未確定恋心 | ナノ
三橋がパタパタと軽い足音をたてて去って行き、ようやく、フリーズしていた頭がゆっくりゆっくりと起動を始めた。
まるで、初期パソコン並みの処理速度の遅さ。
眼鏡を着けても外しても、目をこすっても頬をつねってみても、渡されたものは変わらない。
自分の右手にあるのはやはり、どうみても、妙に可愛らしい水色の紙包みで。
花井梓十六歳。
こんな名前だけれど、性別は男。
自分で言うのもなんだが、ガタイも悪くないし、野球部のキャプテンでもある。
の、はず、なのに。
本日、チョコレートを頂きました。男から。
これを、俺はどうすればいいんだ?
ドッキリか?ドッキリなのか?
水谷が、この時期に寒風吹きすさぶ屋上で弁当を食べようなんて言い出したのは、この為か?
物陰から誰かが覗いているんじゃないかと、期待をこめて勢いよく辺りを見回してはみるけれど、だだっ広い寒空の下に、俺以外の誰が居るわけでもなく。
言い出しっぺの水谷は、まだひとり教室で提出期限の過ぎた古典の課題をやらされているはずだし、阿部はシガポに呼び出されている。
そして俺は、大袈裟に言えば人生を左右しかねない包みを手に持って、それを渡された瞬間のままの姿勢で、未だに硬直していた。
はっきり言って、別段同性愛に対して偏見があるわけでも、ましてや嫌悪感があるわけでもない。
かと言って、「愛は性別を超えるぜ!」と叫ぶほどの主義主張を持っているわけでもなく。
普通の高校生ならまあ、そんなものだろう、と思う。
そうだ。
たぶんきっと三橋だって、『普段お世話になっている花井くんへの、ちょっとした恩返し』みたいな気持ちでくれたのかもしれない。
ちょっと待て、じゃあどうしてよりにもよって、今日なんだ。
想いを伝える一大イベントの、バレンタインデーに、なんで。
あ、そうだ、義理チョコだ。違いない。
ていうか、義理であってくれ。頼む。
『今は野球に集中したいから。でも気持ちはすごく嬉しい。ありがとな。』
そう言って、女子からの義理以外のチョコレートは、全て断った。
それは勿論、彼女がいるからとかじゃなく、本心からのものだ。
途端に、包みを差し出した三橋の妙に白い手を思い出して、どうしてなのか、きゅっと胸が疼いた。
その手は僅かに、でも確かに震えていて、
気押されるように思わず、無言で受け取ってしまった。
俯いたままの三橋の表情はわからなくて、お礼のひとつも言えなかったことを、俺は何故だか、今更ながらに後悔している。
水色の包みをそっと開けると、恐らく手作りなのだろう、少し歪な、まるいチョコレートが小さな箱にころりと並んでいた。
「花井ー、遅くなってごめん!!」
唐突に水谷が屋上のドアを吹き飛ばすように飛び込んきて、
俺は、とっさに紙包みを鞄のなかに隠した。
が、時すでに遅し。
目ざとく俺の動きを目で追いながら、水谷はへらっと笑う。
「あ、花井も三橋からチョコ貰ったんだー」
「へ?」
「いやー、なんか今年逆チョコブームでしょ?三橋ってば、お世話になったひとに男からチョコ渡していいんだ、って勘違いしちゃってるみたいでさー」
可愛いよね、と笑顔で言いながら、水谷は俺と同じ水色の包みを取り出し、なかから一粒つまみ出したチョコレートの銀紙をぺりぺりと剥く。
「……水谷、それ、三橋が他のやつにやったのと同じチョコか?」
「そーだよ?みんなこれだったみたい」
水谷が口に運ぶそれは、明らかに既製品の、綺麗な星形をしていて。
「花井、なんか顔赤いよ?風邪?」
「……や、なんでもない。お前がこんなさみーとこで待たせるからだよ!」
何だかよくわからないけれど、貰ったチョコレートにこれだけ胸が高鳴るのも、生まれて初めてのことだった。
未確定恋心!
(……ホワイトデー、どーしよう……)
バレンタインハナミハ。
ぐるぐる悩む花井が好きです。
090225