海常祭当日の朝。
森山と湊は別々の部屋へ呼ばれていた。
先に時間がかかるであろう森山をメイク室と化した部室へ押し込んで小堀と笠松が抑えつける。

「そんなマジな顔向けんなよ怖い…!」
「マジでやらなきゃ合宿と言う名の旅行がなくなるぞ。」
「しっかり、森山。」

威圧感たっぷりな笠松と有無を言わせぬ笑顔を向ける小堀に、森山は早くも戦意を喪失気味だ。

「…湊は。」
「お前の後だ。今は衣装合わせの方へ行ってるだろうよ。」
「そ、か…」

結局戸田との決着がついたあの日から、部活はあるものの一度も湊と顔を合わせていない。
監督に湊が呼ばれていたり、森山が海常祭の事で呼び出しを食らっていたりと理由は様々だったが、
今まで毎日一緒だった相手とここまですれ違うと、寂しくもなるもので。
それが思いを馳せる相手なら尚の事だった。

実は2人がすれ違うのは、湊へ小堀と笠松が出くわさないように指示を出していたからなのだが、森山はそんなことはつゆ知らず
今もこの学校のどこかにいるであろう彼女を想った。

「…湊に会いたい。」
「…」
「……」
「………」
「…なんだよ。」

ぽつりと漏らした言葉に、その場にいたメンバーが黙り込む。
じろりと椅子に座った状態から見上げると、黄瀬がはっとして答えた。

「いや、森山センパイ顔はいいッスから、女装といってもいい線いってるなって。」
「お前、少女漫画に出てきそうだわ。」
「あ、わかるかも。」
「やめろ!!!」

本当なら湊に着てほしかったドレスを身に纏い、溜息が出るほどの(勿論悪い意味で)気合の入ったメイクを施された自分。
確かにそんじょそこらの奴らがやる女装に負ける気は全くしないが、何が悲しくてこの格好を湊に晒さねばならないのか。
森山はその日何度目かの深い溜息をついた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「入るよ。」

ノックの音と共に入ってきたのは、西洋衣装を纏った湊。
笑顔で自分の前にある椅子を勧める黄瀬に、湊は部室をきょろりと見渡した。

「…由孝さんは?」
「もう行っちゃったッス。「できるだけ湊に会う時間を引き延ばす!」って。」

先ほどまで森山が座っていたそこに腰かけ、湊も同じように溜息をついた。

「息苦しい…」
「始まる前から衣装崩したら生徒会の人に怒られるッスよ。」
「分かってるよ…」

首元に手をかけながらそっと目を閉じる湊に、手際よく化粧をのせていく。
湊は元がいいし、今回は男装なので肌に少し乗せる程度で黄瀬はファンデーションを仕舞った。

「森山センパイもでしたけど、湊さんも似合いますね。」
「そう?」
「モスグリーンの衣装にハニーイエローの髪がよく映えるッスよ。」

上機嫌な黄瀬の言葉に、湊は少し困ったように後ろで括られた髪を撫でた。

「邪魔だよ。最近涼太くんや真也くんがあげてくれてたから、それに慣れちゃって。」

不満そうに言う湊に、黄瀬はただ笑った。
そこに小堀が戻ってきた。

「あ、湊来てたのか。」
「はい。」
「これ、さっき外で預かった。」

差し出されたのはインヒールになっている厚底のハイブーツ。
湊はそれを受け取って履いていく。
編み上げで履きなれないそれを時間をかけてやっとこさ仕上げると、丁度外から放送がかかっているのが聞こえた。

≪海常祭が始まります。各自、中庭のステージが見える場所まで集合してください。≫
「あ、そろそろ時間っスね。」
「はい。」
「行こうか。」

ゆっくり足元を確かめるように立ち上がった湊は、今は底上げされておおよそ190cm。
黄瀬や小堀ともそこそこ並ぶ背丈だ。

「わ、高い。」
「笠松が見ずに先に行くって言いだした理由が分かった。」

くすくすとおかしそうに笑う小堀と黄瀬に連れられて、部室を出る。
中庭は人がごった返しているので、校舎から見ようという事になって、2年生の教室の前の廊下を目指す。
窓際は女子を中心に外を見下ろす生徒でいっぱいだが、3人は頭1つ分以上抜きんでているため、一番後ろから少し見えにくい中庭へ目をやった。

到着したころには既に生徒会の開会式が始まっていて、校長の挨拶、開会宣言と続いていた。

≪それでは、今日という日を楽しく!安全に過ごしましょう!≫
≪海常祭、スタートです!!≫

わあっと一気に会場が湧く。
中庭を見ていた生徒たちがそれぞれ持ち場や模擬店めぐりへ繰り出していく。

「これからどうする?」
「俺は一度教室へ戻るッス。スタート2時間は店番当たってるんスよ。」
「湊は?」
「…とりあえず、成りきるっていう約束があるんで。バスケ部のオヒメサマを探して歩いてみます。」
「そっか。じゃあ、俺は笠松の所へ行ってくるよ。あとで合流しよう。」
「はい。また携帯へ連絡ください。」
「わかった。」

3人はそれぞれ別々の場所へ向けて出発した。
黄瀬と小堀の背中を見送った湊は、小さく溜息をつく。
ちらりと中庭を見下ろすと、ちらほら自分と同じ境遇であろう人影が見える。
中には既に群がられて写真を撮られている部もあった。
だが、どこを見ても―――…

「…初っ端から会う事も出来てないのは流石にうちだけ、か。」

今度は少し深く溜息をついてから、やけに響く音のするブーツを鳴らして模擬店ゾーンを闊歩し始めた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

森山を探して歩き回った湊だったが、一向に探し人には会えず。
先に2時間のノルマを終了した黄瀬に再開した。

「お疲れ、涼太くん。」
「お疲れ様ッス、湊さん。森山センパイには…その様子じゃ会えてないみたいっスね。」
「まあね。」

肩をすくめて肯定したところで、急に30センチほど下から声をかけられた。

「あの!」

黄瀬と2人で同じように顔を向けると、1年生らしき女生徒が興奮気味にカメラを構えていた。

「男バスですよね!」
「あ、ああ…」
「そうッスよ。」

引き気味の湊をさりげなく背に庇いながら黄瀬が応答する。
ぱあ、と顔を更に輝かせた彼女は、更に興奮気味に2人にカメラを向けた。

「あの!1枚写真いいですか!!」
「え、」
「私写真部なんです!今日のこと、来月の海常新聞の記事にしなくちゃいけなくて!」
「あー…」

黄瀬が困ったようにちらりと湊を見るので、仕方なく自分で受け答えをする。

「生徒会の催し物の写真なら、申し訳ないがお断りだ。」
「な、何でですか!」

食い下がる彼女に、湊も最早苦笑いだ。

「私のパートナーは彼じゃない。」
「え…?」
「ずっと探しているんだ、君は見ていないかな。誰よりも輝くお人だ。一目見ればすぐにわかるはずなんだが。」

さっきまでとは打って変わって急に演技がかった答え方をする湊に黄瀬が小さく吹き出す。

「えっ、えっ」
「少し緑がかった艶やかな黒髪に、切れ長の目の“女性”だ。」

あくまでも名前は出さない湊に、黄瀬は耐え切れなくなって顔を覆って笑い始めた。
写真部の彼女は顔を真っ赤にしてあたふたしている。

「…知らないようだね。」
「す、すみません…」
「いや、致し方ない。他をあたろう。写真はまた“彼女”と一緒の時に頼むよ。」

そっとレンズを下ろさせてから、湊は陽に輝く髪をなびかせてまたお姫様探しの旅に出た。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

一度スイッチが入ってしまったため、仕方なくそのまま王子キャラを定着させるべく道中聞き込みをしながら歩く湊。

「すまない、そこの貴婦人方。」

前を歩いていた3年生を捕まえる。
振り返った彼女たちは驚いた顔をした後に湊の姿を見て納得したようだった。

「何でしょう、王子様。」
「私の姫君を探している。黒髪に切れ長の目をした美しい方だ。ご存じないか?」

顔を見合わせて少し考えるようにしてから、再度湊を見る。
声をかけたグループの1人があっと声をあげる。

「男バスのマネージャーさんね!」
「…どうも。」

肩をすくめて薄く笑顔を作って応答し、また王子様へ逆戻り。

「男バスってことは…森山?」
「王子様と一緒なんじゃなかったの?」
「…彼女は恥ずかしがり屋でね。どうやら私といるところをあまり見られたくないらしい。」
「そうかしら?…でも、ごめんなさい。私たち誰も今日は見てないわ。」

彼女たちの言葉に、湊は至極残念そうに肩を落としてから礼を言ってまた歩いて行った。
湊の姿がしっかり見えなくなってから、グループの1人が背中を向けていたドアを開ける。

「行っちゃったわよ、オウジサマ。」
「あ、ありがとう…」
「よかったの?」
「湊にはできるだけこの姿で会いたくない。」
「私、今の姿の森山の方が好きだけど。」
「やめて、俺のなけなしのプライドが崩れるから。」

立ち上がった森山は動きにくそうにドレスの裾を持ち上げてドアから左右を確認して、
湊が行ったのとは逆へ向いて足を進める。
部の連中にだって会いたくはなかったが、この際諦めるとしても
湊には出来れば最後まで会いたくはなかった。

湊の中での森山像がいったいどんなものなのか、本人にも分かっていなかったが
今のドレス姿よりは確実に男らしく映っているはずだ。

周りを気にしながらあちこちで声をかけてくる輩を振り払い、体育館へやってきた。
海常祭の締めくくりはここで行われるため、椅子や舞台の用意はされているが
人影はない。
森山は慣れたように靴を脱いで上がって行き、長椅子の1つへどっしりと腰かけた。
自然と漏れる溜息は、目を瞑ってほしい。

「…こんな格好じゃなくて、普通に湊と回りたかった…」

項垂れる森山に影が差す。
ぱっと顔をあげると、隣のクラスの男子たちだった。

「おー、お前ら。」
「森山、だよな?」
「そう。」
「ほら見ろ!」

楽しそうに言い合いをする彼らに、森山は嫉妬の目線を向ける。
自分だって、逆の立場だったらどんなに楽しいか。

「由乃姫はおひとりなんですか〜?」
「姫は今お忍びで出歩いてるの!」
「従者もつけずに?」
「だから、お忍びっていうんだろ?」

けらけらと笑い合うと、心も少し軽くなった気がした。

「お姫様、俺たちと祭回りません?」
「そうそう!こんな人気のないところで縮こまってちゃ面白くないですよ!」
「俺たちが平民の祭を案内して差し上げますよ〜」

森山の手をとって立ち上がらせた彼ら。
森山自身も、最後の海常祭をふつうに楽しみたいという気持ちだってあった。

「じゃあ、お言葉に甘え「見つけた。」」

ふっと視界が暗くなる。
耳元でささやかれた言葉は、背中を駆け抜けるほど低く、艶っぽい。
びくりと肩を揺らすと、深く溜息をつかれた。
視界はおおわれたまま、背後の人物が友人たちに声をかける。

「悪いが、この方は私のものだ。お引き取り願おう。」
「あんたが、男バスの男役…?」
「マネージャーです。」

戻した声に森山はやっと確信し、ゲームの終了を予感した。

「えっ、宮地、さん…だっけ?」
「そうです、うちの姫様がお世話になりました。」

急いでいたからなのか何なのか。
ブーツも履いたままなので、森山よりも多少背はたかい。
驚いて目を見開く3年生たちをそのままに、湊は森山の手を引いて体育館を後にした。

mae ato
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