七味の容器を逆さまにして一振り、二振り。容器に鮮やかな赤が散る。
フタを締めようとしてから、浜田は向かいの三橋を見た。カーテンを引いたアパートの狭い部屋、くつろいだ様子で畳に足を伸ばして座り、タオルを首に掛けたまま三橋はずるずるとうどんをすすっている。風呂上がりの三橋の身体からも立ち上る、あたたかな湯気。

大きくなったよなぁ、とまるで親戚のおじさんのような感想が脳裏を過ぎる。ギシギシ荘に住んでいた幼い頃、互いの家に泊まったりしたことはあった。あの頃のように泊まりに来た三橋は、けれどもう高校生だ。


「七味いる?」


浜田が尋ねると三橋はもぐもぐと口を動かしてから「少しだけ」と答えた。手を伸ばして、三橋のどんぶりにも七味を振ってやる。振りながら、意味もなくなんだか胸が高鳴った。

よく分からない動きをする心臓をなだめながら、浜田も箸を手に取る。出汁を取って作ったわけじゃないけれど、味付けはちゃんと自分でしたから今日のうどんはおいしいと思う。しかも、油揚げも海老のてんぷらも両方乗せた豪華仕様。たぬきときつねが同居したどんぶりから、つるりと白い麺が三橋の唇に吸い込まれていく。七味がききすぎていたのか「辛、い」と涙目になる様子に少し笑った。つけっぱなしのテレビもにぎやかな笑い声を部屋にこぼしている。あたたかな夕食、あたたかな部屋。


「ほら三橋、水」
「ありがとうっ」


差し出す水を無邪気な笑顔で受け取った三橋の髪から、ぽたりと机に雫が落ちる。いつものようにふわふわじゃない毛先はまだ多分に水分を含んでいるようだった。風呂上がりの湯気がどんぶりから立ち上る湯気にあわあわと混じる。触りたいなぁ、とぼんやり思った。しっとり濡れた髪はしなやかに指に絡むだろう。三橋の首筋に一筋ひっついた毛束が、わけもなく色っぽく見えてしまって落ち着かない。


「食い終わったら髪かわかそーな」
「うん」
「俺にやらしてよ」
「えっ、でも」
「いーからいーから。早く食わねーと冷めちゃうよ」


そう言いつつ、照れ隠しに思いっきりうどんをすする。ダマになっていた七味に喉をやられて少しむせた。三橋は笑って、先程の浜田のように水を差し出す。七味で潤む視界。コップを受け取りながら幸せだと思った。平和で、幸せ。

一瞬、まるで夫婦みたいだ、と思ってからもう一度盛大にむせた。


「大丈夫?」
「平気平気」


心配顔の三橋に笑ってみせて、ひとくち水を口に含む。変な考えは頭の隅に追いやって。


不意に、とん、と机の下の足に何かが触れる。反射的にその何かを足で捕まえると、向かいに座る三橋がくすぐったそうに身をよじった。眉を下げて逃げようとする様子が微笑ましくて、つい捕らえた三橋の足を爪先で意地悪くなぞる。


「うどん、冷めちゃう、よっ」
「いーからいーから」


さっきまでとは全く逆のことを言いながら、三橋の足を捕らえたままつるりとうどんをすする。うん、やっぱり美味い。向かいに座っているのが三橋だからかもしれないけれど。


うどんを食べたら三橋の髪をふわふわに乾かしてやろう。ドライヤーを使うのは下手そうだから、三橋の後ろに座って丁寧に。テレビでも見ながらゆっくり髪を乾かして、それから、それから。夜はまだ十分に長い。


爪先でつうっと足をなぞり上げると、三橋は再び身をよじってから少しだけ熱っぽく吐息をこぼした。じわり、うどんであたたまった身体がなんだか別の熱を帯びてくる。テレビからはまたにぎやかな笑い声。つるりとあたたかいうどんを飲み下し、あたたかな三橋の足に自分の足を絡める。三橋は嫌がりもせずに照れたように笑った。ハマちゃん、と、くすぐったかったのかくすくすと笑いながら小さな声で呼ばれる。

甘い幸福に目眩がした。


























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思いきりほのぼのにさせていただきました。ハマミハっておいしいですね…!

リクエストありがとうございましたー!


10.0218

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