くしゅ、と小さく聞こえたくしゃみに、小堀が隣を見遣る。
身長差があるのとすぐ傍に彼女がいるのとで顔は見えないが、左手で顔を触っている。
思えば自分たちの居残り練に毎日付き合わせているが、女の子をもう夜も暗くなってから帰すのはどうなんだろう、とぼんやり考えた。

「冷えたか?」
「あ、いえ…」

そろそろ夏も近づいているとはいえ、日が陰ってしまえば気温も下がる。
元々寒がりな湊はこの時期でも欠かさず長袖のカーディガンを着込んでいた。
が、それも制服の時だけで。
部活が始まれば、自分たちと同じようにTシャツとハーフパンツで仕事をしている。
選手はずっと走り続けているから特には感じないが、マネージャーはどうだろうか。

次の日から、小堀による密かな湊観察が始まった。

練習が始まった頃は自分も軽く柔軟をしてから仕事を始める。
これは昔からの彼女の日課で、気合をいれるためだと言っていたのを思い出した。
動き回っている間は少し暑そうなくらいだった。
問題は、その後だ。

俺たちが基礎練を終えてミニゲームを始める頃、湊がバレないようにそっと腕をさすった。
偶々かと思ったが、小さくなって座ってみたり首を窄めて肩をあげているところを見ると、一度温まった体が冷えてきているようだ。
やはり、そうかと小堀は腰に手を当てて考える。

思えば、自分たちは選手用のジャージがあるからどうとでもなるが、彼女にはそれがない。
自分で持ってきたらいいと言ってしまえばそこまでなのだが、
極力荷物を減らして来ようとする気があるため、多少の寒さは我慢すればいいと思っているのだろう。
変な所でズボラだ。

ふと自分の部屋を思い出して、とあるものの所在を頭の中で検索する。
ちょうどいいものがあるではないか。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

次の日の夕方。
いつもと同じように練習をするメンバーたち。
そして、湊も同じようにまた少し身震いをしていた。
全く、懲りないなあと思いながら、小堀は自分の荷物の中から「あるもの」を手にして湊へ寄って行った。

「湊。」
「あ、はい。」

ふ、と顔を上げた彼女に小堀はふわりとそれをかけた。
包み込むように前を閉じると、湊はきょとりと目を丸める。

「うん、少し大きいけど大丈夫そうだな。」
「えと、小堀さん…?」

小堀が彼女に着せたのは、自分が1年生の頃に使っていた海常のジャージ。
1年から2年に上がるときに急に背が伸びたので着られなくなってしまったのだが、
なんとなく捨てられなくて置いてあったのだ。
こんなところでまた日の目を見る時が来るなんてなあ、としみじみする。
小堀が今の森山と同じくらいの背だった時のものなので、湊には少し大きいが、まあ許容範囲だろう。

「湊、いつも寒そうにしてたろ。」
「気付いてましたか…」
「俺、結構これでも周りよく見てる方だと思うよ。」

にこり。
人当りの良い笑みに、つられて湊も笑顔を浮かべた。

「ありがとうございます、お借りします。」
「ああ、いいよ、湊にあげる。」

小堀の言葉に、また湊が目を見開く。

「そ、そんな!できません!」
「いいんだ、どうせ俺もうそれ着られないし。」
「でも、思い出のあるものだから置いてあったんじゃ、」
「箪笥の肥やしになるよりは、湊が着てくれた方がそいつも本望だよ。」

ね、と有無を言わせない小堀の言葉に湊も折れた。

「本当にありがとうございます。またお礼しますね。」
「いらないよ。むしろそれが俺から湊への普段からの礼だから。」
「本当、狡いですね小堀さん。」

もそもそと腕を通して、前を閉じる。
しっかり一番上までチャックをあげてしまうと、口元まで襟がくる。
顔を埋めて猫のように目を細めて嬉しそうにする彼女に、小堀も自然と笑みが出る。

「一応、昨日洗ったから大丈夫だと思うけど。」
「わざわざ洗ってくださったんですね。すみません。」

愛用しているノートを抱きしめながら「小堀さんの匂いがします」と言われて
ああこりゃ聞かれたら忠犬2人と森山がごねるな、と他人事のように考えた。

「湊?」

だが一番に声をかけてきたのは、意外にも笠松で。
二人で同じように振り返る。

「どうしたんだ、それ?」
「小堀さんのです。」
「俺のだったものだ。」
「…ああ、1年の時に着てたやつか。」

少し考えてから納得したようにつぶやいて、少し顔をしかめた。

「…?」
「笠松さん?」
「…いや、その」
「1年の時の小堀にすら、今の笠松勝てないもんな。」
「森山ァアアアア!!!」

後からやってきた森山がにんまりと言うと、すかさず跳び蹴りが炸裂する。
痛いなあ!と声を荒げる森山と心外だとばかりに暴言を吐く笠松に、
小堀と湊は目を見合わせて笑った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

それからというもの、湊はずっとそのジャージを着て部活に参加するようになった。
今までは半袖を着てしていた力仕事も、袖をまくってでも脱ごうとはしなかった。
洗濯は他のメンバーの物と一緒にして、乾くとまた嬉しそうにそれを着込んで仕事をこなす。
自分がやったものがあからさまに大切に使われている事を見せつけられ、小堀は何となくむず痒い気持ちを抱えた。

「湊さん、それずっと着てますね。」
「うん。」

黄瀬が休憩に入って湊の足元へ座り込んで話しかける。

「これ着てると、なんとなく私も海常の一員だなって気持ちになれるから。」
「別にそれがなくても、湊さんはうちの仲間ッスよ?」
「ふふ、ありがとう。でも、いいの。」

本当に彼女はよく笑うようになったな、と場違いな事を思った。

mae ato
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