勝手に高鳴り始める心臓を無理にでも押しとどめた。 これは恋じゃない。 こんな男のことなど好きになんかならない。 胸を襲うこの甘くじれったい疼きは、野生の獣に慣れていないために面食らっているだけなのだ。 俺はもう恋なんてしない。 「言うだけならタダですからね。せいぜいほざいていてください」 「お前なあ…。顔は綺麗で副会長なんかやってるくせに、なんでそんなに性格歪んでんだよ」 不機嫌そうにしていた真行地は呆れ顔になり、口の悪い暁久へため息を吐いてくる。 (うるさいな。人は変わるんだよ) 純朴で花好きだった暁久はもういない。 花なんか好きにならないし、好きな人をつくる気もない。 今でも時々夢に見る。 いまだ残る小さな傷は、癒えることなく暁久を縛り続けたままだから。 黙り込んだ暁久を横目に真行地はタバコを深く吸い込むと、少年へ目をやった。 「お前名前は」 ふいに話を振られ、少年はびくりと体を揺らす。 蚊帳の外にいたため油断していたようだったが、緊張したように眉を上げしっかりとした口調で答えた。 「佐倉柚深です。A中学からきました」 「佐倉ね。なあ暁久」 真行地は口から白い煙を吐き出し、長くなっていたタバコの灰を落とす。 そして挑戦的な目を細めると、セクシーな口元を上げた。 「佐倉は俺らの仲間になった。生徒会室に戻ったら言えよ。俺はグループを解散させるどころか、新しい仲間の加入まで許してしまいましたってな」 「…ケンカ売ってるんですか」 暁久のまなじりが吊り上がる。 しかし真行地は首を振った。 「バカ。違えよ。お前が歯向かうのなら俺はそれ以上にして返してやるって言ってんだよ」 そう言って彼は低く笑う。 「それでお前を追いつめて、降参したお前を俺のものにする」 「は…!?そんな勝手な…!」 「覚悟しとけよ?」 にやりとする真行地に絶句した。 まさかこんなことになるとは思いもよらなかった。 生徒会の圧力でもって、不良グループを解散させようとした一昨年の生徒会は、木っ端みじんにやり返されたというが、まさか暁久にはこんな形で反撃しようとは。 「まあその前に手が出たら許せよ」 「手が出るってなんですか…!」 「俺は健全な高校生なんだよ」 高校生なんてものじゃない威圧感を持っておきながらなにを言うか。 半分暁久への反撃で、残りは多分に私情を含んでいそうな真行地の決定に、周囲の不良達は言葉もなく呆れている。 我が道をいく彼が、こうなるともう止まらないと知っているのだ。 しかし暁久に納得などできるはずがない。 というよりも、困るのだ。 すでに真行地に惹かれかけている自分を、自覚しているから。 「暁久。今日はもう帰んな。これから会う機会なんていくらでもあるからな」 自分に降りかかるだろう厄災を思うと声を出すこともできない。 (やっぱり…こんなところに来るんじゃなかった) 本郷に固く握りしめた拳を叩きつけてやりたかったが、幸か不幸かここに本郷はいなかった。 Chapter1 END [しおりを挟む] 戻る |