「湊、待って…!」
「ああ、すみません。」

履きなれないミュールにたたらを踏みながら名前を呼ぶと、やっとこさ足を止めてくれる。
いつも自分たちと彼女との間には同じくらいかそれ以上の身長差があるのに
湊は平気で一緒に歩いている。

「…もう少し気遣える男になろう。」
「何の話です?」
「なんでも…」

必死になっていた鬼ごっこも、開始から4時間で決着がついてしまった。
中庭の時計を見ると、丁度正午をさしていた。

「もう昼だな。」
「そうですね…っと、」

ズボンのポケットを探った湊が、携帯を取り出して笑う。

「笠松さんからSOSです。そろそろ充洋くんと涼太くんが空腹で暴れだしそうだそうなので、行きましょうか。」
「おー…」

先ほどつかまれたのとは打って変わって優しく掬い取るように手を握る湊に、森山の表情はこわばる。

「姫、行きましょう。」
「…本当、よく似合ってるよお前。」

自分なんかよりもずっと絵になる彼女に、森山は今日一番の深いため息をついた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

しっかりと手を握り合ったまま、言われるが儘に2年生の屋台がある一角へとたどり着いた2人。
きょろりとあたりを見回す湊の裾を、斜め下から森山が引っ張った。

「あそこだ。ほら、手振ってる。」

森山が指差す方を確認すると、確かに黄瀬が満面の笑顔でこっちへ手を振っていた。

「お待たせしました。」
「お姫様には無事会えたみたいだね。」
「はい。」
「小堀までやめてくれよ…」
「ブーツ履いたままだと、私より大きいの小堀さんくらいですね。」
「おい、俺の隣へ小堀と並ぶな。」

心底嫌そうな表情で場所を早川と入れ替える笠松。
湊は仕方なさそうに笑って、標的を中村が持っているものにチェンジした。

「それ、何?」
「串カツ。そこの屋台で買った。」
「うまそう。俺も!」
「森山、言葉遣い。」
「つか、男らしすぎだろ…」

小堀と笠松に窘められながらも気にする風もなく。
やっと慣れてきたドレスと鬘の長髪をなびかせながら屋台へと向かっていく。
苦笑いのまま、湊もそのあとを追った。

「2つくれ!」
「はーい」
「あ、新しいお姫様だ!どこの部活ですか?」
「男バスだ。よろしくな。」

湊に会ってしまってもう振り切ることにしたらしい森山は、営業スマイルを浮かべて宣伝を欠かさない。

「男バスかぁ、盲点だったな。」
「私今年もサッカー部にいれるつもりだったんだけど、考えちゃうなぁ。」
「はい、お待たせしました!」

森山は代金と引き換えに串カツを2本受け取り、1本をすぐ隣にいた湊のほうへ差し出す。

「はい、お前の分。」
「…」

受け取ろうと伸ばしかけた手を、湊は徐に顔のほうへ持っていく。
するりと慣れた手つきで自分の流れてきた髪を耳にかけて、森山の手づから串カツを1つ口へ運んだ。
ぽかんと口をあけた森山だったが、湊が姿勢を戻したのを見てやっと何が起きたのか気が付いたらしく、ぶわっと効果音が付き添うなレベルで顔を赤くする。

「お、おま…!」
「ありがとうございます、おいしいですよ。」

にこり。
柔らかい笑顔を浮かべる湊に、森山は照れ隠しをするように残りのカツへかみついた。

「行きましょう、皆さんが待ってます。」
「……ん。」

食べていない方を受け取って、空いた手をまたつなぐ。
ちろりと見上げた森山は、合った目をそらしてから手に少しだけ力を入れて握り返した。
今度は湊が驚いた顔をしたが、少し困った顔をしてから更にしっかりと手を握り、笠松たちのほうへとエスコートした。

「…見た?」
「見た見た…」
「男バスどうしちゃったの、レベル高ぁ…」
「仕草がそれぞれ完璧じゃん…」
「どんだけ練習したの…」

無意識にやった仕草で思わぬ票の獲得に成功した2人は、その後も手をつないだままメンバーたちと屋台を回った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

湊のイケメン度は、“王子”の中でずば抜けていた。
どこも確かに選ばれているのは仲の良い男女なのだが、男バスほどこじれた片思いを向け合っているペアは他にない。

「お前、本当すごいな。」
「はい?」

トイレに行ってくると言って出ていった森山を、笠松と待つ。
買ってきた飲み物を片方笠松へ手渡して隣へ腰かけると、先ほどの言葉だ。

「お前の立ち振る舞い、男の俺からみてもほぼほぼ100点だわ。どこで習ってくんの、そういうの。」
「高い評価ありがとうございます。でも、仕草とかは兄たちのを真似ているだけですよ。」

苦笑いの湊の言葉に、思わず脳裏を宮地兄弟がよぎる。
弟はまだしも、兄は確かに顔はいいがそういう事が出来るようには見えなかった。
笠松は謎の敗北感を味わいながら、ペットボトルをあけた。

「ただーいまー。この服トイレ行きにくい…」

森山がつかれた様子で戻ってきた。
笑顔で迎えた湊だったが、森山は一目その場を見た瞬間脹れっ面へ変わった。

「由孝さん?わっ、」
「いて、何すんだ。」

ぎゅ、と笠松を押して無理やり場所を作り、そこへ腰を下ろす。
きょとんとした湊の肩へすり寄る森山を見た小堀は、とうとう耐え切れなくなって噴き出した。

「ふふっ、森山も今は女の子でお姫様だもんね?」
「そうだぞ!オヒメサマは我儘も通るものなんだ!」

顔は伏せたまま言い放った森山に、湊はたまらないとばかりに腕を伸ばした。
ぎゅ、と頭を抱き寄せると、また森山が赤くなる。
今日だけは、許されるはず。
そう心の中で唱えながら同じようにすり寄った。

「では、お姫様の我儘、お聞きしましょうか。何がいいですか?」
「なんでも…?」
「ええ、私にできることならば。」

湊の返答に、ぱっと顔をあげた。
今なら、これに乗じていえるかもしれない。
いつかいえるようにとずっと考えていた言葉を喉まで吐き出した。

「湊!」
「何でしょう?」

いつもと変わらない、湊の笑顔。
完全に気持ちが萎縮してしまった。
先ほどまでの威勢はどこへやら。
森山はまた顔を伏せながら、ぽつりと言った。

「…今日1日、海常祭一緒に回って」
「そんなことでいいんですか?」
「うん。」

やきもきした表情でこちらを見る黄瀬と、仕方ないなあとフキダシが見えそうな小堀から目線を引きはがして、人知れずまた溜息をこぼした。

mae ato
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