ライバルはいつだって 1

湊からのやたら男前な告白をうけてから早1カ月。
勿論俺たちは今まで通り仲良くやっているし、肩書きが変わったからと言って
今までの関係図が崩れることもなかった。

が、海常祭が終わってからというもの、俺も湊もやたらめったら声をかけられるようになり、しかも―――

「姫ー」
「ねぇ、姫ちょっとこっち手伝ってよー」
「姫数学のプリント見せてくれよ、アイスおごるからさー」

大変、不名誉である。

絶大な支持を受けた俺たちは、学校中に存在は知れ渡り知らない奴にまで「姫」「王子」と呼ばれるようになった。
同級生たちは面と向かってそう呼ぶし、顔も知らない後輩たちからひそひそと聞こえる声でもどうやら俺は「姫先輩」で通っているらしかった。

人の噂も七十五日だ、と中村に静かに諭され話題として風化するのを待っているが
このまま定着しそうで怖い。

「あ、由孝さん、今日の練習なんですけど、」

俺に用があったようで、3年の教室まで珍しくやってきた湊が
ドアのすぐ近くに座っていた俺を見下ろしながら話しかけてきた。
俺も声のする方へ顔を向けて話を聞く体勢に入ったのだが。

「あっ、王子くん!!」
「王子、姫に会いにきたの?」
「お熱いねーお二人さん!」

いくつもの話題でがやがやしていた教室が、謎の団結力を見せる。
俺と湊を見た瞬間にやにやしながら囃し立て、中には携帯をむける奴もいる。
俺は知っているやつだし何とも思わないが、湊にとっては顔も知らない赤の他人。
いい気はしないだろうとそいつへ手を伸ばすと、そっとその手を取られた。

「湊?わっ」
「すみません、この人は私のなんです。あまり撮らないでもらえますか。」

反対の手で俺の目を覆った湊が、少し笑いを含んだ声でそいつへ言った。
きゃあきゃあと余計に煩くなる教室に、俺は手を除けて溜息をついた。

「余計ひどくなるぞ。」
「本心です。」

俺にいつもと同じ柔らかい笑顔を向けた湊に、更に外野のテンションはあがり。
我慢ならなくなった笠松が隣のクラスから乗り込んできてお叱りを受けるまで、湊はただ楽しそうに俺と一緒にいた。

―――だから、俺も油断していたのかもしれない。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

次の日、朝練を終えて教室へ入った俺は、ドアをあけてすぐの所でクラスの女子数人に詰め寄られた。
背丈はこれでも高い方なので、ちょうど顎のあたりからじっと見上げてくる彼女たちを
ひきつった顔で見返した。

「ど、どうしたんだよ…」
「…やっぱり、違う。」
「でしょ?」
「おかしいな…でもどこか…」
「何なんだよ一体…」

朝の挨拶もなしにただ値踏みするように俺を見るので、思わず目を泳がせた。
教室をぐるりと一周意味もなく見渡して目線を戻すと、1人が首を傾げながら言った。

「姫、昨日どこにいた?」
「は?」
「昨日の、放課後。」

急に何だ、と思いながらも記憶をたどって返事をする。

「き、のうは、いつもと同じように部活に出て、大通りを笠松たちと歩いて駅のところで別れてからは本屋に寄って家に帰ったけど…」
「本屋って、商店街の?」
「や、駅前のとこの。…何?」
「それ、何時ごろ?」

事情聴取ってこんな感じなのかな。
ぼんやり思いながら、必死に記憶の糸を辿る。

「ええと、本屋出たのは19時半だった。店の時計見た覚えがあるから間違いない。」
「その時は、姫1人?」
「皆駅からは方角ばらばらだからな。」

答えると、彼女たちが顔を見合わせて考え込んでしまったので、とうとう耐え切れなくなってこちらから尋ねる。

「なんなんだよ、一体。」

顔を顰めると、また別の女子がぽつりと少し言いよどんでからこぼした。

「昨日、王子が背の高いイケメンと並んで歩いてるの見たのよ。」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「…何か?」
「……いや。」

昼休みにいつものように7人で輪を作って昼食を食べる。
対角線上に座る湊を思わずじっと見つめた。

“昨日の20時ごろ、湊は高身長のイケメンと2人きりで一緒にいた”

クラスメートの証言はこうだった。
デジャヴを感じながらも、俺は余裕を滲ませて彼女たちに言った。

「それって、金髪の学ラン男子なんじゃねーの?」

どうせまた兄である宮地だろう。
湊が2人きりで歩く相手なんて宮地か裕也くん、またはうちのメンバーだ。
さすがに同じ制服ならわかるだろうし、こんな言い方はしないだろう。
また兄貴のどっちかと一緒にいたんだ、仲がいいなあ本当に。

なんて余裕をかましていた俺に、彼女たちは言葉の鈍器を振り下ろした。

「いや、昨日見たのは黒髪の美形男子。」
「多分、年上だよね?」
「うん、大学生とかそれ以上かも。」
「結構親し気に話してたから、姫も知ってるのかと思ったんだけど。」

頭が真っ白になった。
相手が、宮地じゃない。

湊に限って浮気だなんてそんな事を疑うわけじゃないけど、
彼女は美人だし、気遣いのできるいい子だ。
引く手は数多だろう。

更に、彼女は決してお世辞にも社交的とは言えない。
今現在だって、冗談を言い合って笑い合えるのは兄貴2人を除けば俺たち6人だけだったはずだ。
その、湊が、親し気に話ができる相手…

「秀徳のやつらか…?」

いや、昨日も向こうだって練習だったはずだ。
湊が部活中に大坪と電話して次の練習試合の日程を決めていたし、電話の向こうからスキール音がしていたからまちがいない。
皆と駅で別れた時間から逆算しても、秀徳のやつらが神奈川であの時間に湊と会う事は物理的に不可能だ。
…なら、一体。

「……」
「…だから、何です一体」
「………昨日、湊何してた?」
「は?」

突然飛び出した質問に、湊は首を傾げた。

「昨日も7人で一緒に部活出て一緒に帰ったじゃないですか。」
「その後。」
「後…?」

いつもは湊の家の前を通って駅まで帰るので、結果的に送り届ける形になる。
でも、昨日は珍しくそのまま買い物にいくからと一緒に駅の所まで行ったのだ。

「買い物にでかけましたけど…」
「道すがら、誰かにあった?」

記憶をたどるように目線が斜め上を彷徨う。
ややあってから、ああ、と声を漏らした。

「昨日は、商店街のところで森山さんに会いました。」

久しぶりに彼女の口から聞いた自分の名字に、一瞬何の事かと思ったが
よく考えれば俺の他に、湊が知る“森山”がもう1人いる。
更に、そいつは確かにクラスの女子たちの言うように(かなり不本意だが)高身長の黒髪イケメンだ。

「…まさか。」
「お兄様がお茶でもして行こうって言ってくださって。ちょっと時間外れでしたが、町はずれのカフェに一緒にいました。」

聞いてませんか?と首を傾げられ、やっと合点がいった。
それで兄さん昨日あんなに機嫌よかったのか畜生。

「兄さん、帰ってくるの遅かったけど…」
「22時ごろまで一緒でした。家まで送るって言ってくださったんですけど、それは丁重にお断りしました。」

自分が明らかに不機嫌な態度を取っているのが分かる。
小堀と黄瀬は隣で可笑しそうに笑っているし、笠松と中村は溜息まじりだ。
早川は湊の髪をいじるので忙しい。

「ごめんなさい、嫌な思いさせちゃいました…?」
「んーん、湊が悪いわけじゃないから。」

とは言ったものの、気分は晴れず。
誰にぶつけるわけにもいかないもやもやを、湊に膝枕をしてもらって解消することにした。

mae ato
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -