学校にて。
クラスは違えど、何となく中村と早川、湊は一緒にいる事が多かった。
休み時間にも誰かの教室に入り浸り、話をしてチャイムと共に戻っていく。
昼休みは中村と早川の練習に付き合って一緒に昼食を食べる。
必然的に、昼練に来ている他のレギュラーたちも一緒になるのだが。
その場でいつものように輪を作ったところで、黄瀬が「あれ」と声をあげる。

「湊さん、今日は髪いつもと違うんスね。」

いつもポニーテールにされている長いハニーイエローの髪は、
今日は両サイドから三つ編みされ、後ろで綺麗にまとめられている。

「いつもは1つに纏めるだけなのに、どうしたんだよ?」
「これ、中村くんの作品です。」
「「「中村?!?!?!」」」

バッと目を向けられた中村は、少し居心地が悪そうに弁当を開けた。

「意外…」
「中村って案外器用だよな…」
「森山とか小堀がやるならまだ何となく理解できるんだが…」
「暑いというからあげただけです。」

いつもの括り方だと首筋に当たって鬱陶しいと言いだした彼女を見かねて
あげてやったのだ。
鏡を覗きながら制作過程を見ていた湊と、真正面からずっと眺めていた早川は
思わず感嘆の声をあげるほどだった。

「見てる分にも楽しかったですよ。自分でするよりずっと綺麗にあがってます。」
「中(村)は本当に器用だよな!」
「これくらいはな。」

小さく笑いながら自分も弁当箱の蓋をあけた湊を見て、黄瀬が少しむくれた。

「俺だってできますよ!」
「は?」
「姉ちゃんがいるんでそういう事はさせられてましたし、俺だって器用な方ッスよ!」
「何に張り合ってんだよ…」

笠松の言葉に更にむくれてしまった黄瀬に、湊は笑って自分の卵焼きを差し出しながら言った。

「じゃあ、明日は黄瀬くんにやってもらおうかな。」
「!」
「お願いできる?」
「勿論っス!」

箸からぱくりと卵焼きを食べながら満足そうに笑った。
小堀と森山が顔を見合わせて笑い、やっと自分たちも昼食を食べ始めた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「おはようございます。」
「おう、はよ。」

次の日の朝練に、湊は髪を下ろしたままやってきた。
黄瀬がいじるなら、下手に癖はついていない方がやりやすいだろうと思ったからだ。
少しそわそわしているのが分かるが、それを宥めて練習にはいる。
アップは選手たちに任せ、湊はその間に部室の掃除をしながら前日に干して帰った洗濯を取り込む。

「うん、きっちり乾いてる。」

ぎゅ、と抱きしめて顔を埋めると最近お気に入りの柔軟剤の匂いがふんわりと香る。
上々の出来だ。

人数分のタオルとジャグ、ボトルを何往復かしながら体育館へ運んで
丁度運び終わったところで休憩の合図を入れるため、笛を鳴らす。
何も言わなくても部員たちは分かっているので、わらわらとベンチの方へ集まってきた。

「やっぱ朝はキツイな…。」
「昨日夜更かししてたんでしょ。楽しみにしてた本の発売日だったもんね。」
「湊は本当何でも分かってるな…」

参った、と苦笑いを浮かべる中村と、それをみてくすくす笑う湊。
そこになんだなんだと早川が寄ってきて、また同じ話をする。
あまり活字が得意ではない早川は、読み終わったらあらすじを教えてくれと完全に他力本願だ。
いつものことではあるのだが。

「……」
「黄瀬?」

じ、っと3人を見つめる黄瀬に、隣から笠松が声をかけた。
いつもなら飛びつく勢いで寄っていくのに、今日はやけに静かだ。

「どうした?」
「…笠松センパイ、いつも小堀センパイと森山センパイと一緒に居ますよね。」
「あ?あぁ、まあ…あいつらといるのが一番楽だからな。」

2年間同じ時間を過ごしてきた2人は、笠松にとって親友とも呼べる仲だ。
黄瀬の視線の先にいる3人も、おそらくはそれぞれそう思っているだろう。
彼らが入学してから1年間、学校のどこで会っても大抵は3人は一緒に居た。

「どうしたんだよ、急に?」
「いえ、別に。」

くるりと踵を返してコートへ戻っていく。
自分よりも高い後輩の背中が、なんだかしょぼくれているようにも見える。

「…?」
「笠松?」

自然と森山と小堀が、首をかしげる笠松の両隣に立つ。
この並びもいつの間にか決まった定位置だ。

「どうした?」
「いや、俺というよりも…」
「?」

考え込むように顎に手を当てた笠松だったが、湊が鳴らしたホイッスルの音に
黄瀬の背を追ってまたコートへ入った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「急げ!」
「ギリギリまでシュート練なんてしてるからだぞ!」
「何で声かけてくれなかったんだよ!」
「御託はいいからさっさと教室戻れ!」

ばたばたと走る6人。
いつもはリミットが近づくと声をかけてくれる湊が今日に限って監督に呼ばれていていなかったため
予鈴がなるまで時間に気が付かなかったのだ。
一番後ろを走る黄瀬は、前を行く先輩たちの背を追いかけた。

「絶対遅れるなよ!遅刻取られたりしたらシバくからな!!」
「分かってます!」
「中(村)早く!」
「黄瀬、また昼な!」

ひらりと手を振って走っていく森山。
丁度この渡り廊下から先が教室棟になっている。
最上階が1年生の教室になっているため、ここで他のメンバーとはお別れだ。
左へ曲がった2年生2人と、階段を慣れた足取りで駆け下りていく3年生。
思わず少しスピードを落としたが、階段から担任が上がってくるのが見えて
慌ててまた走り出す。
最後の1段を見誤って踏み外し、少しバランスを崩した自分に何だか泣きたくなった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

昼休み。
いつもと同じように体育館へ集まったバスケ部のメンバー。
が、いつもと同じ円を作るには人数が足りない。

「黄瀬くんは?」
「まだ来てないぞ。」
「どっかでまた女の子に捕まってんじゃねーの。」
「大丈夫かな…」

実はあまり女の子に長時間囲まれるのが得意ではないのを知っている湊は
少し心配そうに体育館のドアを見る。

黄瀬の場所をあけていつもと同じように昼食をとっていたが、
昼休みが半分過ぎても黄瀬は来なかった。
とうとうじっとしていられなくなった湊が立ち上がる。

「少し探してきます。」
「ああ。」
「来たら連絡するから、携帯持ってろよ。」
「はい。」

ランチバッグから携帯を取り出して、1年の教室の方へ歩き出した。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

黄瀬はその派手な頭のおかげで案外早く見つかった。
いつも皆で朝練から戻るときに使う廊下で、ぼーっと外を見ている。

「黄ー瀬くん?」
「っわ」

途中で買った缶のカフェオレをぴとりと彼の頬にあてる。
どうやら女の子に絡まれていたわけではなさそうだ。
すこしほっとしながら隣へ並んで、缶を差し出す。

「どうしたの?お昼食べた?」
「あ、はい…」
「今日来なかったね。何かあった?」
「えと…」
「あ、ごめん。別に義務じゃないんだけどね。」

慌てて言う湊に、黄瀬が口元だけで小さく笑みを浮かべた。
いつもの眩しい笑顔ではなくて、思わずきょとんと目を丸くする。

「黄瀬くん…?」
「なんでもないッス。ありがとう、湊さん。」

今度は、きちんと笑顔を向ける。
が、それを見た湊はムッとした表情を向けて黄瀬の頬を左右に容赦なく引っ張った。

「いだだだだ、何するんスか!」
「私、その笑い方嫌い。」
「え、」

急に放たれた言葉に、今度は黄瀬が目を丸めた。

「黄瀬くんの外行きの笑顔、私たちには向けないで。」
「湊、さん…」
「雑誌を開けば誰でも見られるような笑い方、してほしくないよ。」

ぱっと手を放して黄瀬を見上げる。

「何かあったなら、言ってほしいよ。」
「…」
「隠し事は嫌だって、黄瀬くんあの時私に言ってたんだよ。忘れたの?」

湊が出て行ったあの日。
彼女は黄瀬といくつか約束を交わしていた。
そのうちの一つが、それだった。

すべてを話せとは言わない。
でも、心の中のモヤモヤを一人で抱えてほしくないと黄瀬は湊に言っていた。
まさかこんな形で自分に返ってくるとは思っていなかったので、
少し困ったように目を細める。

「私、別に何言われたって黄瀬くんをどうこう思ったりしないよ。」
「…」

黄瀬はあたりをきょろりと見渡して人影がないことを確認してから
甘えるように湊に頭に自分の額を乗せた。

「俺、ちょっと先輩たちがうらやましくなっちゃったッス…」
「ん?」
「1年生は、俺だけだから。」

弱弱しくすり寄る黄瀬を、湊が見えないなりに手を伸ばして撫でる。

「でも、黄瀬くんだって海常バスケ部の仲間でしょ?」
「…ん」
「そこは自信もって肯定してよ…」

溜息をついてから、続けた。

「私は今年黄瀬くんがうちに入ってくれて嬉しかったよ。最初は、まあ、いろいろあったけど、真面目に練習して、早川くんや中村くん、先輩たちの背中必死に追いかけてるの知ってる。」
「…」
「私も、先輩たちや二人を追いかけてきたから。」
「え、」

笠松とは別の意味で海常を引っ張ってきたと思っていた黄瀬は、頭を離して湊を見下ろした。

「マネージャーは、所詮マネージャーなんだよ。勝っても負けても、本当の意味で一緒に喜んだり悔しがったりはできない。」
「湊さん…」
「今まで選手だった分、余計に感じるんだろうけどね。」

にこりと笑って黄瀬の手を取る。

「私からしたら、黄瀬くんの背中だって追うものだよ。」
「そんな、俺なんか、」
「エースって呼ばれるのって、そんなに簡単なことじゃないと思う。黄瀬くんは本当よく頑張ってるよ。」
「…」
「私たちは確かに生まれた年は違うかもしれないけど、でもそれだけだよ。」
「湊、さん…」
「たかだか1年や2年だよ。誤差誤差。」

にこり。
以前よりも自然に笑ってくれるようになった湊を、黄瀬はがばりと抱きしめた。

「湊、湊…っ」
「これからも7人で頑張って行こうね、涼太くん。」

初めて呼ばれた名前に、また黄瀬の腕に力が籠った。
呼び捨てにされた事に関しては、湊も何も言わなかった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「湊さん、湊さん!」
「はいはい、なあに黄瀬くん。」
「何で戻ってんスか!!」
「何のことか分からないな。」

午後練に、前日の中村の作品に勝るとも劣らない手の込んだ編み込みで現れた湊は
カルガモの親子のように後ろに黄瀬をひっつけて歩いていた。
今までより更に湊を追う時間が増えた黄瀬に、3年生は一様に首を傾げた。
ベンチの傍で、いつもよりも数段激しい湊争奪戦が行われている。

「黄瀬!戻(れ)よ!次お前の番だ(ろ)!」
「嫌ッス!まだ湊さんに名前呼んでもらってないッス!」
「嫌というほど呼んでるでしょー…ほら戻って戻って。」
「名字じゃなくてなーまーえー!!」
「黄瀬!いい加減にしろシバくぞ!」
「いだい!!」

首根っこを引っ掴んで連れていかれる黄瀬に小さく溜息をつく湊の両隣を中村と早川が陣取ると、
後ろからやってきた小堀と森山がふわりと後輩たちの頭を撫でていく。

3人同じように右手で自分の頭を触って。
それに気づいてまた目を合わせて笑い合う。

今日も、海常バスケ部は平和です。

mae ato
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