海常高校男子バスケットボール部は、明日は珍しく1日オフ。
この間の湊の試合の時は、名目は試合観戦だったため
それを除けば久しぶりだった。
何をして過ごすかを各々考えていた時。
黄瀬から声がかかった。

「明日、買い物に出ませんか?」
「え?」
「買い物?」

湊が黄瀬の携帯を覗き込む。
それを見せながら、彼はつづけた。

「最近、新しくでっかいショッピングモールが出来たの知ってます?」
「ああ、よくCMしてるよな。」
「行ってみたいと思ってたんスよ。どうっスか?」

黄瀬の言葉に考え込む他5人。
が、珍しく湊は乗り気だった。

「私、行こうかな。」
「やった!」
「なんだ、何か欲しいもんでもあるのか?」

笠松の声に、少し気まずそうに苦笑いを浮かべる湊。

「その、皆がまたうちに来るようになったから。」
「?」
「ゴメン、迷惑だったか…?」
「あ、いえ、全然そういうわけじゃなくて、」
「カップですよ。」

歯切れの悪い湊に、中村が読んでいた本を閉じて言った。

「え?」
「あの時割ったカップを、新調しに行くんだろ。俺も行くよ。」

いつも最後の最後早川のごり押しが出るまで腰をあげない中村が参加表明をしたことに、他のメンバーは驚きを隠せなかった。

「中(村)と湊が行くなら、お(れ)も行く!」
「早川センパイ俺は?!」
「カップ探しなら、俺も行こうかなぁ。」

小堀がほんわかと笑顔を浮かべて言う。
森山と笠松も目を見合わせたが、結局全員で出かけることとなった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

次の日。
午前中から出かけようとテンションマックスな黄瀬の言葉に
10時に駅に集合となっていた。
先輩たちを待たせるわけにもいかず、同期2人が来たら相手をしなければならないし
何よりも人気者な後輩を駅前で人通りの多いところへ放置するわけにはいかないため
湊は集合よりも15分早く約束の場所に着いていた。

「湊?」

腕時計で時間を確認していると、後ろから声がかかる。
読み通りだな、と思いながらそちらを振り返る。

「おはよう、中村くん。」
「おはよう、相変わらず早いな。」
「皆を待たせるわけには行かないしね。」
「それ、皆も思ってると思うな。」

少し困ったように笑う中村に、湊も笑顔を返す。
いつもは制服かユニフォーム、練習着くらいしか見ないので私服姿はお互い新鮮だ。

中村はシャツに黒のベスト、細身のパンツと無難な格好だがそれがよく似合っていた。
湊はふんわりとしたブラウスにショートパンツにレギンス、パンプス。
上から下まで目線を泳がせた中村。

「どうしても、ヒールは避けるんだな。」
「まあ、元々身長はあるからね。」
「一緒に歩くのが俺たちなら平気だろ?」
「うーん、でも笠松さんが結構なんだかんだ気にしてるから。」
「うるせえよ。」

声をした方を振り返ると、笠松が不機嫌を全面に押し出して仁王立ちしていた。
両隣に立つ森山と小堀と比較すると、やはり少し小さく見えてしまう。

「あ、おはようございます。」
「おはよう。」
「言っとくが!俺は決して小さくはねえからな!」
「分かってますよ、皆さんや私が大きいんですよね。」

苦笑いを浮かべると、はっとしたように笠松が眉を寄せる。

「いや、別にそういう意味じゃ「あ、黄瀬くん、早川くん!」」

弁解をはかろうとしたところで黄瀬と早川がやってきて、笠松の言葉は途切れてしまった。
伸ばしかけた手は、中途半端に止まった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

お目当てのショッピングモールについて、ふらふらと歩き出す。
しっかりした目的があるのは湊だけで、他のメンバーはウィンドウショッピングに来たと言ってもいい。
自然と7人の足は雑貨屋へ向かっていた。
食器が並ぶ棚の前を陣取って、頭を突き合わせる。

「どれがいいですか?」
「7色そろえるのって結構難しいと思ってたけど、案外色々あるな…」
「中村くん前と一緒にするの?」

彼が一番に手に取ったのは、前に使っていたのと同じ紫のカップ。
内側がベージュで統一されていて、色合いも豊富だ。

「どうしようかな…」
「私、中村くんに紫よく似合ってると思うけどな。妖艶っていうか、なんていうか。」
「妖艶って…」
「ごめん、いい言葉見つかんなくって。」

カップを商品棚に戻したが、どうやら紫は曲げる気はないようで。
その後手にとるものも全て紫系の色だった。

いくつか雑貨屋を回ったが、最終的に最初に出会ったカップに落ち着き、
色も全員前と同じ色を選んだ。
それぞれが会計を済ませた所で、笠松が口を開いた。

「悪い、あそこ寄ってもいいか。」
「?」

指さす先には某有名楽器店。
新しいピックが欲しいという笠松に、7人は今度はそこへ足を向けた。

迷いなくギターのブースへ向かう笠松。
後をついて行った早川と黄瀬を見送って、湊は森山と管楽器のところへ来ていた。
見慣れないきらきらと光るそれらに、分からないなりに興味はひかれる。

「へぇ、金と銀だけかと思ってましたけど、ピンクとかもあるんですね。」
「細工も、近くで見ると凝ってるな。」

ケースを頭を引っ付けて覗き込んでいたが、森山がふと思い立ったように言った。

「楽器弾けるようになったら、女の子にモテるかな…」
「それを披露する場が必要ですね。」
「…湊はカッコいいと思う?」
「そうですね。」

即答した湊に思わず目を向けると、へらりと笑って言った。

「この間笠松さんがギター教えてくれたんです。」
「は?!」
「音楽選択で音楽室にいた時にたまたま会って。」
「ちょ、え、」
「やっぱりうちの主将様は素敵ですね。」

すたすたと他のメンバーの方へ歩いていってしまった背中を見ながら
完全に話の振り方を間違えたと後悔した。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「あれ、?」

楽器屋で物珍しいものがたくさんあったため一人できょろきょろしていると、
少ししてから周りに他のメンバーがいないことに気が付いた。
店内を一周してみるが、誰もいない。
と、いうことはもう外へ出てしまったのかと店の外を見遣るが、近くにはもういないようで。

「あらま、どうしよう。」

初めて来る場所で、土地勘もない。
あまりうろうろするのもよくないかな、と地図の前で止まる。
現在地を確認していると、背後からいくつかの声が降ってきた。

「そこの美ー人さん!」
「彼女ひとりー?」
「よければ俺たちとこの後どうだ?」




その頃、他のメンバーはやっと湊がいないことに気が付いていた。

「何で誰も気が付かねえんだよ!」
「やべ、いつもあいつ一番後ろついてくるから気抜いてた」
「どうしよう、絡まれたりしてなければいいけど。」
「中(村)、どうだ?」
「…だめだ、出ない。」

電話をかけても、応答する様子がない。
いつもは大抵気が付いてくれるため、余計に不安が募る。

「楽器屋のとこまでは一緒だったな。もしかしたら、まだあそこにいるかも知れねえ。」
「戻ってみようか。」

小堀の言葉に、6人はもう一度店の前へ。
辺りを見回してみるが、それらしい影は見当たらない。

「湊…っ」

森山が眉間に皺を寄せて名前を呼ぶ。
最後に一緒に居たのが自分だったため、余計に責任を感じているようだ。

「とりあえず、あいつが行きそうな場所回ってみよう。」
「そうだな。中村、電話持っとけよ。気付いたらかけなおしてくるだろうから。」
「はい。」
「でも、はぐれた事に気が付いてるなら、俺たちが行きそうな場所をむしろ探しまわってくれてるんじゃ、」
「その可能性も「ねぇねぇ見た?!」…?」

横を通った時に少し聞こえた女子高生らしき3人組の会話。

「見た見た!ゲーセンの7人組でしょ?!」
「めちゃくちゃ背高かったよね!イケメンばっかだった!」
「金髪の2人、兄弟かなあ?兄貴って呼んでたよね。」
「もう一人の女の子もそうじゃない?3兄弟って感じ!」
「あの3人は美形って感じだった!」
「そーそー!あー、声かけたらお茶してくれないかなぁ。」
「あはは、逆ナン?」

高身長、イケメンの集まり、金髪の3兄弟。
6人は嫌な予感をひしひしと感じながらも、足をゲームセンターへ向けた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「なーんちゃって!」

時は少し戻って、地図の前。
ぽん、と優しく肩に置かれた手に振り向けば、そこにはいつぞやに会ったメンバーたち。

「高尾くん。」
「よお、一人か?」
「木村さん…いえ、海常の皆と来ていたんですけど、はぐれちゃって。」

困ったように溜息をつくと、大坪が首をかしげる。

「電話してみたらどうだ?」
「それが、つながらなくて…人も多いし、それでかもしれないんですけど。」
「困ったな。」
「湊!?」

ひどく驚いた様子の声にそちらを向くと、自分の片割れがこっちへ走ってくる。

「裕くん、久しぶり。元気だった?」
「あ、あぁ…え?なんでここに?」
「皆と来てたけど、はぐれちゃったの。」

湊の言葉に、少し考える仕草。

「俺、飲み物買いに行っててこのフロアちょうど一周したけど、それらしい人影見なかったぞ?」
「そっか、やっぱり違うフロアへ行っちゃったのかな。」

フロアマップを一緒に覗いていると、急にぬっと目の前に、顔。

「っわ」
「やっぱり。なんでお前ここにいんの。」
「はぐれたんだと。」

湊の代わりに、裕也が清志へ返す。

「…海常のやつらと来てたのか。」
「う、うん、まあね…」

しどろもどろな湊を不機嫌丸出しで見下ろす清志。
見兼ねた高尾が、助け舟を出す。

「あー、湊さん、俺たちこれからゲーセン行くんすけど、一緒にどうですか?」
「え?」
「人も集まりやすいし、ここのゲーセン1階のエスカレータの真ん前にあるんですよ。」
「降りてきたらすぐわかるだろう?」

一人にしておくのも忍びない、と声をかけたが湊はあまり乗り気ではなかった。
ここにいては、面倒なことになりかねない。
自分が彼らと行動するということは、遅かれ早かれ海常のメンバーと鉢合わせるということで。
せっかくだけれど、と断りを入れようとしたところでがっしりと右手をつかまれた。

「え、」
「行くぞ。」
「え、ちょ、待ってよ清兄、」
「行きましょ行きましょ!」

半ば無理やりに連行された湊は、いつもと違う6人と歩き始めた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ゲームセンターに近づくにつれて、人だかりができているのがよく分かった。
半分以上は女子で構成されたそれに、笠松は既に限界が近かった。

「がんばれ笠松、湊がいるかもしれないんだぞ。」
「だ、だがあそこを抜けないと中に入れないし、」
「度胸ッスよ!笠松センパイ!」

森山と黄瀬に励まされながら、人だかりの中へ入っていく。

「悪い、通してくれ。」

小堀が人ごみをかき分けながら最前列へ出ていくと、やはり探していた彼女がいた。
できれば会いたくないと願っていた秀徳のメンバーも一緒に、だが。

「おお…」
「まじか。」

人だかりの理由は何も彼らの容姿によるものではなかったらしい。
ガラス戸の向こう側には3台のゲーム機。
最近流行りのそれは、ダンスの判定をするもので。
こちらへ背を向けて、機械の前へ立つのは宮地家の3兄弟。
真ん中が湊だ。
選曲は清志が好きなアイドルのもので、もちろん踊りだって元は女性のものだ。

「違和感仕事しろよ、190オーバーの男子高校生だぞ。」
「イケメンはやっぱり何やっても許されるんだな…」

遠い目をする森山を引っ張って、ゲームセンターの中へと入っていく。
ちょうど1曲が終わったところのようで、機械がノルマクリアを知らせる。
順位表が出ているということは、なかなかの上位に食い込んでいるのだろう。

「ねえ、もういいでしょー…もう3回目だよ…」
「なんっで勝てねえんだよ!!兄貴はともかく、湊にも!」
「そういわれても…あ!」

げんなりした顔を笑顔に変えて、湊は海常のメンバーのところへ走り寄った。

「みんな!」
「よかった、悪い奴らに声かけられたりしてないか?」
「はい、楽器屋からずっと兄たちといましたから。」

自分たちといたときとは違う安心しきった笑顔を浮かべる湊に、清志の機嫌はさらに下がった。

「なあ。」
「?」

機械の上から、挑発的に見下ろす清志。

「勝負しようぜ。選曲はお前らに譲るからよ。」
「はあ?」
「裕也、変われ。」

一番奥の機械へ清志が詰める。

「そっち2人でいいわ。俺が勝ったら、湊置いてけ。」
「あ゛ぁ?」

ぎろりと睨み返す笠松。
「勝つ自信がないのか?」という安い挑発に乗った黄瀬が、隣にいた小堀へ自分の荷物と上着を預ける。

「1台は俺でいいっすよね。」
「ああ。」
「やってや(れ)、黄瀬!」
「もう1台は――…」
「俺が行きます。」

真剣な表情で名乗りをあげたのは、意外にも中村だった。

「中村、?」
「おい、勝てるのか?」
「必ず勝ちます。」

いつもは冷静に外から事の運びを分析するタイプの中村。
こういう事はなによりも避けて通りたいはずだ。

「…よし、頼んだぞ中村。」
「任せてください。」

いつになく勝気な後輩2人に、湊の行く末は託された。

慣れた手つきでタッチパネルを触る黄瀬。
どうやら、経験者らしい。
中村はじっと選曲を任せて立っていた。

≪さあ、Let′s Dancing!≫

機械の放つ高い声に、3人はスタートの姿勢を合わせた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「本当に今日はありがとうございました。」
「いや、こちらこそ。少しの時間だったが楽しかったよ。」
「兄たちがご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。」
「本当、できた妹だよ湊ちゃんは。」

兄貴とは大違いだな、と横で中村にメンチを切っている清志を見て笑う。

「では、また。」
「ああ、またな。」

手を振って秀徳の6人を送り出してから、7人も歩き出す。

「いやあ、接戦だったな。」
「でも、まさか中村にあんな才能があったなんてな。」
「才能、というか…まあ、半分はまぐれですよ。」

黄瀬も奮闘したが清志の点数には及ばず、事実上2人の一騎打ちになっていた。
最後の最後終わるまで結果は分からず、最終採点が出るのをメンバーは固唾をのんでみていた。
僅差ではあったものの、中村は見事勝利をおさめ、湊を守り切ったのだった。

「いつもとのギャップやばかったぞ。」
「俺も思った。」
「ああいう激しいやつも踊れるんだな、お前。」

先輩たちに手放しに持て囃され、少し居辛そうにもごもごする中村。
少し下から湊に覗き込まれ、少しのけぞった。

「中村くん、かっこよかったよ。私もびっくりした。」
「あ、りがとう…」
「それは私のセリフだよ。私を兄から守ってくれてありがとう。」

くすくすとおかしそうに言う彼女の頭を、溜息交じりにゆるく撫ぜる。

「黄瀬くんも、ありがとうね。」
「湊さ〜ん…」
「惜しかったね。」

今度は彼女が黄瀬を撫でた。

別に彼女の兄だって、本気で言ったわけではないのも分かってる。
それでも、今ここに湊がいることにひどく安心している自分がいることも事実。

中村はまた困ったように溜息をついて、仲間たちと歩き出した。

mae ato
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