笑顔でさよなら 1

※えらい長いです注意!

3年生たちとの最終ゲームを終えて、もう大分経つ。
最初こそ号泣する黄瀬を宥めるのに必死だった2年生たちだったが
最近ではやっと普段の調子が戻ってきた。

「黄瀬、大丈夫そうだな。」
「そうだね。」

並ぶ早川と湊が、中村からパスを貰っている黄瀬を眺める。
ちらりと湊を見下ろした早川の目線に、首を傾げた。

「何?」
「いや、もっと湊もダメにな(る)かなって中(村)と言ってたか(ら)。」
「私もこれでも先輩なんだよ。1年生たちの前で失態を晒す訳にはいかないよ。」
「そ、か。」
「あ、そろそろ次の休憩の準備しなくちゃ。ちょっと離れるけど。」
「ああ、大丈夫だ。」

部を早川に任せて、湊は部室へタオルとドリンクの用意をしに戻る。
荷物をまとめて、いつも使っている籠を探すといつぞやのようにロッカーの上へ乗っていた。

「あちゃあ。仕方ないなぁ、もう少ししたら浩二さんに…」

独り言としてこぼれた中にあった名前に、自分で驚いて目を見開く。

「あー…浩志さんたちは、もういないんだっけ。」

ぽりぽりと頭をかいて、またロッカーを見上げた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

顔を洗いに出て来た黄瀬がたまたま部室の前を通った時、部室の中から派手に何かが崩れる音がした。
慌ててドアを開けると、埃を巻き上げた中で盛大に咳き込む湊がいた。

「湊さん!?」
「あー、涼太くん…」
「大丈夫ッスか!?」

湊の上へ乗っかったものを1つずつ退けながら救出する。
伸ばされた手を取って立ち上がり、籠を拾い上げる。

「どうしたんスか一体…?」
「いや、ちょっとロッカーの上の物が欲しくて。」
「は!?」

踏み台になるものがなかったので、背伸びをして取ろうとしたらしい。
ジャンプして籠の端を掴んだところ、それに引っかかって向こう側に乗っていたものが雪崩てきたようだ。

「無茶しないでくださいッス。俺たち呼んでくださいよ。」
「…あー、そっか。ごめん。」
「?」

少し考えるようにしてから、自嘲気味に笑って俯いた。

「いつもは浩志さんが取ってくれてたから、あの人でないと届かないんだと思い込んでた。」

ぽつりとこぼした湊の言葉に、黄瀬は目を見開いた。
引退の時も泣き喚く自分を宥め続けてくれた彼女は、一度も涙を見せなかった。
もしかしたら、森山は個人的に見ているのかもしれないが、それを黄瀬が知るためのツールは何もない。
だからこそ、彼女は既に誰よりも前を向いて進んでいるのだと思っていた。

「(そうじゃなかったんだ…)」
「涼太くん?」

首を傾げる彼女を思わずぎゅっと抱きしめる。

「どうしたの?」

ぽふぽふと背中を叩く湊に、更に腕を強める。
未だ自分は彼女にとって背を預けるだけの存在ではない。
彼女の背に守られて、あやされ、面倒を見られる存在なのだ。

「湊さん。」
「ん?」
「俺、でっかい男になるッス。」
「ん、んん?」
「早川センパイや中村センパイと一緒に、また湊さんを連れてIH上がって見せるッス。」

強い決意に、湊は少し吹き出して笑った。

「うん、楽しみにしてる。」

自分のシャツを握る小さな手が震えているのは、気付かないふりをして。
自分や早川、中村だけでなく、彼女にとっても3年生たちは大きな存在だったのだという事を実感した。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「と、言うわけで。」

午後練を終えた後、湊の家に上がり込んで机を囲んで頭を突き合わせていた。

「早いもので、もう来週には卒業式です。」
「そうっスね。」
「先輩たちが本格的に海常を去るまで、もう7日しかありません。」
「その言い回しやめろ。」
「黄瀬、泣くなよ。」
「ごめん、ガチ泣きしないでよ…」

ぶわりと溢れた黄瀬の涙を拭きながら、湊が続ける。

「そこで、卒業式の後に私たちから心ばかりではありますが、今までのお礼をしたいと思います。」
「何やるんだ?」
「とりあえず、私が考えたのは―…」

ぱらりとノートを開くと、既にプランが大雑把だが書き込まれていた。
そこにまた色ペンで何かを書き込みながら説明を加えていく。
一通り話し終えた所で、3人を見る。

「――て感じなんだけど、どうかな。」
「いいと思う。」
「(俺)も!」
「でも、これって無理あるんじゃ…笠松センパイや森山センパイならまだしも、小堀センパイが…」
「そういう時のために、はいこれ。」

ごそごそと足元の段ボールを漁って、中身をそれぞれの前へ差し出す。

「うわぁ、懐かしいッス。」
「小さい頃持ってたわ。」
「(俺)も!」
「これで、万事OKよ。」

にんまりと笑う湊は、更に続けた。

「卒業式の日とその次の日は3人とも予定キープしてあるから、問題ないわ。」
「抜か(り)ないな!」
「当たり前よ。スタートは学校からね。私は先に用意があるから、学校の中でちょっと時間つぶしてから出てきて欲しいの。」
「わかった。」
「学校で捕まる、なんてヘマはしないでよ。」
「任せといて下さいッス!」

決戦は、一週間後。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

卒業式も既に終えて、もう一度校門をくぐってしまえばもうこの学校の生徒ではなくなる。
胸には卒業生につけられるリボンがつけられている。
名残惜しい気持ちを抱えたまま、3人は並んで通い慣れた学校を見ていた。

「…なぁ。」
「ん?」
「最近さ、やけに後輩たちがツレないと思わないか。」

森山がぶすっとした顔で校庭を窓から見下ろす。
隣で聞いていた小堀と笠松もこの数日を思い返してみた。

「確かに、言われてみればそうかもなぁ。」
「だろ!」
「新体制になってあいつらも忙しいんだ。ちょっかいかけてやるなよ…」
「でも、おかしいと思わないか!」
「…何が。」

進学を早い段階で決めた3人は、他の同級生たちよりもずっと緩い高校生活を送っていた。
勉強から解き放たれ、毎日のように部活にも顔を出していたのだが。

「前までなら「明日も来ますか」って確認が入ってたし、飯食いに行こうって誘えばホイホイついてきてたのに!」
「いつか危ない奴に連れていかれそうだな。」
「今度ちゃんと言い聞かせとく。」
「真面目に聞いて!」

きゃんきゃん鳴き喚く森山に、笠松は深い溜息をついた。

「どうしたいんだよ?」
「だって、俺たち先々月のお泊り会から一度も湊の家行ってないんだぞ!?」
「それが普通だよ。」
「引退してもお泊り会に誘ってくれるところが、あいつらの可愛いところだよなぁ。」
「そ、うなんだけど!!」

全く言いたいことが伝わらない森山は、悔しい顔をしながら言葉を選んでいた。
もごもごしている森山を苦笑いで見ていた小堀が、「あ」と声をあげる。

「ほら、噂をすればなんとやら、だよ。」
「?」

指さす先を振り返ると、後輩3人が並んで歩いてくるところだった。
なんだかんだ後輩が好きな3人。
特に森山はそれを隠しもしないので、ぱあ、と表情を輝かせた。

「お前ら!」
「えっ」
「げっ」
「ちょ、どうするんスか!思ったより遭遇が早いッスよ!」

どこの部も、3年生たちは後輩に泣きながら縋り付かれている頃だろう。
今までありがとうございました、行かないでください、なんて言葉が飛び交う卒業式で
こんなに「会いたくなかった」と全面的に押し出された表情を向けられる卒業生は、
どこを探しても3人だけだろう。

「…何、お前らひどくない?」
「流石の俺たちだって凹むぞ〜」
「つか、何の話してんだ。湊はどうした?」

可愛がってきた後輩たちの塩対応にショックを隠し切れない森山と、笑顔を崩さない小堀。
笠松が放った言葉に、森山がはっとしたように言った。

「そうだよ、湊どこ行ったんだ!」
「お前、自分の彼女忘れんなよ。」
「忘れてない!後輩は平等にかわいがるのが俺のモットーなの!」
「はいはい。」

わたわたする後輩たちへ歩み寄ると、黄瀬からストップがかかる。
ぴたり、と反射的に足を止めるとしどろもどろな声が返ってきた。

「ええと、その、先輩、卒ぎょ「黄瀬!それは言っちゃだめだ!」あ、そうか…ええと」
「ああ、こういう時に湊がいてくれた(ら)…!」

あたふたを繰り返す早川と黄瀬。
冷静さを取り戻した中村が、静かに言った。

「先輩、俺たちとゲームをしませんか。」
「ゲーム?」

首をかしげる笠松に、小堀がにっこりと笑顔を携える。

「何をするんだ?」
「鬼ごっこです。夏に誠凛とやったのと同じように。」

中村が半歩引いたのを見て、黄瀬と早川も顔を見合わせてひとつ頷いた。
3人の表情は、コートの中で見るものと同じ。

「鬼は先輩たちです。俺たち3人全員捕まえられたら、先輩たちの勝ち。捕まえられなかったら、俺たちの勝ちです。」
「タイムリミットは?」
「ありません。」

今度はきょとん、とした森山が尋ねる。

「おいおい、それじゃあ俺たちが捕まえるまで続けるってのか?」
「いえ、今回は時間制限ではなく、距離で勝負をしましょう。」
「…距離?」
「俺たちはこれから、先輩たちから逃げながらある場所を目指します。そこに俺たちが捕まらないまま到着したら、俺たちの勝ちです。」
「ゴールはどこなんだ?」
「それは言えません。」
「ああ?」
「言ったら、待ち伏せされてしまいますから。そしたら、鬼ごっこの趣旨に反します。」

じり。
更に一歩ずつ後ずさる。

「最後の、後輩からの我儘です。聞いてください。」

中村のその言葉を最後に、3人は一斉に踵を返して走り出した。
渡り廊下の所で3方向へそれぞれ分かれた3人を、先輩組は唖然とした表情で見ていた。

「…どうする?」
「…まぁ、付き合ってやっか。」
「せっかくだしね。」
「中村にあんな顔されちゃ、このままって訳にもいかないか。」

走っていく直前に見えた寂しそうな笑顔に、3人はそれぞれ後輩を追って走り出した。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

Kobori side

それぞれ適当に分かれた俺たちは、それぞれ後輩を追っていた。
少し走ったところで、黄色い頭を発見する。

「みーっけ。」
「げえ!」

少し速度を落として呼吸を整えていた黄瀬が、俺を見てまた足を速める。
本気で走るつもりはなかったが、なんとなくわくわくしてきてしまう。
にやける表情をそのままに、俺は揺れる金髪を追った。

「何で!何で小堀センパイなんスか!!」
「なんでって!?」
「俺絶対来るなら笠松センパイだろうって…小堀センパイ早いっスぅぅぅぅぅううう!!!」
「ははははは!」
「うわあああん完全ハズレくじッス!!」

ばたばたと走り回って、廊下から中庭へ出る。
どうやら卒業生たちが集まっているらしく、やけに人が多い。
人だかりを前に少し戸惑った黄瀬だったが、追ってくる俺を見てそのまま人ごみへ紛れて行った。
背丈のわりにすばしっこい黄瀬は、どんどん向こう側へ抜けていく。

「本当器用だなあいつ…」

俺はそこを抜けるのを断念して、もう一度校舎から向こう側を目指すことにした。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

Kasamatsu side

「待てコラァァアアアア!!!」
「待てません!!!」

俺が追ったのは、早川だった。
あいつは足はそこまで早くはないが、如何せんバテというものを知らない。
長期戦になるとどんどん勝てなくなる。
階段を降りていく早川に、俺は手すりを飛び越えて前へ着地した。

「ひ!」
「観念しろ!!」

伸ばした手が早川に届きそうだったその時。
ぐい、と早川が何かに引き寄せられたように後ろへ寄った。
倒れる前に“何か”に支えられた早川が、慌てたように振り返ってまた走り出す。

「ごめん、あ(りがと)中(村)!」
「こんな序盤で捕まりそうになってんじゃねえよ!湊の言葉忘れたのか!」
「(湊…?)」

唐突に出て来た名前に首を傾げるが、あいつの名前を耳にした途端面白いくらいに青ざめた。

「ま、負け(られ)ない…!」
「分かったら走れ!俺も森山さんから逃げないと…!」

一緒に走りながら分かれ道を右へ曲がった2人を追おうとしたとき、後ろから声がかかる。

「笠松!左に折れろ!」
「森山?!」

少し考えてから、森山の意図が分かったため言われた通り左へ曲がる。
森山が2人を追ってそのまま右へ曲がったのを見て、思った通りだと一度階段を上がった。
このまま右へ折れると、そのまま渡り廊下を渡って特別棟へ入る。
渡り廊下はそれぞれの階でつながっているため、俺は教室棟の2階から特別棟を目指す。
特別棟はそんなに広くないし、なにより出るには必ず渡り廊下を通らなければならない。
小堀が今どこにいるのかは分からないが、2人いればまず間違いなく捕まえられるはずだ。

「先輩の意地だ…負けるかよ!」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

Moriyama side

「くっそ本当すばしっこいな…!!」

こんなことになるなら、早川を追っておけばよかった。
走って行ったのを見てたから、どこを走れば誰にたどり着くか分かってたのに…

人影のない特別棟を走る2人の背中を、俺は必死に追いかけた。
読み通り渡り廊下を進んでいった2人は、1階の階段の手前で左へ曲がった。
右へ折れようとした早川を中村が引っ掴んで左へ行ったから、きっと途中で笠松がいなくなったのに気が付いたんだ。
やっぱり、2年トリオは数が増えれば増えるだけ面倒だ。
3人になったら、最早いろいろな観点から勝てなくなるのはこの2年間で学んだことだった。

俺は携帯を取り出して、履歴からコール。
数回の機械音の向こうで、応答の声がした。

『森山か、今どこだ。』
「特別棟の1階!お前が居なくなったの中村が気が付いて左側へ曲がった。」
『たく…やっぱあいつら一緒にすると面倒だな…!』
「笠松もそう思うか…」

一度外へ出て上の階を見上げると、2階のところに人影が見えた。
背が高いと、探しやすくていい。

「笠松、2階だ!」
『分かった、南階段からあがる!』

一度電話を切って、俺も反対側から2階を目指す。
どうせ笠松も来るなら構わないだろうと、隠れることもせずに飛び出した。

「(森)山さん!!」
「くそ…っ」

早川を引いて逃げた先は、南階段だ。
読み通り。
俺は、勝ちを確信していた。

「笠松!!行ったぞ!!」
「「ッ」」

俺の声に、足を止める2人。
笠松と俺に退路を塞がれ、じりじりと間合いを詰められる。

「どうした、もうおしまいか?」
「笠松、顔が完全に悪役だ。」

にやりと笑みを浮かべる元キャプテン様は、至極楽しそうだ。
悔し気に顔をゆがませる2人が、背中合わせに俺たちを見た、その時。

「センパイ!!」

1階から黄瀬の声がした。
4人で同じように窓から下をのぞくと、何処から持ってきたのか高跳び用のマットがご丁寧にも敷いてあった。
それを見た中村と早川は、躊躇なく窓からエスケープした。

「ッおい!!」
「あぶねーぞバカ!!」
「俺たち、それ以上に湊に怒られる事のが怖いんで!!」
「サンキュー、黄瀬!助かった!」
「そろそろ良い時間ッス!学校出ましょう!」

黄瀬の言葉に、俺も笠松も目を見開いた。

「おい!!学校出るのかよ!!」
「聞いてねーぞ!!」
「そろそろ騒ぎ聞きつけて小堀センパイが来ます、急ぎましょう!」
「「聞け!!」」

ばたばたと走り去る2人に、仕方なく俺たちも階段を降りた。
勿論、既にそこにあいつらの影はなかったけど。

「森山、笠松!」
「小堀…」
「ここへ黄瀬が来なかったか?」
「来たけど、逃げてった。」
「学校の外へな。」
「外!?」
「とりあえず、長期戦は更に不利だ。急ぐぞ!」
「お、おう!」

mae ato
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