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 ※現代パロ


















失ったものについて考える時、ロロは必ずこぼれる水を想像する。ミルクではなく粘度の低い水を数滴。
自分の持つものは少なかったから、失ったものもそれに比例して少なかった。



ルルーシュ・ランペルージは自分勝手な人間だった。
彼の伸びやかな振る舞いと王様然とした態度は、しかし我儘とは似て非なる。
それは真綿にくるまれて大事に育てられたからこそ身に付く一種の傲慢さのようなもので、ルルーシュ・ランペルージという人間を魅力的に見せる要素のひとつだった。だからこそ質が悪い、とも言える。

良く言えばお節介でもあった彼は、ロロが目を覚ますと勝手に台所でパンケーキを焼いていたり、帰宅すればバスルームにお湯を張りながらポトフを作っていたりした。
芳しい匂いに鳴く自分の腹を無視して嫌そうに眉をひそめてみせたことを、今になって後悔している。


同じ大学に通っていたから、滅多に登校しないルルーシュを後輩らしく心配したこともあった。お節介は伝染するのかもしれない。
一体何がルルーシュの気に入ったのかは分からないが、彼は四六時中この部屋に入り浸っていた。
かつて一度訪ねたルルーシュのマンションは、一人暮らしの学生には不釣り合いに広かったことを覚えている。


「合鍵なんか渡さなきゃよかった」
「そうかそうか、じゃあこのポトフは俺が持って帰ろう」
「卑怯だ」


様式美と化したやりとりと金色のスープ。ルルーシュは料理が上手かった。
苦学生であるロロの部屋にダイニングテーブルなんて洒落たものはなかったから、狭いコタツに鍋を置いておでんみたいにポトフを食べた。ぐずぐずと箸でジャガイモや肉の塊を崩しながら。
あながち間違ってはないな、と笑うルルーシュは、コタツがとても好きだった。
実家でもマンションでも暖を取る手段は専ら床暖房かエアコンだと言っていたし、物珍しさも手伝っていたのかもしれない。
いそいそとコタツの掛布をめくりながら、人工の暖かさなのにまるで自然なところがいい、とルルーシュは度々よく分からない理論を展開していた。


「コタツで寝ると風邪ひくよ」
「いいじゃないかたまには」


そう言いながらいつも彼はコタツで眠った。いずれ冷えていく小さなコタツの中で。






「妹が帰って来るんだ」

晩冬の静かな夜のこと。
心底嬉しそうに口元を弛めたルルーシュがミルクを注ぎながらそう言った。彼は決して馬鹿な人間ではなかったが、ロロにとってその笑顔は酷く間抜けに見えた。夏のバニラアイスみたいにだらしなく、どこまでも甘く。
ルルーシュの妹の顔はすぐに思い出せる。シスコンであるこの兄の手帳には常に妹の写真が挟まれていて、ことあるごとに見せられた。全寮生のお嬢様高校に通う彼女の笑顔。ブラウンの髪を風に遊ばせた、ふわふわのケーキのような妹。写真を見せられる度、素直に可愛らしいと思った。

帰って来るのだと言われても、本人と面識があるわけでもないから今一つ気の利いた返事が思い浮かばない。
仕方なく「へぇ」とひねりのない相槌を打って、ルルーシュから受け取ったミルクのコップを口に運ぶ。
風呂上がりには牛乳を。そんな小学生じみた習慣を、とっくに成人しているルルーシュが律儀に守っているのは滑稽なことに思えた。
しかし彼に懐柔された自分の胃はやわらかなミルクの膜を受け入れる。


「俺もそろそろ実家に戻ろうと思う」


それが、単なる帰宅を意図する言葉ではないのだとすぐに理解した。妹の話を枕詞にするなんて、彼らしくもない愚行だ。
この春に卒業するルルーシュは家業を継ぐのだと聞いている。御曹司などと呼ばれる人種が現実に存在するなんて、彼を見るまでは知らなかったのに。
ぽたり、濡れた髪から水滴が落ちて弾けた。思ったよりも冷静な自身に驚く。

これは、別離の言葉だ。






風呂上がりには水を飲むようになった。ルルーシュに出会う以前の自分がそうしていたように。
甘くて重たいミルクは冷凍庫の中で今夜も冷たく凍っている。捨てられずに放り込んだままのそれは、いつまで保つのかも分からない。
「いつでもおいで」と容易く差し出された口約束を抱えて、ロロはペットボトルからぐいと水を呷る。
狭い部屋は静寂に満たされて息苦しく、身体の芯までをも容赦なく凍らせていく。
無性に熱源が恋しい。人工の暖かさでも構わないから。



床にこぼれた水滴を足の先で拭おうとして、やめた。




It's no use crying over spilt milk.






















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memoから改稿、再録。


091129


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