※和風妖怪パロ
」の続き













とろり、盃に注いだ琥珀の水面に月が浮く。
夜更けに訪れた泉は家主よりも余程堂々と縁側に腰掛け、いつものようにするすると酒を干していた。

以前「飲むか」と勧められたその酒はなにやら独特な重く甘い匂いを放つ。庭先に咲く花の香に似たそれに多少は興味を引かれたものの、元来酒が得手ではないからと、晩酌には茶で付き合うことにしていた。
泉の隣に腰を下ろし、三橋は盆の急須から翡翠色の茶を注ぐ。手のひらの湯飲みは芳ばしい湯気を立てている。

泉が月を見上げたまま薄らと口を開いた。


「明日は雨だよ」
「月、出てるのに?」
「もうじき隠れる」


確かな物言いにつられて三橋も夜空に目を遣った。厚い雲が一筋、空の端から現れる。雨を連れる黒雲が、一筋。
三橋の横でぐいと盃を傾け、当然のように泉は笑った。雨に敏感なのは元が猫だからなのだろうか。

大気に満ちる雨の香がふわりと花の匂いに混じり、地に沈む。
黒い着物に黒い帯を合わせた今宵の彼は、普段よりも更に夜に溶けて消え入りそうに見えた。


「梅雨が近いな」


五分咲きの紫陽花が庭の暗がりでしっとりと密やかに息づいている。あでやかな紫の花弁。

桜の終わりに現れた泉は、雨の季節になっても変わらずここを訪れ続けていた。
口先だけの約束だと、そう思っていたのに。


「雨だと、来れない?」


恐々と、そう尋ねた三橋の手を、不意に泉の手のひらが包んだ。そうして、そのまま強く握られる。

盃に注がれた酒が揺れ、とろりとした水面に波を立てる。水鏡に写る月がぐにゃりと歪む。


「猫と一緒にすんなって。平気だよ、雨くらい」
「そう、なんだ」
「心配しなくても、」


いつでも来るから。
そう告げられて泣きたくなった。掴まれた手から伝わる熱に、ささめくような声に。
込み上げる涙は何かあたたかなもので出来ている。ついこのあいだ思い出した涙腺の使い方にはまだ、慣れない。


「やっぱり良い色だな」


泉の指先がついと伸び、髪の先を撫でる。


「俺は、嫌なんだ。この色」
「俺は好きだよ」


疼くような熱が再び目の奥を刺した。
雨粒がぱたり、大きな音をたてて軒先で弾ける。雨雲が月を飲み込もうと足を速める。このまま飲み込まれてしまえばいい。


くい、と盃が傾く。
浮いた月ごと酒を飲み下し、泉はやわらかく笑っている。
























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再び猫又イズミハ。
メモから再録。


10.0121

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