暗闇。つんつん、と遠慮がちな指に頬をつつかれる。花井は目を閉じたまま眉をしかめた。重たい眠気がずるずると意識を引きずっていく。


「花井、くん」


控えめな、戸惑ったような声。再びやわらかく頬をつつかれる。眠りを妨げる指を避けようと、頭の上まで布団をひっぱりあげた、その時。


「あーくん、起き、て」
「その名前で呼ぶなって!」


思わず被っていた布団をはねのけると、薄茶の大きな目を更に丸くした幼なじみがベッドの横にちょこんと座っていた。手には、デジタルの目覚まし時計。時刻は八時前。確かに、ちょうどいい時間だ。だけれども。


「何度、呼んでも起きないから、つい…」


しゅん、とうなだれる三橋に、慌ててその頭をくしゃくしゃと撫でてしまう。高校生の男子同士がするにはおかしな行動だとは思うが、幼い頃から落ち込む三橋を宥めるときはいつもこうしていて、もう身体に染み付いてしまっている行動なのだから仕方ない。


「もう、ご飯できてる、って」
「わかった。着替えて行くよ」


パタン、と部屋のドアが閉まるのを待ってから寝呆けたままの身体を起こす。隣に住む三橋の両親は忙しく、幼い頃からうちで一緒に朝食をとってから登校するようになっていた。いわゆる幼なじみ、というやつだろう。さっきのように、幼稚園の頃の愛称でたまに呼ばれるのだけは勘弁して欲しいが。

簡単に身支度を済ませて台所へ向かう。三橋は食べずに待っていた。
いただきます、と声を揃えてから箸を取る。


「今日お前んとこ英語の小テストじゃなかったっけ?」
「な、んで、知って、」
「やっぱり。昨日遅くまでこっそりやってたろ。聞きにくればいーのに」
「メーワク、かな、って…」
「んなわけねーだろ」


ずず、と味噌汁をすすりながら三橋を見る。安心したように三橋はふわりと笑った。
時計は八時過ぎを指している。


「そろそろ行くか」
「うんっ」


慌ててご飯を口に運ぶ三橋を見ながら、花井も小さく笑った。











「じゃあ、また昼休みにな」
「うん、また、ね」


下足室で別れた三橋の後ろ姿を見送り、花井も自分のクラスへと足を向ける。




「なぁ、やっぱりおかしいか?」
「うん、やっぱりおかしいと思うよ」


三橋を見送り、辿り着いた自分のクラス。机にカバンを下ろし、前の席の水谷にぽつりと呟くと間髪入れずに返事が返ってきた。


「何のことか分かってんのかよ」
「三橋のことでしょ?おかしい。やっと気付いたかー」


イスごとくるりと振り返り、眠そうな顔で水谷は嬉々と告げる。


「幼なじみだかなんだか知らないけどさー、登校も昼休みも一緒って。彼氏彼女かよ!」
「いや、それはただの習慣で」
「そんなんだから花井、彼女出来ないんじゃないの?」
「余計なお世話だよ」
「とにかくさぁ、習慣にしたって小学生じゃないんだから。そろそろ三橋離れすれば?」
「うるさい」


朝っぱらからぺらぺらとよくしゃべる水谷の頭を、丸めた数学のノートで叩く。パコン、といい音がした。
痛ぇ、と頭を擦りながらも水谷は懲りた様子もなく再び口を開く。


「三橋だってそろそろ花井離れしたほうがいいって、絶対」


思わず、ぐ、と口をつぐんだ。それを言われると痛い。
悪影響、とまではいかないまでも、他クラスの幼なじみと昼休みまで一緒に過ごしていて三橋は大丈夫なのだろうか。イジメられたりとか…自分のことは棚に上げて、嫌な想像ばかりが脳裏をよぎる。気の弱いあいつのことだから、嫌なことを言われても強くは言い返せないだろうし……。


「花井ー、噂をすれば、ほら」


水谷がコンコン、と机を叩く音にふと我に返る。
顔を上げれば、教室の入口で三橋がぱたぱたと小さく手招きをしていた。




「どうしたんだ?」
「あの、花井くん、ごめん」


そう言って、半ば泣きそうにも見える情けない表情で三橋は頭を下げた。慌ててその頭を上げさせる。謝られる覚えはないし、こんな顔をされる覚えもない。
まさか本当にイジメか、と血の気が引いたところで、三橋は俯いたままうっすらと唇を開いた。


「昼休み、一緒に、ご飯食べれない」
「へ?」


なんだ、そんなことか。
気が抜けて落とした視線の片隅に、薄桃色の封筒を捉えた。三橋のポケットからはみ出した、妙に可愛らしい色の封筒。
丸っこい、けれど綺麗な文字で「三橋君へ」と書いてあるのが見て取れた。三橋君へ。


「三橋、なんで?」
「う、え?」
「昼休み」
「あ、これ」


案の定、三橋はポケットから綺麗な封筒を取り出す。その中身までを取り出そうとする三橋の指先を、右手で制した。中身は見ずとも明らかだ。もやもやと、なにやらよく分からない気持ちが胸中に満ちる。


「行くなよ」
「え?」
「あ、行くなっつーか、行かないで欲しいっつーか、あー!」


ガシガシと頭を掻きむしる花井の背後から、水谷が「幼なじみ離れ出来てないのはどっちかなー」と楽しげに頭を覗かせる。

三橋は封筒を手にきょとんと目を丸くした後、「花井くんが行かないで欲しいなら、」と言ってふにゃりと笑う。
どくん、と、心臓が高鳴るのを感じた。ただの、幼なじみのはずなのに。




























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お待たせしてすみません!上手く書けていますようにー…!

とてもとても素敵なリクエスト、ありがとうございました!!


10.0408

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