建前なんてそんなもの 1

「…今回もあいつは遅刻か。」
「まあまあ、笠松。」
「今中村と早川が迎えに行ってるからさ。」
「さっき電話には出てましたから、大丈夫ですよ。すぐきますって。」
「たく…あいつは…」
「とっても楽しみにしてましたから、大目に見てあげてください。」

ふふ、と笑う湊の息は、真っ白に染まっている。
隣で眉間に深く皺を寄せる笠松の首にはしっかりとマフラーが巻かれており、他のメンバーの手には洩れなく手袋が装着されている。

今日から2泊3日で、レギュラー陣6人と湊は強化合宿と言う名の温泉旅行へ旅立つ。
そう、夏の海常祭で森山と湊が恋人の肩書と共に勝ち取った部費の行先だ。

些か不名誉ではあるが、WCを途中敗退した海常は既に3年生の引退を終えている。
本当ならWCが始まる前に毎年行くのだが、顧問の都合やらが合わず。
結局WC後の慰安旅行となった。

最初は中村、早川、黄瀬を交えた次のレギュラー陣と湊で強化合宿に行くつもりにしていたらしいのだが、それを聞きつけた湊が無表情で教務員室へと単身直談判に行き、3年生の参加をもぎ取ってきた。

余談ではあるが、心配になって教務員室の前まで着いて行った早川、黄瀬、中村は、出て来た湊が笑顔で言った「先輩たち、誘いに行こう?」の言葉に背筋を凍らせたという。



「しっかし、あいつはどうしても遅刻しないと生きていけねえのか…」
「試合の時は、いつもきっかり5分前には集まってたのにな。」
「昨日の夜中に「眠れないッス、どうしよう湊さん!?」ってメール来てたんで、寝つきが悪かったんでしょうね。」
「幼稚園児か、あいつは…」
「すみませんッス!!!」

呆れた溜息をついたところで、ちょうど向こうから黄瀬と、呼びに行っていた2人が戻ってきた。
黄瀬は到着するなり、先輩3人に深々と頭を下げた。

「おっせえ!!!」
「お前、部でも未だにそうなのか…。」
「湊や早川たちに迷惑かけるなよ〜」
「はいッス…」

しゅんと萎れてしまった黄瀬の頭を、小堀が優しく撫ぜる。
途端に嬉しそうにはにかんで笑うので、湊はまたおかしそうに笑ってメンバーの背を押した。

「さ、行きましょう。急がないと本当に特急に乗り遅れます。」
「特急、何時だっけ?」
「9時半に神奈川駅発ですよ、こうなる事は予想して早めに集合はかけてます。」
「流石。」
「ちなみに、涼太くんは1人だけ集合時間8時にしてたんです。意味なかったですけど。」
「2重…だと…」
「本当、扱い慣れて来たな。」
「まあ、まだ1年ありますからね。ほらほら、急いで。」

集合時間よりも15分ほど遅れて、7人はやっとスタート地点を後にした。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

なんとか特急には乗れた7人。
ボックスの4人席を2つ取り、右側に森山、黄瀬、早川、笠松。
反対側に残りの3人が座った。

「ダウト!それダウト!!」
「残念でした〜4ッス!」
「お前なんなんだよ陰湿だわ!!てか、なにこれ?!お前らほとんど嘘じゃねーか!!」
「俺、お前のそういう馬鹿正直なところ嫌いじゃねえわ。」
「もうやだ…人間不信になる…5…」
「(森)山さん、ダウトっす!」
「なんで分かんだよ!!」
「黄瀬が4枚持ってんの見えたっす。」
「ちょ、早川センパイ!?」
「黄瀬…手札7枚で4枚は5かよ…すげぇ確立だな…」
「温存してたらこんなことになったんス!!」
「大富豪じゃねえんだぞ!」
「しかも、5て」

賑やかな右側席を小堀と湊が反対側から見守る。
最初は静かにしろとお叱りを入れていた笠松も、ヒートアップしてきて一緒になって騒いでいる。

「賑やかですね。」
「だな。」
「真也くんは完全に自分の世界ですし…」

ちらりと窓際へ座る中村を見やるが、完全に視線が手元の小説から離れない。
目線だけは上から下へ、また上へとせわしなく文字列を追っているようだ。

「俺たちがぬけてから、どうだ?変わりないか?」
「まあ、そりゃあ今まで通りとはいかないですけどね。何とかやってますよ。」
「何だかんだ早川も、面倒見はいいですからね。」
「あれ、中村ちゃんと聞いてたんだ。」
「読みながらでも、話くらいはできますよ。」

言いながらも、切りがいいところまで来たのか、しおりを挟んで本を閉じた。

「そういえば、中村に借りたあの本読み終わったよ。また返しに行くな。」
「いつでもいいですよ。どうでした?」
「なかなかよかったよ、最後の最後にまたひっくり返されると思わなかった。」

2人が小説の話で盛り上がり始めたので、湊は傍聴に徹することにする。

「ッも―――!!勝てないッス!」
「なんなんだお前ら!!」
「これでもキャプテンだか(ら)な。」
「これでもキャプテンだったからな。」
「「チームの奴の挙動を読むのは、簡単だ。」」
「「湊!!!」」
「ははは。」

完全に新旧キャプテンチームにやられているらしい黄瀬と森山。
自分たちでは勝てないと踏んだのか、黄瀬が湊の手を引いて自分と席を入れ替える。

「勝ってくださいッス!」
「仕方ないなあ。」
「お、自信あり気だな。」
「幸男さんや充洋くんが見て来たのとおなじだけ、私も2人を見てますからね。簡単には負けませんよ。」

バラバラと湊の手を行き来するトランプに、笠松が至極楽しそうににんまりと笑みを返す。

「ダウトは時間かかるな。」
「大富豪とかは?」
「ローカルルールどうす(る)んです?」
「8切りはありですか?スペ3は?」
「Jバックは?」
「…ポーカーでいいな。」

ルールのすり合わせが面倒になったのか、笠松が言いながらカードを配りだす。
机のついたボックス席だったので、山札を並べながらぺらりと自分の手札を覗く。
笠松は眉1つ動かさずに手札を確認しているし、それを覗き込む早川もただじっと見るに留めた。

「本当、早川は大人になったなぁ。」
「昔は筒ぬけでしたからね。」

反対側の席から保護者2人が言う。
湊も同じように手札を扇状に広げる。
席を移動した黄瀬には見えていないようだが、森山がほんの少しだけ目を見開いたのに笠松が気が付いた。

「…いい手らしいな。」
「由孝さん、顔に出てますよ。」
「ごめん。」

ぺらり、と2枚場に捨てて山からおなじ数をひく笠松。

「…お前の番だ。」
「幸男さんのその勝負事するときの表情、久しぶりですね。」
「お前相手に見せる事も少なかったからな。」
「私、結構すきですよ。ノーチェンジ。コールです。」

ばららら、と並べられたのは10が3枚、9が2枚。

「フルハウスです。」

笑うと、笠松が手札を投げるように場に出した。

「役なし、だ。」
「私の勝ですね。」
「なにかしら揃うかとは思ったんだがな。」
「ふふ、幸男さんらしいです。」
「どういうことだ?」
「湊、やめろ。」

ひらりと手を振って立ち上がる。

「どこ行くんだよ。」
「便所。早川、勝っとけよ。」
「任せてください!」

意気込む早川に、湊は頬杖をついたままそっと笠松の手札を広げる。
出て来たのは、クローバーの4,8,5に6とハートの2。
笠松が捨てたのは、ダイヤの6だった。

「(本当…変わらない人。)」

いくらスートが揃っていても、フラッシュになる確率は限りなく低い。
それでも、彼は「7」を待った。
興味本位で次のカードを捲った湊は目を見開いて、またひとり笑った。

「惜しかったですね、でも今回は私の勝ちです。」
「どうしたんスか?」

黄瀬がそれを手に取って首を傾げる。
山札からあと一歩で引かれなかったクローバーの7は、遅刻癖のついてしまった彼によく似ていた。

mae ato
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -