とある日の放課後。
湊は練習には参加せず、最寄駅で人を待っていた。
ここのところ少し痛む膝に、何かしたかなと思いながらベンチへ座る。
時計を確認する。
そろそろ、やってくる時間のはずだ。

「湊ー!」

高い声と共にぱたぱたと走り寄る影。
その後ろには、別に2つ影。

「リコ、いらっしゃい。」
「お待たせー、ごめんね、用意にちょっと手間取っちゃって。」
「ううん、大丈夫だよ。2人も、遠いところお疲れ様です。」
「や、別に。」
「まぁ、俺はとりあえず立場上一応、な。」

今回のお付きは、火神と日向らしい。
そっ気ない火神にも特にリアクションは起こさずに、そのまま海常へ向けて歩き出す。

「わざわざ迎えに来させちゃってごめんね。」
「いいの。皆も、たまには散歩に出て来いって言ってくれたし。」
「本当、あんたんとこのメンバーは湊が好きねぇ。」
「そうかな?」

少し笑顔を見せた湊を、火神は斜め上から見下ろした。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ただいまです、誠凛さん到着しました。」
「お。」
「おかえり、湊。」

一番に声をかけて来たのは、入り口付近にいた森山と小堀。
笑顔でただいまです、と再度返すと小堀が笠松を呼んだ。

「悪い、気が付かなかった。おかえり。」
「ただいまです。」
「お前らも、わざわざご苦労だったな。まぁ、ゆっくりしてってくれ…っていうのもなんだけどな。」
「お世話になります。」
「お願いします。」

リコと日向に倣って、火神もぺこりと頭をさげる。
それを見て笠松が苦笑いを浮かべる。

「うちのバカも、少なくともお前くらい先輩を倣う事を知ってたらなと思うわ。」
「え?」
「湊さんお帰りなさーいッス!!」
「ぐぇ」

急に後ろからやってきた大きな影が、湊にずっしりとのしかかる。
慣れた手つきで踏ん張り切れなかった湊を片手で受け止めて、笠松がイライラを隠しもせずに言った。

「黄瀬!急に後ろから襲い掛かるのやめろって何度も言ってんだろーが!」
「襲い掛かるって、酷いッスよぉ。」
「お前はうちでも小堀の次に体格いいんだ。自覚しろバカ。」
「でも、湊さん本人からは禁止令出てないッス!」
「湊!!!!!」
「…黄瀬くん、あまり勢いよくやられると、むち打ちになるから…」

笠松の怒号に仕方なさそうに少し注意を入れると、とたんに黄瀬がしゅんとして離れた。

「すみませんッス…」
「あ、いや、怒ってるわけじゃないからね。」

湊の言葉に今度はそっと後ろから抱き着いた黄瀬に、笠松は頭を抱えた。

「…なんていうか、どこも1年には手焼いてんスね。」
「お前もか…同情するよ。」
「どもッス…」

部長2人が揃って遠い目をし始めたので、小堀が慌ててリコへ声をかける。

「ええと、日向と火神はうちの練習へ参加、でいいんだよな?」
「はい、ビシバシやってやってください。」
「容赦ないっスね、火神っちのとこのカントクさん。」
「いつもあんなもんだ。」

けろりと言い切った火神に、黄瀬はふうん、と小さくもらした。

「それじゃ、俺たちもそろそろ戻るか。」
「そうだな、日向、こっち入れよ。」
「じゃあ、火神っちは俺の方入って!ね!」

笑顔でコートへ戻っていく選手たちを見送って、湊はリコへ向き直る。

「ごめんね、いつもこんな感じだから気にしないで。」
「や、うん。ヤケに懐かれてるわね、黄瀬くんに。」
「んーと、うん。よくわかんないけど、通常運転だよ。まだ2年2人が今いないからマシな方。」
「あれで!?」

心底驚いたようにリアクションを取るリコに苦笑いを返して、部室へと促した。

「来週の話しに来たんでしょ?うち、選手には黙っとけって言われてるから部室でもいい?」
「ええ。」

2人は揃って歩き出した。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「場所は、この間言ってたとこでいいんだよね?」
「ええ。予約もしてあるから、大丈夫。」
「ありがとう。設備的には、どんな感じか分かる?」
「体育館と、屋外のコートが2面。山だけど、近くは川が通ってるって聞いてるわ。」
「へぇ。」
「洗濯とかは、ランドリーがあるって言ってたけど」
「ああ、いいよ。その辺のマネージャーの仕事は私がするから。誠凛の人たちの分も請け負うよ。」
「ごめんね、私にできることあれば手伝うから。」
「料理以外でお願いするよ。」
「ちょっと。」

むっとしたリコに笑って、湊は今話した事をメモしていく。

「その代り、うちのメンバーの世話はお願いね。私多分、そこまで見てられなくなると思うから。」
「勿論よ。ビシバシやらせてもらうわ。」
「ふふ、お手柔らかに。」

メモする手を止めたところで、リコが思い出したように言った。

「そういえば、あんたまだバスケする気ある?」
「え?」
「前は海常のメンバーとしかできなかったし、あんただって連戦続きで本調子じゃなかったでしょ?」
「そう、だけど。」
「せっかくなら、湊を入れてシャッフルで試合組もうと思って。」
「えぇ…」

少し嫌がるそぶりを見せたが、リコの一言で出る事を決めた。

「女子のあんたが先輩や他のメンバーとコートにたてることなんて、そうそうないのよ?」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

来週は、月曜日が祝日なため3連休になる。
それを利用して、合同の合宿が行われることになった。
リコとの打ち合わせを終えた湊が、連れだって体育館へ戻るとちょうど休憩へ入ったところのようだった。

「やば。」
「え!?」

湊が慌てて水道の方へ戻っていく。
リコもそれを追うと、「やっぱり!」と湊の声。

「すぐもっていきますから!」
「いいよ、今日くらい俺たちでやるって。」
「選手にさせるわけにはいきません!!」

ドリンクが入っているであろうジャグを持った森山と早川がいた。

「どうせ俺たちゲーム外れてたしさ。」
「今日く(ら)い少し休んでもいいんだぞ?」
「そういう問題じゃないんです!!もう!」

ぷんすこ怒りながら寄って行くと、森山が笑って籠を持たせた。
空のボトルが入っているらしいそれを2つ渡して、自分は一番大きなジャグを持つ。

「それ頼むよ。俺たち両手ふさがっちゃったから。」
「ちょ、森山さん…!」
「行くぞー、湊ー」
「早川くんまで…!」

けらけら楽しそうに笑いながら先を歩いていく2人を、仕方なさそうについていく湊。

「本当、湊は人気者ね…あら?」

チキ、とリコの目が湊を下から頭にかけて見上げていく。

「…まじで。」

若干引き攣った顔で、リコは思わずつぶやいた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「今日は、ありがとうございました。」
「勉強になりました。」
「いや、こちらこそ。」
「楽しかったッス!さっきのゲームの決着は、また今度!」
「ああ、負けねえよ。」

どうやらドローで終わったらしい最後のゲーム。
黄瀬と火神は至極楽しそうに笑いあっている。
それを横で眺めていた湊に、リコはそっと近づいた。

「湊、ちょっと。」
「ん?」

呼ばれて、内緒話をするように口に手を当てたリコに湊がかがんだ。
20センチ近く差があるが、腰を折った時に湊も違和感を感じた。

「その、あんたが気にしてるの、知ってるんだけど。」
「?」

言うかどうかを悩んでいるようなそぶりを見せたが、湊が先を促した。

「何?」
「…あんたさ。」

リコの言葉に、湊は目を見開いた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「湊ー、まだ帰らないのかー?」
「うん、もうちょっとだけ。」
「あとどのくらいっスかー?」

早川と黄瀬がお決まりのように、椅子に座る彼女の背中へのしかかって問う。
いつもならここで仕方なさそうに笑って仕事を切り上げて一緒に帰路につくのだが。

「まだかかりそうだから、先に帰ってて。」
「え?」
「遅くな(る)な(ら)、余計に置いて帰(れ)ないだ(ろ)。」
「ありがとう。でも、大丈夫だから。」

有無を言わせない笑顔を向けられて、2人は仕方なさそうにそっと離れた。

「じゃあ、お先っス…」
「気を付け(ろ)よ、湊。」
「うん、お疲れ。」

きっと先輩たちは外で待っていたのだろう、扉の向こうから話し声が聞こえる。
皆が遠ざかっていくのをしっかり確認して、湊は深く溜息をついた。

mae ato
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