夕暮ロマンス | ナノ
ぎゅっと握った指をボールの縫い目に引っ掛けて、弧を描いた腕の先へ放つ、その瞬間。
こっそりと願いをかけてみるのだ。あともう少し、川の向こうに沈みかけたあの太陽が動きをとめてくれますように。
十分、いや、五分だって構わないから。
ぱしん、と向かいの彼のグローブに吸い込まれたボールが軽い音をたてて、受けとめた三橋はかすかに笑う。
ボールに込めた言葉を読み取られてしまったような気がして、ちょっと慌てて、でも笑ってくれたことが嬉しくて、すぐに駆け寄ってその夕陽の色に染まった髪をぐしゃぐしゃに撫で回してやりかったけれど、我慢して、その代わりに俺も笑顔を返した。
河川敷の草がさわさわと風に揺れて、足元に絡みつく。
たまの休日、久しぶりのデートがキャッチボールだなんて色気がないなあ、と、ほんのちょっとだけ思うけど、三橋の喜ぶ顔には勝てません。
投げたいと言われれば、いくらだって付き合いましょう。
だって、一人でマトを相手に投げるなんて寂しすぎるじゃないか。
いや、投げてる三橋はそんなこと微塵も思ってなくてただ楽しいんだろうけれど、その姿を想像する俺が、なんだかなんとなく切ないような気分になるから、だから、なるべくなら俺のいるときに投げさしてやりたい、とこっそり思っていたりする。
そんなこと恥ずかしくて、到底言えやしないんだけど。
だってほら、これからはずっと俺と一緒にキャッチボールしよう、なんて、まるでプロポーズみたいじゃないか。
ひゅっ、ぱしん。
ひゅっ、ぱしん。
俺と三橋の間を、ボールが行ったり来たりする。
ああ、夕陽が眩しい。
もうちょっと、あとちょっとの時間だけでいいから、その光を地上にこぼしていてくれないか。
ほら、少し眩しそうに目を眇めて三橋が笑う。
眩しいね、と言う声が風に乗ってこちらへ届いたので、俺もその笑顔を見つめて、眩しいな、と答えた。
胸元に構えたグローブにすとん、と丸い重みが加わる。
幸せだなあ、とぼんやり思って、それから、なんだか無性に愛しくなったので、
手に馴染むそれを再びぎゅっと握って、弧を描く腕の先へと放つ瞬間、「好きだ!」と、ボールと一緒に言葉を投げた。
うわ、俺、なんか今すごく青春してね?さすがに少し恥ずかしい。
でも、あの夕陽の最後のひとかけらが川に沈んだらきっと、気恥ずかしさで仏頂面になってしまった俺も、向かいで照れたように笑う三橋も闇に溶けてしまうから、そうしたら、
ゆっくり近付いて、暗闇に紛れてそっと手を繋いで、こっそりと笑って。
家路をたどるほんの短い間に、何度か軽くキスをしよう。
呆れるほど初々しくて、傍から見たら笑われてしまいそうだけれど。
でも嬉しい。愛しい。幸せだ。
ああだからどうかそれまで、もう少しだけ、夕陽が落下を止めてくれますように。
『オレもすき』と、
小さく聞こえた三橋の返事が耳からじんわりと染み込んで、目眩がしそうだ、と思った。
夕暮ロマンス
(泉くん、手……)
(『繋いだまま帰るのは、恥ずかしい』?)
(う、ん)
(だめ。このまま帰る)
二万打企画リク 泉三。
シチュエーションの指定はなかったので、ここぞとばかりに思いきり青春させてみました。河川敷でキャッチボールとか、ど、んだけ……!
090103