03
「なんだよ、言うことあるなら早く言え」
「なら言わせてもらうけど」
慶冶はさっそくとばかりに、本題を切りだした。
「さっき、また女の人と一緒にいたでしょ」
「………」
どうせろくな内容じゃないだろうと、話半分に聞こうと思っていたのだが、いきなり痛い図星をつかれて言葉に詰まった。
授業中で俺がなにをしていたのかわからないはずなのに、どうしてこいつは俺が女といたことを知っているんだ。
「ねえ、いたよね?」
「……まあ」
慶冶は、俺がいろんな女と関係を持っていることを、よく思っていない。
小さい頃から一緒にいて、俺を本当の兄のように慕っては、俺のあとばかりついてきた慶冶にとって、俺がいきなり汚れたような気がして嫌なんだろう。
こういう生き方になってからもう二年も経つのだから、いい加減慣れればいいものを。
慶冶は曖昧に肯定する俺を確認するやいなや、瞬く間に眉を吊り上げた。
「そういうのやめなっていつも言ってるよね?」
「………」
説教モードとなった慶冶に、俺はうんざりする。
昔は小さくてただただ可愛いだけだったのに、高校にあがる前から急にでかくなりだして、今では俺より10センチ近く高い。
程よく筋肉がついて、体つきも逞しくなり、おまけに説教までするようになった。
人は昔のままじゃいられない。
今じゃ慶冶は学校の期待を背負った優等生。
俺はただの落ちこぼれ。
こうも立場が逆転するなんてな。
「うるっせーな、俺がだれとなにしようが、お前に関係ねえだろ」
「あるよ」
「…え?」
やけに強く言い切られ、俺は思わず聞き返す。
慶冶は痛いほど真剣な眼差しをしていた。
「…なんで?」
「なんででも。とにかくもう女の人のところに行っちゃ駄目。行くなら俺のところに来て」
「お前のところ?」
慶冶はこの春から一人暮らしを始めたため、以前より家は離れてしまった。
といっても歩いて五分とかからないし、なにかあったときに家が近い慶冶のところに行けるのは有り難い。
何故いきなりそんなことを言い出したのかは、疑問が残るが。
「…まあ…いいけど」
「よし、じゃあ決まりだね」
途端に慶冶は笑顔になる。
そんな無邪気な顔をされると、幼い頃を思い出して可愛いなんて思ってしまう。
けれど、俺はころころと表情を変える慶冶についていけず、当惑顔だ。
「今度からは女の人のところに行かないで、まず俺のところに来ること。あと、今日の夜もごはん食べに来ていいからね」
「は?ああ…どうも」
夕食にまで誘われてしまい、こいつがなにを考えているのかさっぱりわからない。
むしろなんでこんなことになったんだっけか。
「じゃあね、響ちゃん。お昼もちゃんと食べるんだよ」
「…あ?…ああ」
慶冶はそれだけ言うと、笑顔で来た道を引き返していく。
こいつはこれだけ言うためにわざわざ俺のところに来たのか?
「…訳わかんねぇ奴」
ただ、今日の夕食は一人で食べなくても良いのかと思うと、少しだけ救われる。
家に帰るのが、苦にならずに済みそうだった。
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