秋空、知らぬ恋の味 | ナノ
「もう、すっかり秋だなー」
そんなことを言いながら、浜田が嬉しそうにぺりぺりとコンビニのおむすびの包みを剥がしている。
三橋と田島は購買に行ったきり、まだ帰ってこない。
「そーか?まだ暑くて秋って感じしねーけどな」
「でもほら泉、『キノコと栗の炊き込みご飯』のおむすびだぜ?」
「食いもんの話かよ」
「うまそーだろ」
おむすびを一口かじって満足気に笑う浜田を無視し、ぐっと首をそらして教室の窓から空を見上げた。
紅葉だの月見だの風流なことに興味はないけれど、スポーツの秋というだけあって、少しずつ暑さの和らぐこの季節はずいぶんと練習がしやすい。
見上げた空は曇りなく澄んでいて、いつもなら心が浮き立つような空模様だ。
(なんなんだ、いったい)
もやもやと曇っているのは、どうやら自分の心中らしい。
訳が分からなくて、小さく舌打ちをした。浜田がびびったようにちらりとこちらを伺う。
「……機嫌悪いなー、泉」
「んなことねーよ」
「顔が怖えーよ……もしかして、恋煩いとか?」
「はあ?」
浜田は急にキラキラと目を輝かせ、秋は恋の季節だからな!と満面の笑みを浮かべた。
「なんだよそれ。聞いたことねーよ」
「うん、ただの俺の持論」
おむすびの最後の一口を咀嚼しつつ、新たに『秋鮭とワカメの塩むすび』を取り出しながら浜田はにやにやとこちらを見る。
視線がうざったくて、俺は再び目をそらして空を見上げた。三橋と田島は、まだ帰ってこない。
(あの二人、一体何してんだ)
「だんだん涼しくなって、人恋しくなる季節なわけだよ、秋は。泉の不機嫌も自分じゃ気付いてないだけで、実は恋だったりして!」
「クソ浜田、んなわけねーだろ」
大きく一つため息をついた瞬間、がらがらと勢いよく教室の扉を開けて田島と三橋が飛び込んできた。
田島にがっしりと肩を組まれているせいでよろける三橋を見て、またもやもやと胸が曇る。
「たっだいまー!」
「遅ぇよ。つーか三橋の肩放せ。危ねーだろ」
「あ、わりーわりー!それよりさ、見てくれよ!」
悪びれた様子もなく、田島はがさごそと袋からパンを取り出してこちらに掲げた。
「秋の味覚フェア!焼き芋パン!」
「オレのは、マロンクリームパン、だよ!」
パンを齧りながら目を見合わせて、田島と三橋が笑う。
一口ちょーだい、と三橋の食べかけのそれを、田島が横からぱくんと齧った。
三橋は口の端にクリームをちょんとつけたまま、嫌がりもせず笑っている。
何だか、無性に腹が立った。
「……三橋、俺にも一口くれよ」
俺はぐっと体を乗り出して、
いいよ、と言いかけた三橋の口の端についたクリームを、直接べろりと舌で舐めとった。
甘い、栗の味が広がる。
目を丸くした浜田と田島をちらりと確認した瞬間、もやもやと胸を覆っていた曇りは一瞬にして晴れたような気がした。
(この気持ちが何なのか、俺にはまだ良く分からないんだ)
(秋空、知らぬ恋の味)
自覚無し 泉→三橋。
自覚無しにしてはひどいな。すみません。