風を待つ | ナノ
※「ももいろのつぼみ」の続編。
田島視点で、泉三前提の田→三。泉も三橋も出てきません。注意。
恋と友情の境目は、果たしてどこにあるんだろうか。
照りつける日差し。
屋上から見下ろす校庭の桜は半ば散り、薄桃色の靄のように浮かぶ樹上には、ちらほらと緑の若葉が混じっている。
旧暦の月区切りでいえば四月はもう初夏なのだと、授業中、眠りに落ちる寸前に古典の教師が言っていた。
今日の日差しは、殊更に夏を思わせる。
雲ひとつない、パレットに広げた絵の具のように色鮮やかな青い空。
その下にある全てに、惜しみなく降りそそぐ光と熱。
髪の先を揺らす程度の、ささやかな風。
捲りあげたシャツが肘の辺りでわだかまり、布の下の肌がじわりと汗ばむ。
目の粗いフェンスに背中を預け、田島は横目で白い校舎を見下ろした。
片手にあるジュースの紙パックは、既に生温くなっていた。
隣に腰かけた浜田がパンを大きくひとくち齧り、ちらりと田島を見る。
「食わねーの?」
「食うよ」
いつもどおりに軽く返したつもりの自分の声は、なんだか酷く無機質に響いた。
浜田は何も言わない。
多分、浜田は全部気付いていたのだ。俺よりもずっと前から、全ての変化に。
俺と三橋と泉の、微妙なバランス。
一歩引いた立場からこそ、見えるものもあるのだ。俺の立ち位置は近すぎて、何も見えてはいなかった。
花が散れば若葉が芽吹き、生い茂る。
知らないうちにも時は経ち、季節だってうつろう。
当たり前のことだ。
諸行無常。万物はすべからく流転する。そう唱えていた教師の声が、再び耳に蘇る。
変化せずにいられるものなんて、なにひとつないのだ。
ついさっき、体育館で聞いたばかりの三橋の言葉が、耳の奥にこびりついて離れない。
眩しい陽の光が、コンクリートの地面に田島と浜田の影を黒々と焼きつけている。
ふたつの影法師に向って、田島は小さく口を開いた。
「三橋は、泉の髪がすきなんだってさ」
まるで独り言のようなそれに、浜田は少し間をおいてから、『三橋らしーな』と優しく答えた。
やっぱり、浜田は全部気付いている。
三橋自身が気付いていない、三橋の目線の先にさえ。
ジュースを買いに行った三橋と泉は、まだ戻って来ない。
「浜田、いつから知ってた?」
「三橋のほうは、ほんと最近」
泉は、ずっと前から。
そう言って、浜田はまたひとくちパンを齧った。
ずっと前から。
その言葉のもつ響きが、計り知れない深さと長さが、ざらりと嫌な感触を伴って耳から胸へと落ちていくような気がした。
恋と友情の境目は、果たしてどこにあったのだろう。
おぼろげなその線をいつしか自分も踏み越えてしまっていたことに、もっと早くに気付いていれば、三橋は俺を選んだのだろうか。
「俺の髪だって、黒いのにな」
購買のある校舎へと続く渡り廊下。
揺れながら並ぶ薄茶と黒に、自然とピントを合わせてしまう。
泉の背を押したのは自分なのだ。
後悔はない。
後悔はない、けれど。
「三橋に、泉に言ってやれって言っといたんだ」
「なにを?」
「泉の髪がすきだって」
田島の目線を追ってフェンスの外に目をやった浜田が、少し目を細めて微笑んだ。
相変わらず日差しは眩く、風は無い。
「田島は、いーやつだな」
「別に、トーゼンのことだろ。友達だからな」
強く、強く風が吹けばいいのにと、切実に願った。
両目を突き刺すほどに、強く。
目の奥にこもった熱がこぼれても、風のせいだと言えるように。
都合良く吹いてはくれそうもない風を思いながら、田島は右手に持った紙パックのストローをくわえて、中身を喉へと流し込んだ。
隣でなにやらがさごそと、浜田は鞄のなかを探っている。
生温くなったジュースを飲み下して息をついた田島に、ひょい、と、大きな手のひらが差し出された。
二粒の、桃色の飴の個包装。
「三橋の右側は泉のものになるかもしれないけどさ、左側はお前のポジションだろ。三橋と分けて食えよ」
これくらいは許されるって、と言いながら、飴を差し出した浜田が優しく笑う。
天気は凪いだように穏やかで風は少しも吹かなかったけれど、
視界にうつる二粒の桃色が、不意に、淡く滲んだ。
風を待つ
(恋と友情の境目が、俺にははっきり見えていた。でも、)
(気付かなかったふりをしようと、そう決めたのだ)
(こっち側にいる、ふたりのために)
田島(+浜田)編でした。
田島に片想いさせるのはつらい……ということが分かりました。
浜田の立ち位置は、3人の保護者です。9組だいすきだ!
ももいろシリーズ(…)、次で恐らく最終話です。
090418