ライバルはいつだって 2

放課後練を終えて、昨日と同じように7人で歩く。
先頭を歩く黄瀬と早川を見ながら、隣の湊をそっと見下ろした。
自分が話に入っていくわけではないのだが、楽しそうに賑やかな前のメンバーを見ている。
今日はたまたま最後尾。
誰も見ていないのをいいことに、そっと湊の手を握ろうと左手を伸ばした時だった。

「あれ、湊ちゃんだ。」

聞こえた男の声に、反射的に手をひっこめる。
前を歩いていた5人も気が付いて一緒に振り返った。

「こんばんは、森山さん。」
「やあ。笠松くんに小堀くんも一緒なんだね。由孝がいつも世話になってるね。」
「いえ。」
「お久しぶりです。」

ぺこりと頭を下げた笠松と、にっこり笑顔を返す小堀。
我が兄ながら、こいつは俺の事は総無視するつもりらしい。
腹立たしいったらない。

「兄さん何でここにいるんだよ。いつもならこの駅で降りないだろ。」

大学へ電車で通っている兄が降りるのは、もう1つ向こうの駅。
間違っても、1つ前でぶらり途中下車なんてありえない。

「昨日湊ちゃんとした約束があったからな。」
「!」

ぴくりと反応した湊がわくわくした様子で兄を見遣る。
完全に持っていかれてしまった。

「はい、これ。約束のものね。」
「ありがとうございます!!」
「いいよ、お代はきっちりいただくからね。」
「勿論です。今度持っていきますね。」

兄が湊に手渡したのは、白い封筒。
中身は分からないが、湊はとても大切そうにそれを受け取って今すぐにでも開けたい様子でそわそわしている。

「…それ、何?」
「えっ」

ぱっと背中へ隠したそれに、さらに機嫌は降下する。

「なあ。」
「っ言えま、せん。」
「なら、見せて。」
「な、余計無理です!」

珍しく声を荒げるので、珍しくいらっとした。
これでも俺、温厚な方だと思ってたんだけど。

俺の知らない何かが、兄さんとの間でやりとりされている。
何かにつけて兄の方が優れているのは分かっているので、余計焦りと小さな憤りが心を染めていく。
どうやって奪い取ってやろうかと、試合中でもここまで頭を使わないというくらい何通りもの方法を画策しながら距離をつめた。

一歩よれば、一歩下がる。
兄は特に何を言うわけでもなく小堀や笠松と話をしている。

「湊。」

自分でも驚くほど不機嫌がにじむ声が出た。
困ったように目線が泳いだ瞬間、彼女の手から封筒が消えた。

「え?!」
「もーらいっと。」

取り上げたのは、静かに横から距離を詰めていた黄瀬だった。
返せと手を伸ばす湊をよけるように頭上で封筒を開ける。
中から出て来たのは、写真のようだった。

「っ涼太くん!!」

焦った声が聞こえるけど、黄瀬は真ん丸の目を数回瞬かせたあとシラケたとばかりに封筒へ戻した。

「…黄瀬?」
「あー、はいはいゴチソウサマッス。」

湊の手を掻い潜って、封筒が俺の手元へ回ってくる。
勿論湊の標的も俺になるわけだが、左右へ避けながら封筒をあけた。
…癪だが、俺には黄瀬のように避けられるだけの身長差がない。

「由孝さん…!」

中から出て来たのは、この間の海常祭の写真だった。
半分は俺たち7人の写真。
もう半分は、学校内を2人で回る姿、手をつなぐ俺たち、グランプリを取って上がった檀上での告白シーンなんかもおさまっていた。
勿論、すべて俺と湊は西洋衣装で。

「……」
「す、すみません…あの日私も衣装だったので写真撮れなくて…」

そういえば、兄さんも来るって言ってた。
学校で会わなかったから、何だかんだ来なかったんだなと思ってたのに。

「先輩方との最後の海常祭でしたし…せっかくなら、思い出として残しておきたくて…」

おずおずと言う彼女に、俺は無言でポケットを漁った。

「由孝さん…?」
「湊。」

一声かけてから、肩を抱き寄せる。
驚く湊を可愛いな、なんて思いながらも片手はインカメを起動する。

カシャリ、と無機質な音が鳴る瞬間に、俺は湊の頬に口づけた。

距離を取ってから写真の出来を確認する。
ぽかんとしながら頬を押さえる湊と、ヘタレだなんだと騒ぐ黄瀬を無視して
写真を彼女へ送った。
湊の鞄から、小さく受信音がする。

「よ、したかさん…」
「写真なんてなくても、どうせ何年経ったって俺たち7人は腐れ縁だ。思い出が欲しいなら、別の所でいくらでも写真なんて撮ったげるから。」
「…」
「俺とのツーショットが欲しいなら、いつだって撮るよ。だから、海常祭の写真だけはやめて。」

あの日は確かに俺と湊の記念日だし、付き合う事になったきっかけでもある。
でも、俺としてはいろいろ不名誉な日でもある。
思い出として残してもらうなら、もっと俺がカッコよく写ってるやつがいい。

言っていて少し恥ずかしくなって目線を逸らした。
ああ、やっぱり決まらない。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

兄はこの後まだ用事があるらしく、その場で別れた。
また7人で列を作りながら、帰宅路を辿る。

「由孝さんは、海常祭楽しくなかったですか?」
「…楽しかったけど、やり直せるなら是非ともって感じかな。」

少なくとも湊と両想いだって事が分かってれば、もっとちゃんと先手を打ってた。
完全なる結果論なんだけど。
小さく溜息をつくと、湊が横から控えめに俺の小指を握った。
急なことで思わず肩が跳ねたが、できるだけ最小限に抑えて少し下を見下ろす。

「湊?」
「…私は、とても楽しかったですし、いい思い出です。」
「……まぁ、否定はしないけど。」

目線は更に泳がせたまま、小指を握る湊の手を絡め取る。
ぎゅっと解けないように握りこむと、湊も小さく笑って握り返してくれた。

「なら、写真「だめだ。」…けち。」

珍しくむすっとした顔で俯く湊。

「言ったろ。他の写真なら、いくらでも撮るって。」
「…仕方ないですね。」

とん、と意図的に俺の左半身に軽くぶつかってきた湊に、俺も少し距離を詰める。

「ああ、それと。」
「?」
「兄さんと、できれば2人きりで会わないで欲しい。」

学校で俺が捨てられた疑惑が立ってる、というとぽかんとしたあとくすくすとおかしそうに笑った。

「なら、明日は学校に行ったら「私は由孝さんの恋人だ」ってふれて回らなきゃいけないですね。」
「…だったら、俺も「湊の恋人は俺だ」って言って回るから。」
「また“姫”“王子”って呼ばれるようになっちゃいますね。」
「今もだろ。」

別に本当にやるわけじゃないけど、俺の気持ちはすっきり晴れた。
湊はこんなにも俺の事を好きでいてくれる。
それが日常から伝わるなんて、こんなにうれしいことはない。

「ねえ、由孝さん。」
「何?」
「写真はどうしてもダメですか?」
「だめ。」

…とりあえず、湊を諦めさせる策を考えるのが何よりも第一優先になりそうだ。

mae ato
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