「……なにしてんの、孝介」
「うっさいバカ兄貴死ね」


手元にあった無塩バターの塊を投げる。素早く台所から出ていった兄のせいで、バターは鈍い音をたてて壁にぶつかり形を歪めた。

見つからないようにわざわざ真夜中に起きて何を作っているのかと言えば、まぁその辺の女子と同じだった。
男子高校生がバレンタインのチョコ売り場に並ぶのは無理がある。精神的に。ならば、と普通の店で板チョコだけ買って帰ってきた。幸い、今年のバレンタインは日曜だ。考えつつも泉は黙々と手を動かす。

部活で培った筋力はこんなところでも役に立つらしい。レシピの写真どおりふわっふわに泡立ったメレンゲに、溶かしたチョコレートやら生クリームやらをさっくり混ぜる。やわらかく淡い茶色になっていく様子はなんだか三橋を思わせた。とろとろに溶けて混ざっていく。

クラスの女子が言うには、手作りチョコにも三倍返しが基本らしい。ほくそ笑みながら鼻歌まじりに生地を混ぜる。

三倍返し。さて、お返しには何を要求しようか。











「さて三橋、今日は何の日か知ってるか?」
「バレンタイン?」
「正解」


日曜の練習後、訪れた三橋の部屋でぺたりとカーペットに座る相手に箱を差しだす。カバンに大事に入れていたから、多分中身は無事だろう。

警戒心の欠片もなく素直に三橋は箱を受け取り、不思議そうに首を傾げてから、しまった、というふうに目を丸くした。


「俺、泉くんに、なにも」
「いいからいいから」


それも計算の内だ。
とは言わず、箱を開けるよう促す。ラッピング、とも呼べないような簡素な包みを開くと、濃厚なチョコレートの芳香がこぼれた。


「これ、」
「やるよ。昨日作った」
「す、ごいっ!」


感嘆の声や、キラキラと輝く目で見つめられるのも悪い気はしない。実際、自分でも驚くほど綺麗に焼き上がったガトーショコラが箱の中には鎮座している。
しかし、今日の目的はこれからだ。

そわそわと箱を見つめる三橋に、食っていいよ、と箱の中のプラスチックフォークを指差してみせる。部屋に満ちる濃く甘い香り。三橋は茶色のかたまりをぱくりと口に含んで心底幸せそうに笑っている。


「三橋、三倍返しって知ってるか?」
「さんばい?」


モゴモゴと口を動かしながら首を傾げる三橋の手にはガトーショコラ。にやりと笑いそうになる頬を押さえて、軽く微笑んで本懐を告げた。


「バレンタインにチョコ貰ったら、三倍返ししなきゃなんねーって決まりがあるんだよ」











じっと、三橋に見つめられている。
と言ってもそれは見惚れるとかそんな熱っぽい視線ではなくて、助けを求めるようなそれだった。

とん、と着いた両手で壁ぎわに追い詰められた三橋は、俯きがちにこちらを見つめてくる。髪の隙間から見える耳が深紅に染まっているのが丸見えで、むしろ逆効果だ。上目遣いになってしまっている瞳も。


「しなきゃ、だめ?」
「そーだなぁ、三橋ガトーショコラ食っちゃっただろ?」
「他のことじゃ、」
「俺はこれがいい」


尚も強気でにっこりと告げる。観念したように三橋は口を閉じ、しかしまだ上目でこちらをうかがってくる。逆効果だ、とは勿体ないので言わない。


「泉くん」
「なに?」
「目、閉じて、ください」
「おー、わかった」


緊張からか敬語になっている。俺の要求といえば、「三橋からキスをする」というごくごく可愛らしいものだった。まぁ照れる姿を見るために要求したのだから、思惑としてはとっくに成功していることになる。キスをしたいなら自分からすればいいのだから、あとはオマケみたいなもんだった。

促されるまま素直に目を閉じる。両頬に触れる三橋の手のひらに、ガラにもなく心臓が早鐘を打つのを感じた。

そのまま、そうっと。目を閉じた自分の肌にやわらかな感触。
期待した唇ではなく、鼻先に。


「……こら、三橋」
「な、にっ」
「鼻はねーだろ鼻は」


思わず目を開けてガシリと三橋の頭を掴む。軽く、撫でるのにも近い力加減だったのだけれど、モモカンを想像したのか三橋はさっと青ざめた。涙目になっているその瞳にすら変な気を起こしそうになる、と言ったら怒られるだろうか。

かぷり、三橋の唇をやわらかく噛む。深く舌を潜らせて歯列をなぞると、ほろ苦くガトーショコラが香った。うん、やっぱり美味い。

口付けたまま薄目を開けて、桃色に染まる三橋の頬をそっと見る。必死でキスに応える様子がなんとも、いい眺めだ。

服の裾を掴まれてまた心臓が脈打った。いつもボールを掴んでいる強い指先が、服の裾をやわらかく。
もっと、と口に出す代わりに三橋はいつも服の裾を掴む。効果的な強請りかたを無意識にやってのけるのだからタチが悪い。


水音を響かせて舌を絡める。再び、濃く甘くチョコレートの香りが脳を刺激した。



























────────

バカップル、ということでバレンタインと絡めてみました。最後までイチャイチャ!泉がSっぽくてすみません…。


リクエストありがとうございましたー!!


10.0213

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