「俺はもうだめなのかもしれない。」
「もうここまで来るとめんどくせーよ。」
「右に同じ。」
「左に同じ。」
「笠松だけならまだしも、黄瀬と中村にまで言われるなんて…」

授業をすべて終えてアップを行うメンバー。
小堀に背中を押される森山は、べったりと上体を床につけたまま戻ってこない。

「でも、別にそれは湊の決意表明だろ?森山には関係ない。」
「小堀…」
「まず森山がすべきことは、これからどうするのかを決めることじゃないの?」
「これから…?っぐ、」

後ろを振り返ろうとした森山の背中へ、小堀がのっしりと腰かけた。
蛙がつぶれたような声を出して床をタップする森山を見ないふりをし、自分の膝へ頬杖をついた。

「戸田さんの事。」

ぴたりと手を止めて、静かになる森山。
小堀は苦笑して見下ろしてから、また前を向いて続ける。

「湊には彼氏はいないことがわかった。でも、ずっと健気に想いつづける相手がいる。」
「……」
「でも、それは森山だって同じだろ?ずっと、湊を見て来た。」
「…そう、だけど。」
「湊は叶わない相手を追いかける事を選んだ。なら、お前は?」

更にぐっと体重を預けるように体勢を変える。

「俺は…」
「湊を諦めて、言葉は悪いかもしれないけど戸田さんで手を打つってのもまた一つの手だ。でも、森山は本当にそれでいいのか?」
「…」
「どっちを選んでも森山の自由だ。でも、戸田さんをキープしたまま湊を追うことは許さない。」
「小堀…」
「湊は、俺にとって妹みたいな存在だ。大切な妹を、中途半端な気持ちで追いかけるのは絶対に許さない。」

のしかかられた森山からは見えないが、目の前にいる笠松の顔が引き攣っている。
よほど本気の表情で自分を見下ろしているに違いない。

「…分かってる。」
「なら、いいけど。」

ぽつりとこぼすように返した森山に、小堀はそれだけ言って一足先に練習へ入った。
背中にかかっていた重さが消えてのっそりと起き上がるが、森山は顔をしかめたままだった。

「(森)山さん…」
「いいんだ、早川。分かってる、小堀の言う通りだ。」

心配そうに覗き込んでくる早川の頭をがしがしと撫でて、大きく深呼吸してから勢いよく顔を上げた。

「中途半端じゃ、何もできない。」

森山の目は、試合前のものに似ていた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「森山くんから私を呼ぶのって、初めてだよね。」
「…そうだな。」
「話って、なあに?」

にこにこと後をついてくる戸田に、森山は向き直った。

「気持ち、固まったから。」
「…そう。」

あくまでも笑顔を崩さない彼女に少しだけ押されながらも、深呼吸をして気持ちを整える。
深く息を吸って、すべてを吐き出すつもりで言葉を乗せた。

「俺、戸田さんと付き合うことはできない。ごめん。」

一度切ってしまえば、言葉が揺らぐ。
心は決まっていても、言葉が揺らいだ瞬間その説得力は半減する。
マネージャーである、彼女が昔言っていたことでもあった。

「…あの子を、追いかけるの?」
「ああ。」
「無駄だって、わかってても?」
「ああ。」

迷いが一切見えない森山の目に、戸田はため息をついた。

「1つだけ、質問してもいいかしら。」
「何?」
「どうして、私じゃダメだったの?」

凛とした姿勢は崩さず、森山は自分の気持ちを整えるようにそっと目を閉じた。

「…戸田さんがダメなんじゃない。俺が、あいつじゃないとダメなんだ。それだけだよ。」
「………そう、分かった。」

ふ、と少しだけ微笑んで言った言葉を聞いた森山がそっと目を開くと、目の端にふわりと栗色がなびく。
不思議に思うのよりも先に、頬に柔らかい何か。
目を見開いて固まっていると、すぐに距離を取った彼女が少し悲しそうな顔をして笑っていた。
そっと目線を森山から少し向こうへ逸らして言った。

「これで、許してあげる。」
「戸田さん…」
「逆に、これくらいは許してよね。私の3年間の片思いをこれでチャラにしてあげるって言ってるんだから。」

涙声になっていく彼女を、森山はただ見つめていた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

湊が中庭の影で見たものは、間違いなく森山と戸田だった。
キスをしていたのも、また然り。
森山の背中の方から見ていたけれど、距離を取った後に彼女は間違いなく自分の方を向いて嘲笑を向けた。

「…決意から決着まで、思っていたよりも短かったな。」

メンバーたちが帰ったあとの体育館で1つだけ出したままだったボールを眺めながらぽつりと言う。
手持無沙汰にゴールを目の前にドリブルを続けていると、がらりと背中で扉が開く音。

「あれ、湊さん?」
「…涼太くん。」

薄暗い体育館で振り返った湊の髪がやけに存在感を放っていて。
いつものように声をかけて一緒に帰宅しようと思っていた黄瀬は息をのんだ。
ただ何も言わずに立ち尽くす黄瀬に、湊はボールを投げ渡した。

「っと、え?」
「1on1。本気で相手してほしいって言ってたよね。」
「はい…」
「1回だけ、やって帰らない?」
「え…?」
「私の為にも、ね?お願い。」

言われるがままにボールを持って体育館へ入っていく。
姿勢を落とした湊に、黄瀬もドリブルを始める。
相手の呼吸を読んで、黄瀬が動き出すのをただじっと待つ。

だん、と力強く響いた音を皮切りに激しい攻防が続く。
1歩進んで、また下がって、場所を入れ替え、戻し。

どのくらいしていたかは分からないが、決着は案外呆気なかった。
ドリブルの手を入れ替えた瞬間湊が黄瀬からボールを奪い、振り返った瞬間に高く跳んだ彼女は片手でゴールへとボールを投げ込んだ。
入るとは思っていなかった黄瀬は、間違いなくゴールを揺らしたそれを唖然として見ていた。

軽い音で着地した湊は、そのままぐらりと後ろへ倒れた。

「湊さん!?」

大の字で天井を見上げる湊を心配そうに見下ろす黄瀬。
綺麗な黄色い目と視線がかち合うと、少し目を細めてからいつもと同じように笑顔を浮かべた。

「ありがとう、涼太くん。」
「いえ、それは、俺の方っすけど…どうしたんです一体。」
「なんでもないの。」

嘘偽りのない笑顔で、黄瀬を見上げた湊。

「海常祭。当日お願いね。」
「え?…はあ。」

意味が分からないと言ったような黄瀬に、湊はただただ笑顔を浮かべた。

フィナーレが見えた気持ち。
でも、終止符を打つのは自分がいい。
綺麗に思い出で終えられるように。
数年後に「そんなこともあったなぁ」なんて言って笑えるように。

湊の心は、決まったようだった。

mae ato
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -