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水面に浮いた星が波と打ち寄せて砂浜に積もる。月明かりにどこまでも白く浮かび上がる細かい砂を剥き出しの足指が噛む。
じわりじわりと制服の裾から水が染みて、

そうして、海の底に沈む。

光も届かないほど深いそこは夜の真芯に居るような世界だった。艶やかな水がねっとりと肌の表面を覆い、視界の隅々が群青の闇に浸る。
沈むにつれて色を失う銀の泡はそれでもきっと酷く美しくみえるだろう。海底の柔らかな寝床に身を横たえて、独り、微かな呼吸を繰り返す。
酸素を欲した身体が戦慄く。遠く船の汽笛が聞こえる。

海底には雪が降っていた。









真白く結露した窓を袖で拭う。制服の布地がじっとりと黒く濡れる。
空は青みがかった灰色の雲に覆われて、地上には重たい雪が降っていた。

図書室は海底のように暗く冷えている。爪先が深い色に染まり、凍えて冷たい。部屋の隅からひたひたと迫る暗闇。

息苦しさは海底と変わらず常にここに在った。
毎日毎日同じことを繰り返し、海底を回遊する深海魚のように僕は静かに循環している。教師と生徒の距離を保ったままで。


「先生、雪ですよ」


そう言えば、色褪せた机のそばに立っていた彼は窓辺へとするり足を向けた。
僕が拭った丸い跡から外を覗き、彼も「雪ですね」と感嘆するように呟く。窓ガラス越しの冷気に眼鏡が薄く曇り、彼の唇はぽかりと開いたまま制止している。


水を吸ったように肺が重い。開いた彼の唇を見つめながら、僕はそこから息を吸いたいと思っている。彼の肺に満ちる空気はきっと酸素を含んで甘いだろう。
細い肩を掴んで口付けたい、そんな乱暴な衝動。甘い空気を吸い込めば少しは楽になるのかもしれない。


「どうかしましたか、久藤くん」
「いいえ、なんでも」


キスをしたいと思っていたんですよ、などと言えるはずもなく、生徒と教師の距離を保ったまま僕はにこりと笑う。
僕の住む海底の水は残酷に冷たい。時折そこに降る雪は、水分ではなく何かの死骸で出来ている。


「海に沈む夢を見たんです」


僕がそう告げると、彼はぱちりと一度瞬きをしてから「楽しそうな夢ですね」と笑った。心臓が鈍い音をたてて軋む。

海底に降る雪は溶けることなく静かにたゆたう。そうして、ただしんしんと積もってゆく。見た目だけは美しいマリンスノー。

キスをしたいと思っていたんですよ、先生。
飲み下した言葉も胸の奥に堆積し、ゆっくりと冷えながら僕は海底から地上へと迎えられる日を待っている。やっては来ない遠い日を。深海に住む魚は地上へ上がれば忽ちにぱちんと弾けてしまうだろう。


水が引くような目覚めは未だ訪れず、僕は想いを水底に沈めて生きていく。




















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准→望。
海ネタが大好きです。


10.0125


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