※悲恋















すきなひとがいるんだ。


祭囃子の合間をぬって言われた三橋の言葉に、喉の奥がひゅっと縮む。
食道へと落ちかけていたイチゴ味の氷にむせて咳をした。

校門を出た辺りから、季節外れに思える賑やかしい祭囃子が途切れず聞こえている。
遠く離れたこちらへも切れ切れに、秋祭りの笛や太鼓の音色が。

秋の足音が祭囃子に乗って刻々と近付いて来るようで、わずかな焦燥を感じる。夏休みが終わって二週間。残暑はまだ厳しい。


下校途中、喉の渇きに負けて目についた露店でかき氷を買った。おそらくは、今年最後の。


咳の苦しさに耐えかねて、涙腺がじわりと水を滲ませる。
泉くん、と焦ったように言いながら背中を擦ってくれる三橋の手のひらが、熱い。もうすぐ夏は終わるのに。


「どんなやつ?」


誰かと尋ねることは出来ずに、曖昧にぼかした問いかけをした。
明るく、軽く。あくまで好奇心で聞いてるんだ、そんな口調で。

水気の増した赤いかき氷を、俺は食べもせずにざくざくとストローで弄んでいる。
日が沈む頃になっても残る昼間の熱が煩わしい。氷はみるみる溶けていく。


「泉くんは、」


あんまり、そういう話、しないよね。
俺の隣を歩きながらかき氷をひとすくい口に運んで、三橋は少し不思議そうな表情で笑う。
人の気も知らないで、あっさりと。

空白の解答欄を目の前に、押し黙って誤魔化すように氷を混ぜた。


力を失った蝉が、祭り囃子を掻き消そうと悲痛にも声を張り上げる。走って逃げてしまいたい。でも、逃げたって、仕方ない。

たとえ夏が終わっても、俺の世界は終わらない。一晩寝れば、また変わらずに朝がくる。


「俺、三橋のこと好きだよ」


唐突な告白に一瞬目を丸くしてから、ありがとう、と三橋が鮮やかに笑う。
いつも俺や田島や浜田に向けるのと同じ、笑顔。照れも含みもない、素直に嬉しそうな笑み。

だから、ああ相手は俺じゃないんだな、と分かってしまった。残酷な事実は想像したよりも容易く胸にしみ込む。


求める答えが得られなくて、また鼻の奥がツンと痛んだ。サラサラに溶けてしまったかき氷は、今はもうただ甘いだけの水になっている。


隣を歩く三橋が、容器を傾けて最後のひとくちを飲み込む。
俺はそのすらりとした首筋のラインを眺めている。少し前まではかき氷だった液体を持て余しながら。

容器のなかで赤い水が揺れて大きな波を立てたけれど、それはこぼれたりしなかった。
地面にぶちまけたい気持ちを抱えたまま、べたつく液体を喉の奥へと流し込む。薄っぺらくて甘いにおい。夏の名残を飲み下し、終わってしまった夏を想う。
終わりは、悲しい。


別れ道で三橋が小さく手を振った。いつものように頬笑んで。


「また、明日!」
「うん」


またあした。
口の中だけで呟いた。
世界は終わらない。残酷に訪れる明日は、今日の続きだ。



ぽたり、空になった容器のふちからこぼれた水がアスファルトを黒く染める。
祭囃子は遠すぎて、もうとっくに聞こえなくなっていた。








(さよなら夏の影)















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?←三橋←泉。
9月に消化できなかった初秋ネタ。


091217

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