(なんで俺を庇うんだ…?)


信じられない思いだった。

男は少年を守ろうと身を呈した暁久を怒っておきながら、そんな暁久を守ってくれた。

さっき会ったばかりの、仲間でもない暁久をだ。


(あいつは…、不良グループのリーダーじゃないのか…?)


しかしそんなことなど忘れたように、男は荒々しく黒いソファーに腰かける。
こめかみからいまだ細く流血していたが、舌打ちをするだけでやはり気にしたそぶりはない。

周囲の不良達は男の機嫌を窺いながらもその場から動かず、ちらちらと男を見やっている。

彼らは怪我の具合を心配しているのだ。


不良グループというからには喧嘩の強さで抑えつけただけのグループかと思いきや、そうではないらしい。
彼らは皆、リーダーである男を慕い、自ら彼に従っている。
それだけ男が彼らの心を掴んでいるのだろう。

暁久はそんな気持ちがわかる気がした。

誰かが不用意に怪我をするくらいなら自分が怪我をしてでも守ってやる。
男気があり、誰もが従いたくなるようなリーダーだ。


「あの…、離してくれませんか?」
「……、え?」


そのとき腕の中から声をかけられ、思考にふけっていた暁久は咄嗟になにを言われたのか理解できず、間抜けな声をだした。

目線を下に向けると、いつから正気に戻っていたのか、少年が眉を寄せながら暁久を見上げている。


「いい加減、僕も大丈夫ですけど…」


そこまで言われてはっとする。
暁久は男を目で追うのに夢中で、少年の存在をすっかり忘れていた。


「ごめんごめん。怪我してないみたいで良かったよ」
「いえ…」


少年の体から腕を離し、誤魔化すように笑みを浮かべながら立ち上がる。

少年は助けてもらったことに戸惑いを隠せないようだが、暁久に深く頭をさげた。


「助けてくれてありがとうございました」
「いいって。顔あげて。それに助けたのは俺じゃないし」


そう言って暁久は男を振り返る。
ソファーに座る男は、長く青味がかった黒い前髪を掻きあげ、タバコをくわえていた。
そしてそばで控える長身の生徒が近寄ると、男はなにごとかを耳打ちする。


(……なに話してるんだ…?)



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