コーヒーカップの中身にぽたんとミルクを落として掻き混ぜて。くるくるくるくる。そんなふうに目まぐるしく空の色が変わる季節。
からり晴れていたはずのそれは、たちまち墨を刷いたように太陽を隠し大気を潤す。口を開けば水っぽく、甘く重い空気が舌に乗る。
地面に稚拙な水玉模様が描かれ始めるまで、そう長くはかからなかった。


「あ」


靴箱から出したスニーカーに履きかえながら、ひとり呟く。ぽろんぽろんと大粒の雨が屋根を弾き、すぐに耳鳴りを覚えそうな激しさに変わって雨雲からなだれ落ちる。手元には練習着で膨らんだカバンがひとつ。傘はない。

ふらふらと、三橋は下足室の軒先へと歩み出る。曇天の元へ手のひらを向けて差し出せば、清廉に冷たい雨水が余すことなく手のひらを濡らした。痛いくらいの激しさで。

仕方なくすんなりと手を引き、濡れてしまった手のひらを服の裾でゆっくりぬぐう。どうせ帰れないのだから、急ぐこともない。濡れながら帰ることだって出来るけれど、脳裏をよぎる阿部の怒声を無視することは出来なかった。風邪をひくわけにはいかない。


「何してんの」


ふわりと。
薄暗い下足室に小さくやわらかい明かりを灯すような、声だった。三橋が振り向いた先で、パタンと乾いた音をたてて見慣れた靴が床に落ちた。少しくたびれたスニーカー。
靴を履きながら泉は眉を寄せて「雨だな」と呟く。泉の手にも傘はなかった。トントン、と爪先を床に打ち付けながら泉がこちらへ顔を向ける。


「三橋、傘ねーの」
「うん」


ふたり並んで、しばらくの沈黙。つるつると糸を手繰るように切りもなく降る雨を眺めていた。冷えた空気が少しばかり肌を刺す。三橋はわずかに身震いをしてから、腕をさすりそうになって、慌ててやめる。隣の彼の様子をちらりと伺った。気付かれていなければいいのだけれど。雨音はまだ激しい。

不意に、ぐ、と腕を掴まれた。


「え」
「ほい」


無理矢理手のひらに握らされたのは、がさがさとした紺色の折り畳み傘だった。泉のカバンが開いている。
素早くそのファスナーを閉めながら、こちらを見ずに「使えよ」と唇だけが動いた。


「一緒、に」
「二人で入ったら狭いだろ」


風邪ひくなよ、と言うが早いか、泉の背中はもう雨のなか。勢い良く水を跳ね上げて。水煙にたちまち背中が霞む。激しい雨音に、耳が聞こえなくなったような錯覚。耳の奥で泉の言葉だけが反響している。

握った折り畳み傘がかさりと音をたて、三橋は慌てて雨のなかへと駆け出した。
ふたりで傘に入るために。
































─────────

10.0614

QLOOKアクセス解析
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -