口元から立ち上った息が、視界を一瞬曇らせて消える。


「俺、おごるよ。泉くん、今日誕生日だから」
「知ってたの」
「うん」


前カゴに入れたジュースのパックがカラコロと転がる。田島といい三橋といい、プレゼント=食い物に直結してんのはなんでだ。


自転車のスタンドを蹴って外し、おめでとう、と三橋がにっこり笑った。いつもの気弱な笑みじゃなく、伸びやかで綺麗な笑顔。

何が楽しいのか、鼻歌を再開した三橋の唇からふわふわと淡く吐息がこぼれる。

あー、どうしよう。
下手くそなのに可愛らしいメロディと白い吐息が混ざりあって、心臓で鋭い音をたてて弾ける。結晶が弾けるみたいに、強く。


「みはし」


二回手招きして、同じ目線にある柔らかな髪をくしゃくしゃに撫でた。薄茶の毛はところどころ絡んでいてお世辞にも綺麗だなんて言えないけれど。

静まるかな、と思った自分の心臓は相変わらずひどく活発に動いている。


「な、なにっ」
「なんでもない。行こーぜ」


ほんの一瞬だけ手を繋いで、すぐに離した。固い皮膚の感触はやっぱり可愛らしくもなんともないのに。



鼻歌に髪に手のひらに、きゅん、としたのは内緒だ。























─────────

泉ハピバ!
プレゼントはジュース(田島)とおでん(三橋)で。
原作三橋は音痴だと思います。なんとなく。


091129QLOOKアクセス解析
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -