ひとつの冬のプロローグ | ナノ
部誌を書く三橋を待っているうちに、刻々と外の闇は深さを増していた。
部室の鍵当番だった泉と部誌を書き終えた三橋は、下校の放送に追われるように、急いで校舎から飛び出す。
自転車に跨がって走りだした途端、風は一層冷たく、上着の隙間から鋭く身体を突き刺した。
「うー、さみぃなー」
「耳が、痛いよー」
前を走る三橋の声が、風に乗ってこちらへ届く。街灯の光に目を凝らして見れば、自転車をこぐ三橋の耳は言葉どおりに赤くなっていて痛々しい。
「三橋、コンビニ寄ろーぜ!」
後ろから泉が叫ぶと、くるりとこちらに顔を向けて、嬉しそうに三橋が頷いた。
紅く、染まった頬が可愛い。
(え、可愛いって何だ。なに考えてんだ俺の頭。三橋は男だ)
(っと……じゃなくて!)
「三橋、前見ろ、前!」
三橋が慌ててハンドルをきる。
激突寸前だった電信柱を、三橋の自転車の前輪が掠めた。
「ありがと、泉くん!」
「分かったから三橋、振り向くな!前見て走れ!」
本当に、見ているだけでひやひやする。
孵化したてのヒヨコがふらふらしているようで、目が離せない。
そう、目が離せないのはきっと危なっかしいから。そうに違いない。
………
『なー、泉んとこって兄弟いんの?』
『あー、兄貴がいるよ』
『ってことは、泉も末っ子か!』
『田島もだっけ?お前んとこ、確か兄姉多かったよな』
『五人兄弟だからねウチは!』
『すげーな』
『そんなことはどーでもいーんだよ!にーちゃんが言ってたんだけどさ、』
『うん』
『末っ子って、甘えさせてくれる女に惹かれんだってさ!年上とか!』
『……田島』
『なに?』
『そりゃ、嘘だ』
『へ?なんで?』
………
暗闇にこうこうと光を放つコンビニを見ると、なんだかほっと安心するのは何故だろうか。
白く眩しい店内に、吸い寄せられるように足を踏み入れた。
「三橋、どれにする?」
「肉まん……あ、でも……」
三橋の視線が、肉まんと特製チャーシューまんの上をさまよう。どちらも気になる、が、乏しい高校生の財布に、二個分の出費は痛いのだろう。
そう、こんなとき普段の自分ならきっと少し苛々して、早くしろだのなんだのと相手を急かす。
相手が、田島とか水谷とか他の諸々だったら。
(なのに、なんで俺はこんなに微笑ましく三橋を見守ってんだ?)
(……急かしてみようか)
ふと、そんな思いが泉の頭を掠めた。
そう、急かして文句を言って、他の奴らにするように、出来るはずだ。
(別に、俺は三橋を『特別』扱いしてるわけじゃない!)
「三橋、」
意を決して、泉は口を開き、
「三橋は、肉まんな」
「え、」
「俺チャーシューまんにするから、半分こしよーぜ」
「、うんっ!」
出てきた言葉に、三橋は心底嬉しげに、花が綻ぶように笑った。
(……じゃねえよ!花が綻ぶようにって、なんだそれ!三橋は男だ!落ち着け俺の頭!)
頭の中で葛藤しながら支払いを済ませ、受け取ったチャーシューまんが、ほかほかと湯気をたてている。
真ん中からぱくりと二つに割って、大きな方を三橋に差し出した。
肉まんを綺麗に割ろうと悪戦苦闘中の彼に気付かせるべく、泉は三橋の鼻先でひょいとチャーシューまんを動かす。
ぱくん。
「え、」
「あ、ごめっ」
謝る三橋の声が聞こえたが、それどころではなかった。
無意識に、泉の手にあるそれをかじった三橋の姿が、恋人同士の『はい、あーん』みたいに見えてしまって。
(あー、こりゃもうダメだ、俺の頭)
「ご、ごめん、泉くん」
「いや、三橋は悪くねーんだよ。俺が、俺の頭がわりーんだ……!」
困惑する三橋の隣、明るいコンビニの前で、泉は一人頭を抱えた。
(田島、お前の兄貴の説は、やっぱ俺には当て嵌まんないみてーだよ)
(甘えさせてくれるどころか何だか面倒みてやりたくなる、年上どころか同級生で、しかも男なんだけど)
(俺こいつのこと、好きみたいだ)
ひとつの冬のプロローグ
(気付いてしまった、だから、)
(何かが始まる、そんな気がした)
うちでは珍しい、(まだ)三橋にベタ惚れではない泉。でも 泉→→→三橋。
肉まん半分ことか三分の一ずつ分けたりとかよくやります。
自分でやってても別にときめきませんが、人がやってるのを見るとときめくのは何故だろう。
081123