声が聞きたい。
そう思うのはたいてい、夕ご飯を食べてお風呂に入ったあとだ。冷たいシーツにもぐりこんだ瞬間。ふ、と頭を掠めるのは泉の声だった。やわらかくて、たまに擦れるように甘くなる声。

今日はみんなでケーキを食べた。たくさんのひとに「おめでとう」と言われて、今でも胸がほかほかと暖かい。冷たいシーツのあいだにもぐりこみ、うつぶせのまま枕にぽすんと顔をうずめる。洗ったばかりらしい枕のカバーからは、ほんのりと陽なたの匂いがした。

泉の「おめでとう」は、みんなのものと同じ重さのそれだった。周りには他のみんながいたから、なにかを期待していたわけではないけれど。結局最後まで二人きりにはなれなかった。でも、それでもいいと思う。それがなくても、じゅうぶんに幸せな誕生日だったから。

でも。

枕に顔をうずめたまま、三橋は手探りで携帯電話を探す。すぐに手に触れたそれをぱくんと開いてから、ようやくゆっくりと顔を上げた。祝福されて暖かくなった心が、いつになく勇気を与えてくれる。少し、浮き足立っているのかもしれない。
指先は軽やかに。着信履歴の一番上にある名前を瞳が捉え、そのまま、発信ボタンをやわらかく指先が沈めた。


『三橋?』

少し驚いた様子の泉の声。
スピーカーから流れるそれは、ガサガサと雑音混じりで聞き取りにくい。けれど、聞き逃したりなんかは決してしない、泉の声。静かに目を閉じて余韻を味わう。

『三橋?』

今度は少し心配そうに、泉が呟く。何か言わなくちゃ、とは思うのだけれど、この暖かな気持ちを言葉にするとたちまちにそれは薄っぺらなものになってしまいそうで。
ゆっくりと目を開ける。外は深い夜の闇。

「今日、ありがとう」

気持ちを薄めないように、精一杯で発した言葉だった。電話の向こうで泉が優しく笑ったのが分かった。スピーカー越しに、車や自転車の走る音が聞こえる。自転車に乗ったままなのか、泉の声音も時折揺れる。

まだ早ぇよ、と、甘く擦れた声がぽつりと鼓膜に落とされた。

『起きて、待ってろ。今行くから』
「えっ、いずみく、」
『10時半。まだ三橋の誕生日だろ』
「でも、」
『最後までそばにいさせてよ』

甘く。
スピーカーからこぼれる声はまるで耳元で囁かれているようで。ガサガサした雑音に一瞬混じる、小さな音楽。たぶん、この家から一番近いコンビニの有線放送。コンビニの前の暗い道を自転車で走り抜ける泉を想像して、携帯電話をきゅうと握る。早く、早く。この夜が終わってしまう前に。

『おめでとう』

二度目の祝福は、歯が溶けてしまいそうなほどに甘い。三度目は、おそらくもっと。







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0517

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