Planning! 1

「湊!」
「何でしょう?」

普通に見れば単純な呼びかけに受け答えのように見えるだろう。
だが、それはこの問答が1回目だった場合であり、今回はそこからは外れていた。

「…ッ湊!」
「何でしょう?」
「13回目〜」

名前を呼んでいるだけなのに、何故か必死さが垣間見える森山。
湊は特に焦れるわけでもなく、先を促し続けた。
途中までは楽しそうにけらけら笑いながら見ていた黄瀬も、半ば義務と化したように回数を口にする。
目線は手に持っている雑誌から離さないまま。

「湊!あの「うるっせえ!!!!!」」

先に堪忍袋の緒が切れたのは、笠松だった。
近場に置いてあったモニターのリモコンを投げつけられ、森山は文字通り頭を抱えた。

「何するんだ!!今なら言えそうだったのに!」
「何回やりゃあ気が済むんだテメェは!」
「14回っスよ、笠松センパイ。」
「このままいくと20の大台乗りそうだな。」
「リモコンは大事に扱ってくださいよ…」

拾い上げて無事を確認し、また元の場所に戻す。
本当なら森山が頑張っているのだし、言いだせるのを待とうと思っていたが
笠松の機嫌が悪くなってきたので今回は湊からきっかけを作る事にした。

「由孝さん、明日休息日で休みですよね。」
「え、う、うん。みんなそうだな…」
「私見たい映画あるんですけど、付き合ってもらえませんか?折角なら誰かと見たいですし。」

少しわざとらしかったかとも思ったが、自分の言葉に笑顔を浮かべて嬉しそうにする森山に苦笑った。

「行く!俺も行きたかったんだ!」
「よかった、じゃあ明日駅で待ち合わせでいいですか?」
「うん!」
「では、13時の上映を目指して出発しましょう。」

時間と場所を決めて、手帳へメモを残す。
森山も自分の携帯へと記録を残していたが、途中で監督から呼び出されたため一度輪を離れていった。
ぱたぱたと離れていく背中に、思わず軽く溜息が漏れる。

「お前、森山と付き合い始めてからどんどん男前度が上がっていくな。」
「逆に森山さんはヘタレ度急上昇中ですけどね。」
「なんていうか…今までとはまた違った意味で残念ッス…」
「そうか?(森)山さんいつも大体あんな感じだったと思ったけど。」
「何気に早川が一番どギツイ。」

深い溜息を零した笠松が、げんなりした表情で湊を見下ろす。

「お前、本当にアレでよかったのか?」
「あの人がいいんですよ。」
「本当、お前以上に男前なやつ見た事ねーわ。」

最近やけに言われるようになった言葉に、湊はおかしそうに笑った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

次の日、約束の15分前に待ち合わせ場所に着いた湊は一人森山を待っていた。
いつも部のメンバーと出かけるときも自分が一番に着くようにしているため、いつもと変わらないつもりだった。

「湊!」
「由孝さん、こんにちは。早いですね。」
「今日は俺のが早く着けるかと思ったんだけど、やっぱ甘かったか…」
「私も今来たところですよ、気にしないでください。」

笑顔を浮かべる湊に、急に森山が口を閉ざした。
首を傾げると、ふい、と目を逸らされ、湊は更に首を傾げた。

「由孝さん?どうしたんです?」
「や、なんか…」
「なんか?」

先を促すと、少し戸惑ったもののややあってからぽつりと言った。

「………デート、みたいだなって。」

自分の言葉に照れたのか少し俯いて頭をかく森山に、思わずぽかん顔を返す。
何を言っているんだとも思ったが、照れながらも嬉しそうにしている森山にまた笑顔を作る。

「みたい、じゃなくて、デートなんですよ。」
「!」
「行きましょう。2人で歩くの、この間の放課後以来ですね。」

多少ギクシャクしたまま、2人は映画館へむけて歩き出した。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「どれ見るんだ?」
「あれにしませんか?」

湊が指さしたのは、アクション物の洋画だった。

「あ、あれって。」
「この間のお泊り会で由孝さんあのシリーズ全部見たって言ってましたよね。」
「うん、続きもうやってたのか。」
「私も全部見たんです。折角なので、よければ。」
「俺は全然文句ないけど、いいのか?」
「私が提案したんですよ?」

高校生料金で2席頼み、ポップコーンとジュースを買ってシアターへ入る。

「足元気を付けて。」
「大丈夫ですよ。」

先ほど買ったものが乗ったトレイは森山が持ち、もう片方の手は湊が万が一足を引っかけたときの為にあけてある。
指定の席のある列へ入ろうとしたとき、森山がそっと湊を遮って自分が先に入った。
いつもならレディファーストを曲げる事はないためどうしたのかと思っていたが、
いざ席について座ってみると、森山が座った席の前には背の高い男性が座っていた。
どうやら子連れのようで、湊が座る席の前には小さい男の子が座っている。

あまりのスマートさに思わず少し目を見開いて森山を見るが、
目があうと不思議そうに何かあったのかと聞き返されてしまった。

「(ああ、こういうところが…)」

いつだったかに吐露した、森山をいいと思う所。
押しつけがましくない、自然とできる気遣いが湊は大好きだった。

「湊?」
「あ、すみません。」

席へ腰を下ろすと、ジュースを手渡される。

「どうしたんだ?」
「いえ、何でも。」

訝し気に眉を寄せる森山だったが、それ以上詮索するのはやめたようだ。
湊は小さく笑って、アイスティーをすする。

「由孝さんが好きだなって、再確認しただけです。」

今度は森山が呆気にとられた表情で湊を見返したが、すぐに上映スタートとなり
流れ始めた爆音と映像にかき消された。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「結構ドキドキしましたね。」
「最後にあいつが帰ってくるとは…やってくれるぜ…」

映画はどうやらあたりだったようで。
2人は満足して映画館を後にした。

その後も感想を言い合いながら歩いていたのだが、とある店の前で湊の目が一瞬そっちへ泳いだ。
目線が逸れたのはほんの一瞬だったのだが、森山はその先を追って納得した。

「湊、あの店入っていいか?」
「え、でも、」
「な、おねがい。」

森山が指さすのは、小さなアンティーク調の雑貨屋。
ウィンドウに出されているのは、きらきら光るアクセサリー類だったのだが
恐らく男性は入りにくいであろう外観をしている。

「…」
「な?」

笑顔で小首を傾げる森山に、湊は苦笑いを浮かべながら頷いた。

「いつだったかと逆ですね。」
「何の事だ?」
「いえ、別に。」

わざとらしく笑って目を逸らす森山に、湊は気付かないふりをした。

外観こそ多少ファンシーで男性は寄りにくいものではあったが、
品揃えは特にそういったものにこだわってはいないようだった。

湊が歩くのを一緒になってついて回ってみる。
今までは一緒に出掛けても自分や他のメンバーに付き合う形ばかりだったので
湊が自分のために何かを選んでいるのを見るのは新鮮だった。

「そういえば、湊が何が好きかとかってあんまり聞かないな。」
「そうでしたか?」
「ん。」

ふらりとまた歩き出した湊に、かがめていた腰を戻すと、丁度目の前にポップが見えた。
それを見て数秒、森山は目を見開いた。
慌てて湊を探しだし、がっしりと肩を掴む。

「わっ、ど、どうしたんです。」
「湊、俺の誕生日、覚えてるか。」
「は、はぁ?」

急に聞かれた事に眉を顰めながら答える。

「2月13日ですよね。」
「黄瀬は?」
「ろ、6月18日…この間皆でお祝いしたじゃないですか…」

不思議そうに言うと、森山が本題とばかりに吐き出した。

「お前、昨年誕生日やってないよな。」
「…ああ、」
「遅れて入ってはきたけどしれてたし、万が一そこの間に誕生日が来てても、もう丸1年いるんだから関係ないよな?」
「……」

めんどくさいことになったと、顔に書いてある。

「何で言わなかったんだよ!」
「自分の誕生日そんな主張する奴いませんって…それに昨年は実家に帰ってましたし…」
「それでも、他のメンバーのは毎回きっちりやってるのに、湊だけナシなんて!」
「あー、じゃあ今年やってください。楽しみにしてますから…」

湊の半ば投げやりな言葉に、森山が任せておけと大きく頷く。
今からもうプレゼントを模索し始める彼に、湊は肝心の誕生日は告げないままブックカバーを1つ買って店を出た。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

その後もウィンドウショッピングを楽しんで、夕方になったので帰ろうかという事になった。
隠しもせずに残念だと滲ませてくる森山に、また湊は笑った。

最寄り駅で降りて、ふと顔を上げるといつだったかに見た後ろ姿。

「あれ…?」
「どうした?」

森山が立ち止まって尋ねると、答えるより先に相手の方が自分たちに気が付いた。

「あら、久しぶりね。元気だった?」
「はい、お久しぶりです。」
「母さん!?」

買い物の帰りだったようで、買い物袋を下げた彼女が笑顔で声をかけて来た。
湊はぺこりと一礼して挨拶を返し、森山はただ唖然とした。

「なんで、母さんがここに?」
「折角だから歩いてみようと思って。おうち、この近くなんでしょう?」
「はい。」
「もしかしたら会えるかもって思ってたんだけど、やっぱり運が良いわねぇ。」

ぽやぽや、と効果音をつけるならそうなるであろう彼女。
森山は額に手をあてて溜息をついた。

「それじゃあ、ここで。」
「え?」

母に会ったのだから一緒に帰るだろうと1歩離れると、がっしりと手を捕まれた。
驚いて目を見開くが、それは森山も同じだった。

「折角会えたんだもの。またご飯食べて行って?」
「で、でも…ご迷惑じゃ、」
「あら、そんな事無いわよ。お兄ちゃんも会いたがっていたし、お父さんなんてこの間会えなかったからって拗ねてるのよ。」
「よ、由孝さん…」

困った顔で森山を見上げると、吹き出すように笑って逆の手を取った。

「おいでよ、せっかくだしさ。このまま帰って一人で晩飯食うのも味気ないだろ?」
「…」
「それとも、このまま俺と2人でどっか食べに行く?」
「あら、それはダメよ。お母さんも湊ちゃんとお話したいもの。」

有無を言わさない2人に、湊は遠慮がちにぺこりと頭をさげた。

mae ato
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