宣言通り3日で1軍のスタメンへ辿り着いた湊は、部活が終わって静まり返った更衣室でユニフォームを受け取っていた。
昔と同じ7番のそれを見て、少しだけ眉を寄せた。

「今更だけど、本当にいいのかな。」
「いいのよ。これは、他の部員たちの気持ちでもあるんだから。」
「え、」
「あんたを入れるか入れないかを、他のメンバーたちとも話し合ったの。満場一致だったわ。そう気負わないでよ。」

笑顔で言われ、湊は女バスの皆の気持ちのこもったそれをぎゅっと胸に抱いた。

男バスと同じ色のそれを持って更衣室を出る。
向かうのは、彼らがいるであろう第1体育館だ。
途中で部室によって、6つドリンクボトルを作ってまた歩き出す。

そっと中を覗くと読み通り6人がそれぞれ自主練を続けている。
少し挨拶を交わして帰ろうと思っていたが、邪魔するのも悪いと入り口にボトルとタオルだけを置いてそっとその場を後にした。

朝はいつもよりもさらに早く来てマネージャーとしての仕事をこなし、その後女バスの練習に出る。
午後練の後も片付けをして、そっと男バスを覗きに行って仕事をして帰る。

用意されたタオルや、綺麗に畳まれた練習着に湊が来ているのは皆知っていたが、会うことはなかった。
休み時間も疲れ切って寝ることが多くなった湊。
教室にいるから、とは言ったものの机に突っ伏している湊に中村と早川は毎度肩透かしを食らっている。


事実上の交流がほとんどないまま、約束の1週間が過ぎようとしていた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

日曜日。
監督を説得して(半ば無理やり)部活を休みにした笠松は、他のメンバーを連れて試合会場へやってきていた。

「へえ、思ったよりも人入ってるな。」
「まだ開始には早いんスけどねー。」

入り口でチケットを渡して中へ入った6人は応援席へ向かった。
何度か自分たちも試合で来たことがある会場を上から見下ろすのもどこか新鮮だった。
最前列を陣取って、仲良く並んで座る。

最初こそ雑談で時間をつぶしていたのだが、途中からそわそわが止まらなくなってきた早川を連れて森山が飲み物を買いに席を外した。
じっとしていられない気持ちも分かるが、と、溜息交じりに廊下を歩く。

通い慣れた自販機までの道のりを歩いていると、目的の物の前に、よく目立つハニーイエロー。

「あ、」
「あ!」

シンクロした2人の声に、彼女が振り返る。
驚いた顔をした湊に、一緒に来ていた部長は一言二言かけて先に戻って行った。
走り寄って行った早川を、苦笑いながら追う。

「吃驚した、何でここに…?」
「チケット小(堀)さんが持ってて」
「女バスの部長との契約金らしい。」

小堀様様ってな、と笑うと湊もくすくすと笑顔を浮かべる。

「頑張れよ、試合。」
「はい。」
「負け(る)なよ、湊!」
「うん。」

喝を入れるように肩をばしばしと叩く早川に、湊は少し考えてから綺麗にまとめられていたポニーテールを緩めた。

「湊?」
「早川くん、結んでくれない?」
「え、」
「お願い。」

ヘアゴムをそっと受け取って、早川は少し緊張した面持ちで彼女をベンチへ座らせた。
いつもよりも時間をかけて結ばれたポニーテール。
試合に出ても崩れにくいようにと、少し強めに結んだ。
できた、と手を離した早川に礼を述べて立ち上がると、今度は壁によりかかって2人を見ていた森山のもとへちかづく。

「湊?」
「これ、お願いしてもいいですか。」

言葉と共に手に握らされたのは、彼女がとても大事にしているイヤリング。
森山はそれを確認して目を見開いた。

「おまえ、大丈夫なのかよ、これなくて…」
「いつもは頼りっぱなしですけど、それをつけてコートへ出るとあまりいい事ないんで。」

中学時代の最終戦や、この間の自分たちとした試合の事を言っているのだろう。
だが、それが彼女にとってどれだけ大切なものなのかを知っている森山は少し渋った。

「この試合が終わったら、私はまた男バスのマネージャーです。」
「湊…」
「必ず、帰ります。だから、道しるべに、お願いします。」

ふ、と笑顔を浮かべてからそっと手を離した。
森山はぎゅっとそれを握って、彼女を見やる。

「出し切って来い。」
「はい。」

2人に軽く挨拶を済ませ、湊は選手控室の方へ歩いて行った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「あ、おかえりなさい。」
「もう始まりますよ。」

悪い、と声をかけて頼まれていた飲み物をそれぞれに手渡す。
わあ、と湧いた会場にコートへ目を向けると選手たちが入場してきたところだった。
目立つ明るいイエローを見つけて、とうとう我慢できなくなった黄瀬が声をあげる。

「湊さん!」
「ばか、黄瀬!」

笠松に叱られるのも物ともせずに張り上げた声に、湊が下から応援席を見上げた。
黄瀬を見つけて、小さく微笑む。

「っ、勝ってくださいッス!」

黄瀬が絞り出すように言った言葉にひらりと後ろでに手を振って応え、挨拶のためにコートへ入って行った。

「ああ、湊さんマジかっこいいッス…」
「しみじみ言うなよ…」

うっとりと見つめる黄瀬に、笠松が顔を歪めて言う。
森山は手の中にある黄色をぎゅっと握って祈るように額に寄せた。
無事におわりますように、と。



ジャンプボールに残ったのは、チームで一番背の高い選手で。
弾かれたボールをしっかり受け取った湊は、チームメイトへパスを出して走り出す。
速攻、と3Pを打つが、焦ったのかゴールに弾かれる。
リバウンドを狙って相手が落下地点へ入るが、それよりも早く湊がそれを拾ってゴールへ叩き込んだ。

会場が激しく湧いた。
黄瀬と早川はハイタッチを交わし、笠松は腕を組んで薄く笑みを浮かべる。
コートでは、シュートを外した選手を追い抜き際に軽くたたいて何か言葉をかける湊。
緊張で強張っていた表情は、彼女の言葉で緩んでいった。

湊は、終始アシストに徹していた。
出来る限り他のメンバーへパスを回し、ミスをカバーする。
最初は多少ちぐはぐを見せていたチームも、後半にはしっかり出来上がっていた。

第4Qに入ったころには、勝敗は既に見えていた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

試合終了のブザーが鳴って、彼女は女バスのメンバーにもみくちゃにされていた。
背中に乗っかった部長を宥めて、挨拶のためにラインへ並ぶ。

ベンチの方へ戻ってきた湊に、早川が我先にと声をかけた。

「湊!」

見上げた先に早川を捉えた湊は、笑ってするりと少し崩れたポニーテールを触った。
我慢しきれなくなって、早川が走り出す。
慌ててそれを黄瀬が追い、それに続いて他のメンバーも腰を上げた。

「お疲れさん。」
「ありがとうございます。」
「着替え終わったら中央口な。待ってる。」
「はい。」

笠松が早川と黄瀬の荷物を持って歩いていく。
最後に立ちあがった森山が、手すりに頬杖をついて湊を見下ろす。

「快勝、おめでとう。」
「ありがとうございます。」
「本当、かっこよかった。」

ゆるりとした笑みを浮かべる森山。


「惚れそうだわ、マジで」


初めて自分に向けられたナンパ紛いの言葉に、湊がきょとんとした表情を浮かべる。
しかし、いつも運命を語るような(どこからくるのか分からない)自信を湛えたような笑みではなく、どちらかと言えば少し切なそうな、そんな笑い方。
何か言いかけた所で、部長に呼ばれてそちらへ返事を返した湊は、少ししてから悪戯な笑みを作る。

「惚れてもいいんですよ?」

ちゅ、と投げキッスを残し、手を振って控室の方へ消えた。
森山は目を見開いて呆然としていたが、ややあってずるずるとその場にしゃがみ込んだ。

「…ああ、もう。」

朱く染まった耳を指摘する者は誰もいなかった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

着替えてミーティングもそこそこに、湊は出入り口へ向かって走っていた。
折角なんだから打ち上げに行こうと誘ってくれたメンバーに断りを入れて、彼らの姿を探す。

「笠松さん!」

一番に見えた主将を呼んで、走り寄る。
湊に気が付いた笠松が、いじっていた携帯をボディバッグへ仕舞って笑みを浮かべて迎えた。

「お疲れ。おめでとう。」
「ありがとうございます、来てくださって、嬉しかったです。」
「これ。」

中村からスポーツドリンクのペットボトルを受け取って笑顔を向ける湊を、小堀と笠松が乱暴に頭を撫でる。
試合でほどけかけていた髪を少し名残惜しそうに解くと、背中にずしりと重さがかかる。
こけそうになった湊を慌てて小堀が前から支えた。

「「湊(さん)!!」」

仲良くハモって名前を呼ぶのは、大型犬2匹。

「黄瀬くん、早川くん。」
「おめでとうございます、湊さん!めちゃくちゃカッコよかったッス!」
「ナイスアシストだったぞ、湊!」
「ありがとう。」
「湊。」

静かな声に顔を上げると、少し離れた所から森山が呼んでいた。
背中に貼り付いた2人を退けて、歩み寄る。

「森山さん」
「お疲れ、おめでとう。」
「そう何度も言われると照れてしまいます。」

でも、ありがとうございます、と礼を返す彼女に小さく笑って頭を撫でる。
するりとそのまま顔のラインを辿って、森山の手は彼女の髪を耳にかけた。

「おかえり、湊。」

チリ、と少しの間離れていた音が耳元でする。
思わず耳に触れると、反対側のイヤリングも同じようにつけてくれる。

「預かってくださって、ありがとうございます。」
「いや。」

両耳についたそれを優しく触れてから、そのまま自分の胸へ彼女を引き寄せた。
突然のことにバランスを崩した湊は、全体重を森山へ預けた。
びくともしないしっかりとした体に、自分との違いをまざまざと見せつけられる。

「森山さん?」
「…おかえり、湊。」

耳元で静かに再度呟かれたそれに、湊は甘えるようにぎゅっとだきついた。

「ただいまです、森山さん。」
「湊!」
「「ぅぐっ」」

静かな雰囲気をぶち壊すように飛び込んできた早川を皮切りに、他のメンバーも寄ってきてまたもみくちゃになる。
頭を乱暴に撫でられながら森山に目を移すと、さっきまでとは違う、いつもと同じ賑やかな笑顔を浮かべていた。
珍しいこともあるもんだ、と軽く思いながら、7人は暗くなった道を家に向けて歩き出した。

mae ato
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -