腕のなか、腕のそと | ナノ






成長期に感謝。

180センチ以上ある自分の身長は、一応まだ伸び続けている。膝や骨が軋んで痛み、毎日すくすくと新芽のように育っていた中学時代に比べれば微々たるものだが、それでも伸びている自分の身体を褒めてやりたい。


男だからというわけではないけれど、身長はいくらあっても困らない、と花井は思っている。野球にだって役に立つ。



最近は160センチ以上ある女子だってざらにいるからなあ、と考えつつ、コンビニのおむすびを一口噛った。今日は母親が寝坊したため、弁当はなし。学校途中のコンビニに寄って来たのだ。

花井の隣で水谷がぱかりと弁当箱の蓋をとった。阿部は既に食べながら、野球雑誌を捲っている。



「なんでさ、男は踵の高いハイヒールみたいな靴履いちゃダメなんだろーね?」



背の高い男が好きだってみんな言うくせにさ、と水谷は口を尖らせる。



「履けばいーじゃん、俺は別に止めねーよ。頑張れ水谷」



阿部が雑誌に目を落としたまま、片手をひらりと動かした。犬を追い払うような仕草に水谷が、ひでーよ!と言いつつ弁当のおかずを口に運ぶ。

ホウレン草の煮浸し。
身長を気にする息子に相応しい、カルシウムや鉄分を含む栄養価の高い野菜を入れてやる水谷の母親に心の中で拍手した。



「水谷、背低いほうじゃねーだろ。阿部と同じくらいあるし」


「俺のほうがちょっとだけ高いんだよねー」


「威張んなっつーの。そろそろ追い越すしな、多分。身長気にしてんなら、ジュースじゃなくて牛乳飲めよ」



水谷の紙パックを示しつつ、阿部が顔を上げてにやりと笑う。確かに、最近阿部は以前よりがっしりしてきたような気がする。



「花井はいーよな、身長で悩んだことないでしょ?」


「まーな」



例えばだよ、と水谷が林檎ジュースを一口飲んで続ける。甘ったるい、人工的な林檎の匂い。



「好きな子の背が160センチまで伸びちゃったりしたら、俺はあと3センチも伸びなきゃいけないじゃん」


「なんだよその、具体的な数字は」


「え、よく言うじゃんか、」



『キスするのに丁度いい身長差は15センチ、って』と、どこから仕入れてきた情報なのか(水谷の場合、恐らくは姉だろう)、そう言い切って再び紙パックのジュースを吸い上げた。



(15センチ、って)



素早く、頭の中で引き算。


181−165 はいくつでしょう。答え、16。



(ギリギリセーフ!!)



心の中で盛大に自分の身長を褒めてから、ふと我に返る。自分の思考が恥ずかしい。



「花井、三橋呼んでるよ」



ちょいちょいと水谷が指差す先を見れば、細く開けられた教室のドアの向こうで、まごついたように茶色の髪が揺れている。



「どーした?」


「花井くん これ 昨日、うちに忘れてって、たから」



冷えた廊下に出て、後ろ手に扉を閉める。いつもなら騒がしい昼休みの廊下も、今日は随分と静かで、人影がない。
教室は暖かいし、しかもテスト初日の今日は、まだ一応みんな緊張感に包まれているから。阿部や水谷は例外だ。

三橋がひょいと取り出したタオルは、綺麗に洗われて袋に入っていた。こういうところで、妙にきちんとしているのが三橋らしいと思う。


テスト勉強という名目どおり、ちゃんと勉強もした。昨日は。

後ろめたいことが全く無いかと問われれば、それは嘘になるけれど。



濡れた声を思い出す。
噛んどけ、と花井が左肩を指差せば、甘く息を溢しながら三橋はそこに噛み付いた。
少しの痛みと、痺れるような感覚。

シャツの下の肌にはまだ、くっきりと歯形が残っている。
多分、しばらくは消えない。よくあることだ。
肩を差し出さなければ、三橋はいつも無意識に、自分の指を噛んで耐えるから。



「英語、出来たか?」


「たぶん」



三橋は少し困ったように笑って、そう言った。この様子なら、きっと大丈夫だ。



「じゃあ、また、あと で」


「あ、三橋、」


「な に?」


「お前、今身長何センチ?」



こちらを少し見上げた三橋が、きょとんと不思議そうな顔をしながらも、大きな目をくるりと動かして考える。

たぶんちょっとは伸びてるけど、と途切れ途切れに言う三橋の身体を、すっぽりと一度、自分の身体で包んでみた。


ふわん、と鼻先で髪が揺れ、一瞬俺の肩に視界を奪われた三橋が、驚いたようにぴくりと動く。


唇の先は、丁度耳の位置。

『大丈夫、人いねーから』と囁けば、きゅっ、と指先で服の裾を摘まれた。

どうしたの花井くん、と少し、笑みを含んだ声がする。



「や、ちょっと、確認」


「 ?」


「全然大丈夫だった。ごめんな、いきなり」


「ちょっと、びっくり した」



まだ不思議そうな表情を残したまま、三橋は笑って『また、あとでね』と去っていった。



良かった、まだ全然余裕じゃないか。大丈夫。



腕の中の、自分より二回りくらい小さな身体の感触を思い出して、ほっと安心した。


三橋だってまだでかくなりたいだろうから、そのままでいろ何て言わない。

頑張れ俺の身長。
もうちょっとだけ。
三橋の成長期が終わるまでは。



(抱いた感じが、いーんだもんなあ。これくらいの身長差だと)




明日から飲み物は牛乳にしようと考えながら、腕の中の温かさが消えないうちに、花井は急いで教室のドアを開けた。








腕のなか、腕のそと


























身長差ネタは楽しい。

これくらい、大人っぽい花井と三橋も好きです。もうキスくらいなんでもないよ俺たち、みたいに安定したハナミハ。
私のなかのハナミハはエロ(っぽさ)が標準装備です多分。


081219



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