福音が訪れるまで | ナノ
※捏造過多注意
彼は神様に似た何かに愛されてしまったのだ。
「乗せていこうか?」
そう口にしたリヴァルは、一瞬眉を寄せて沈黙した。僅か一瞬のことだったが、発した問いが不適切だと思い至るには十分な時間だったから。
後悔するように歪んだ彼の表情を見ながら、ロロは緩く口元を吊り上げて見せる。
「すぐ近くだから大丈夫ですよ」
ヘルメット一つしか積んでないでしょう、という言葉は喉に留めた。
重たい排気ガスを残し、路肩に止められていたバイクがゆっくりと走り去って行く。小さくなるリヴァルの後ろ姿を目で追った。
バイクは通常よりも右に大きく寄ったまま公道を走らされている。サイドカーは、とうの昔に外されてしまったのに。
蒼穹が染み入る瞳は色を深め、風の冷たさに指先が固く強ばっていた。ロロは緩やかな斜面を登っていく。柔らかく足先を土に沈めながら辿り着いた場所からは、遠く自分の暮らす街が見えた。
見晴らしの良いここに彼は居る。真新しく白い石に刻まれた名前は、まるで知らない誰かのものみたいだと訪れる度に感じてしまう。
ルルーシュの墓前に花は少ない。一輪だけ持ってきた花をそこに捧げた。寒さに震えるむき出しのガーベラを見つめて、ロロは細く口笛を吹く。
神様はどこにいるのだろうか。
地面には野草すらなく、どこまでも滑らかに整えられていた。美しい墓地。美しい彼の墓標。
ガーベラの代わりに、ロロは昨日供えた花を手に取る。野ざらしにされた切り花の命は短い。既に張りを失った茎が力なく折れ、依れた葉先が指に触れる。
「今日は文化祭があったんだ。ミレイさんのみたいに派手じゃないけど」
季節外れの花火も上がった。小さかったかもしれないけどここからなら見えたよね。
微笑んで、ロロはぽつりぽつりと軽く唄うように近況を呟く。日課になっているそれは淀みなく静かに、たちまち風にさらわれていった。大気に溶ける声は果たしてどこまで届くだろうか。
ひゅう、と吹き抜ける宵の風に肌を刺され、制服の袖を引いて剥き出しの手を覆う。伸びた背丈に合わなくなってきた制服はそろそろ新調しなければならない。
「もうすぐ僕も、兄さんと同学年になるよ」
笑んで発した言葉は揺れて擦れた。彼方から笛に似た細い音が聞こえる。木々の隙間から羽音をたてて鳥が飛び立つ。高く遠くへ逃げなさい、鳥笛に連れていかれてしまう前に。
彼を連れていったのは神様と呼ばれるものだった。萎びた花弁が手の先から離れて地に落ちる。どうか土の下では幸せに、僕の神様はもうどこにも居ないけれど。
ルルーシュは孤独ではなかったけれど、どこまでも孤高だったと、そう思う。
落ちる陽は街を透き通るマダーレッドに浸していた。
一体誰に祈ればいいのだろうか。神の不在にも関わらず世界は哀しくなる程に平和だ。
落とした涙も土に還って失われる。
子供のように泣き喚いて絶望するには、美しすぎる夕暮れだった。
(一日に一本、毎日花を贈ります)
福音が訪れるまで
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091113