行く先々で絡まれ、写真を強請られる2人。
最初こそ笑顔で対応していたが、途中から表情をつくる事がキツくなってくるレベルだった。
特にいつもは兄たちとバスケ部の面々にしか表情筋をほとんど使わない湊にとっては
過酷を極めた。

「大丈夫か?」
「まぁ…仕方ないです。」
「はは…」

今日1日は溜息が止まらない。
2人のこぼした回数を合わせれば100の大台に乗りそうだ。
しかし、投票での優勝を狙うのならばこういう事をおろそかにするわけにもいかず。
カメラを向けられれば、きちんと応対した。
カメラマンの向こう側から送られる笠松の鋭い眼光に押された事は、2人ともがそっと心に秘めておいたことだった。

模擬店を回れば回るほど声をかけられるため、一通り俳諧した後は中庭のベンチで座って過ごすことにした。
他のメンバーは元気に2週目を周りに行った。

「はぁ〜〜〜〜…」
「本当に平気か?カメラ向けられること自体苦手だろ?」
「まあ…でも、臨時収入のためですし。」

自分と一緒に居続けてくれるのは、あくまでも冬の強化合宿のためなのだと切り捨てられ、
少し凹んだ森山だったが、その後につづいた言葉に目を見開いた。

「3年生の先輩たちは、泣いても笑っても冬のWCが最後なんですよ。できるだけ長い時間を一緒に過ごしたいって、少なくとも後輩4人は思ってるんです。」
「湊…」
「今も、その時間を作るためだと思えば…」

あまりにも凝視されるので居辛くなったのか、湊が飲み物を買いに行くことを告げて森山を残して自販機へ歩き出した。

自販機でお茶を2本買って取り出し口へと腰をかがめた時、視界に茶色いローファーが映り込む。
体勢を起こすと、そこに居たのは戸田だった。

「こんにちは。」
「…どうも。」

笑顔を向けられ、眉をひそめる。
あまりにも綺麗につくられたそれは、裏側を読むことは容易い事ではなかった。

「今日は1日森山くんと一緒なのね。」
「ええ。」

短く答えた湊に、戸田が唇をきゅっと結んだ。
このまま立ち去るつもりだったが、湊は向き直って彼女の目の前に立つ。
戸田が思わず1歩後ずさると、かかとがカシャリと固い音を鳴らしてフェンスにぶつかった。
30センチ近く上から、湊が見下ろす。
片手をフェンスへかけてじっと彼女を射抜き、いつもよりも低い声で言う。

「先輩、この間私に聞きましたよね。“好きな人はいるか”って。」
「…ええ。」
「あの時、お答えできなかったので。」

ゆっくり息をはいてから、また深く吸って言い放つ。

「私、由孝さんが好きです。」

戸田が目を見開く。

「すみません。」
「…嘘、だって、この間、駅で、」

戸田の言葉に少し考えてから、心当たりを見つける。

「金髪の高身長の奴の事を言ってるなら、彼は私の兄です。」
「お兄さん…?」
「秀徳のバスケ部にいます。何なら調べればいくらでも出てきますよ。私と同じ宮地の名字が2人いるはずです。両方とも、私の兄です。」
「うそ…」
「私の好きな人は、ずっと、由孝さんだけです。」

きっぱりと言い切った湊。
俯いてしまった戸田に、手を離してまた少し距離を取る。

「…今日1日だけ、目を瞑ってください。そしたら、またいつものマネージャーの宮地湊に戻りますから。」

失礼します、と一言残して待ちくたびれているであろう森山の所へ戻って行った。
自分のために買ったお茶を1本足元に置いてから。

湊が見えなくなってから、戸田はフェンスによりかかりながらずるりと座り込んだ。

「……なによ、最初から、私の入る余地なんてなかったんじゃない。」

汗をかいてびちゃびちゃになってしまったペットボトルから流れる水滴が
自分の涙のようだと錯覚した。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

湊が中庭に戻ると、森山のいるはずのベンチを数人の男子がかこっている。
どうやら他校生のようだ。

「ねえ、俺たちと回ろうよ?こんなところでじっとしてないでさぁ。」
「そうそう、ほら、早く。」
「え、や、」

かこっている男子たちは、森山が男だと気付いていないようだ。
ベンチに座って小さくなっていたので、確かにわからなくても不思議ではない。
何よりも、背丈云々の違和感を掻き消す容姿が、森山にはあった。
森山はまさかこんな声のかけられ方をするとは思っていなかったらしく、困惑した表情を浮かべて手を掴まれている。

ブチッと頭の中で何かが切れる音がした。

持っていたペットボトルを手の中で数度重さを確認するように投げ上げると、
男子の一人へ向けて全力で投げつけた。
後頭部にクリーンヒットしたそれは、綺麗に放物線を描いて戻ってくる。
それを受け取ってから、つかつかと森山へ寄って行く。

何が起こったのか分かっていないのは、男子たちも森山も同じで目を白黒させている。
全く気にする風もなく戻ってきた湊が森山の肩を抱く。

「大丈夫ですか。」
「あ、うん…今の、お前か?」
「ええ。」
「ッおい!!お前!!!」

頭を押さえて睨み付けてくる相手を、湊がぎろりと睨み返す。
迫力のある湊の目に気圧されて逆に男子たちがびくりと一歩下がる。

「うちの姫に、何か用か。」
「ああ!?」
「テメェふざけんな!」

胸倉をつかまれて引き寄せられる。
後ろ手森山が慌てたように手を伸ばすが、それを後ろ手で制する。

「後ろから急に殴っといて、勝手なこと言ってんなよ?!」
「彼女に投げ渡そうとしたペットボトルがあたってしまったようだ。あまりにも大きな頭が邪魔でな。悪かった。」
「テメ…!」
「湊…!」

小声で心配そうに呼ぶ森山を振り返って微笑む。
いつもの表情に、すこしだけ心が落ち着いた。

「余裕ぶっこいてんじゃ「ああ、それから。」」

怒り心頭の男子の言葉を遮って、湊が今度は相手の胸倉をつかみ上げる。
襟をつかんで捻り、握りこむ。
ぎりりと閉まる首に、慌てて相手が手を離す。

「啖呵を切るだけじゃ、喧嘩は勝てないぞ。」

相手が少しむせた所で手を離すと、彼らは悪態をつきながら去って行った。
校門の方へ向かっていたのを見届けていると、背中に軽い衝撃。

「湊…!」
「大丈夫ですか、由孝さん。」
「バカ、もし本気で手あげられたら力じゃ勝てないんだぞ…!!」
「ハッタリ程度で勝てることが分かっていたからやったんですよ。」

心底心配したという表情で見上げてくる森山に、小さく溜息をついて頭を抱き込んだ。

「すみませんでした。」
「…それは、何に対する謝罪?」
「お待たせしたことと、ご心配をおかけしたことへ。」
「……もうやめてくれよ。心臓がもたない。」

ぎゅう、と抱き着き返してきた森山に、湊は緩く笑顔を浮かべた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

そうこうしているうちに、生徒会企画の投票がおわったらしい。
閉会式が進む中、森山と湊は衣装をそのままに体育館の一番後ろへ立っていた。
模擬店や展示の表彰が終わったころ、最後にとうとう投票の集計が出たようだった。

≪それでは、お待たせしました!≫
≪文化祭生徒会企画、ベストカップルを探せ、海常舞踏会の表彰を行います!≫
≪ここで見事グランプリに輝いた部には、臨時部費が出ます!≫
≪それでは、早速第3位の発表です!≫

吹奏楽のドラムロールに乗って、3位の発表がある。
歓声や落胆の声が上がる中、森山と湊はただじっとそれを見ていた。

「…由孝さん。」
「ん?」
「最後の海常祭、どうでした?」

視線は舞台の方を向いたまま尋ねられ、うーん、と少し考え込む。

「まさか女装して臨むことになるとは思わなかったけど、これはこれで楽しかったかな。」

湊とも結果的に一緒に回れたし、という言葉は飲み込んだ。
へらりと笑った森山を一瞥して、そうですか、と短く返した。

「湊は?」
「…私は、」
「楽しかったか?」

にっこりと聞かれて、この後の事を考えてその日最後の溜息をもらす。

「……楽しくなかったと言えば嘘になりますが、いい思い出かと言われれば、そうではなくなるかもしれませんね。」
「え?」

聞き返した森山の言葉のすぐ後ろに、生徒会のメンバーの声が割り込んでくる。

≪栄えあるグランプリは!≫
≪もう圧倒的な票差でした!皆さんも大方予想がついているのではないでしょうか!≫
≪第1位は!≫

ドラムロールが鳴りだすと、こつりと湊が1歩踏み出す。
振り返って、森山へ手を差し出す。

「湊?」
「行きましょう、由乃姫。」

目を丸めた森山と手を差し伸べる湊が、ぱっとスポットライトを浴びる。
急に明るくなった視界に森山は目を細めるが、湊は既にわかっていたかのように手を取って舞台へ向けて歩き出した。

≪男子バスケットボール部です!!≫

わあ、と湧く会場。
引かれるがまま歩く森山をきちんとエスコートして、舞台へ上がる。
真ん中へ誘われるがままに落ち着いた。

≪それでは、見事グランプリを取ったお二人にまずはお名前を伺いたいと思います!≫

向けられたマイクに、森山が慌てて名乗る。

≪え、えと、3年、森山、由孝です。≫
≪2年、宮地湊。≫

しどろもどろな森山に、堂々とした湊。
司会は至極楽しそうに続ける。

≪では、せっかくなのでお互いに一言ずつお願いします!≫
「えっ」

先にマイクを向けられたのは、森山で。
目を泳がせるが、少し上からじっと見つめられて無難な言葉を吐き出す。

≪えと、いつもマネージャーの仕事頑張ってくれてありがとう。あと半年、よろしく、お願いします。≫
≪では、王子様からも。≫

ずい、と寄せられたマイクに少しだけ間を置いてから、そっとそれを音声が入らないように手で覆った。

「由孝さん。」
「え?」
「これから言う言葉は、王子から姫にではなく、宮地湊から森山由孝さんへ向けるものです。それを、忘れないでください。」
「え、え?」

疑問符をひたすら並べる森山に少しだけ切なそうに笑うと、マイクへかけていた手をどけて足元へ跪いた。
会場からは、黄色い声が上がる。

≪湊…?≫
≪姫にお付きするようになって、2年が経ちました。どこかしこで色んな方に声をかけるあなたを、私は傍らでずっと見てきました。≫

さっきまでの喧騒がうそのように、今は体育館に湊の声だけが静かに響く。

≪今まで何も言わずにそれに同伴していたのは、私のこの気持ちを一生お伝えする気はなかったからです。≫
≪ちょ、え、≫
≪あなた様に、懸想する相手がいらっしゃるのは分かっています。それでも、この気持ちを秘めておけない理由ができてしまいましたので、この場をお借りしてお伝えします。≫

いい加減何かを察した森山の顔が、みるみる赤く染まっていく。
森山に聞こえる声で名前を呼ぶ。
間違いなく、“彼の”名前を。

「由孝さん。」
「え、は、はい…」

深く深く深呼吸をしてから、じっと見上げて言い切った。

≪好きです。このような形でぶつけることになってしまい、申し訳ありません。≫

頭を下げた湊に、今度はまた会場中が湧く。
返事をしろと野次が飛ぶが、当の本人は目を見開いて湊を見下ろしたまま固まっている。

≪森山さん!お返事、返してあげなくていいんですか!≫

痺れを切らした生徒会のメンバーの声に伏せていた目を開けると、ぱたりと何かが降ってきた。
今度は湊が目を見開いて慌てて顔をあげると、ぼろぼろと涙を零す森山がいた。

≪由、孝さ、≫
≪それ、信じていいのか?≫
≪…え?≫

ドレスのままぺたりと座り込んで森山が、恐る恐ると言ったように湊の手へ自分の手を重ねる。

≪湊が、俺のこと、好きだって≫

改めて言われて少し戸惑ったが、手を握り返して肯定を返す。

≪事実です。≫

瞬間くしゃりと顔を歪めた森山が、がばりと湊へ抱き着いた。
会場は最高潮の盛り上がりを見せている。

「由孝さん、」
「俺、俺も、」

とぎれとぎれだが、聞こえた森山の声に思わず目を見開く。
入らなくなったマイクの場所を戻された瞬間、森山が少し引き攣った声で返事を返した。

≪俺も、湊が好きだ…!≫

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


最後のHRの為にそれぞれの教室へ戻った2人は、当たり前だが話題の中心だった。
あわあわとしどろもどろに返答する森山に対して、湊は無言を貫き通して自分の席へ戻って突っ伏した。
前の席に座っている友人がにまにまと覗き込んでくるのが分かるが、今更やってきた緊張やらなんやらで胃痛が激しく。
全てを一度放棄して目を閉じた。

部費のほうは約束通り部長である笠松へと手渡されていた。
着替え終わった2人はいつもと同じ制服姿で部室をそれぞれ目指していた。

部室前でばったり会い、多少の気まずさを滲ませながら一緒にドアをあける。

「あ!来た来た!」
「湊さん、俺感動したッス!」
「本当。かっこよかったよ。」
「俺たちも共犯なのかってクラス中で聞かれたよ。」
「おめでとうございます、(森)山さん!」

祝福モード全開のメンバーたちに出迎えられ、少し居心地悪そうに顔をしかめる森山。
身長差の戻った湊を見下ろすが、特に何も変わりのない彼女はいつもと同じように自分のロッカーを開けてジャージとバインダーを取り出した。

「でも、お前湊に全部言わせるとか…」
「3年生中で森山“姫”って呼ばれてるぞ。」
「勘弁してくれよ…」
「湊も“王子”って呼ば(れ)てましたよ!」

にこにこと楽しそうな早川に、湊が口を開く。

「でも、本当によかったんですか?」
「?」

首を傾げる森山に、湊が今度は顔をしかめる。

「やっといて何ですが、狡い手を使いました。本気で、私でいいんですか。」
「どういう事だ?」
「…断るなら、今のうちだって言ってます。」

ぱたん、とロッカーを閉める。
森山がムッとした顔で湊との距離を詰める。
顔をあげると、左手で頬を撫でられる。
おお、と思わず声をあげる黄瀬を無視して顔を近づけた森山だったが
あと少し、というところでまた距離をとってイヤリングへと口づけた。
ああ、と今度は落胆の声が漏れる外野を更に無視して言った。

「俺だって、ずっと湊が好きだったんだ。断る理由なんて、これっぽっちもない。」
「由孝さん…」
「俺と、付き合って。」

もう返事は分かっているのに、頬にあたった手は少し震えている。
それに気が付いた湊は、ふ、と笑って首肯した。
途端にほっとした表情になる森山のうしろから、笠松が言う。

「つか、むしろお前が森山でいいのかよ。」
「?」
「ナンパ王でヘタレな森山だよ?湊はそれでいいのか?」

小堀の言葉に、さっき戻った表情がまた強張る森山。
少し泣きそうな顔を向けられて、とうとう湊は噴出した。

「私は、そういう由孝さんを見てきて、その中で好きになったんです。今更ですよ。」
「…本当、お前男前だわ。」

笠松の溜息交じりの言葉を聞きながら、森山が嬉しそうにすり寄ってくる。

「湊は、森山さんのどういうところが好きなんだ?」
「好きな所?」
「そう。」
「んー、そうだなあ。」












―――
―――――――
―――――――――

「湊、湊…!起きろ!」

降ってきた声に、ゆっくりと目を開く。
芝生の上で昼寝していた湊を、森山がしゃがんで見下ろしている。

「よし、たかさん…」
「おはよう。どこでも寝るなって、この間笠松に言われてただろ?そろそろ怒られるぞ。」
「高校時代からずっと言われ続けてるんで、今更ですよ…」

くあ、と欠伸と共に伸びをして髪をさわると、苦笑いながら森山が寝ころんでくしゃくしゃになった髪を丁寧になおしていく。

「時間大丈夫か?そろそろ新入生のお迎えに行かなきゃいけないんじゃなかったのか?」
「ああ、そうでした…リコにまた怒られちゃう…」

よっこいしょ、と掛け声と共に立ち上がった湊に森山が笑う。

「夢でも見てたのか?」
「え?」
「俺の名前呼んでた。」

ズボンを払いながら、湊も笑い返す。

「海常祭の、夢を見ました。」
「…海常祭って、まさか。」
「由孝さんがドレスを着てた年のやつですよ。」
「いい加減忘れてくれよ…もう3年も前の話だぞ。」
「墓場まで持っていきます。」
「やめて!!」

ふふ、と笑って傍らに置いていたバインダーを持って体育棟の方へ歩き出す。

「今日からまた一段と騒がしくなるなぁ。」
「涼太くん、すごく楽しみにしてたみたいですよ。引退してからも欠かさず練習してたみたいで。」
「あいつも変わらないなぁ…」
「今年は問題児も多いですし、手がかかりそうです。」
「そこがお前やリコちゃん、元部長たちの腕の見せ所だろ?」
「さりげなく自分は外さないでください。」

分かれ道で、それぞれ逆方向へと向かう。
森山は元々湊を探しにきただけだったので、バスケ部の練習する体育館へ。
湊は今日から入ってくる新入生のお迎えに。

「では、またあとで。」
「うん。気を付けてな。」
「ええ、由孝さんも。」

綺麗なハニーイエローの髪の間から覗く耳には、黄色のイヤリングの代わりに
澄んだマリンブルーのピアスが光っていた。

end.

mae ato
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