次の日の昼練。
いつものように輪をつくっているが、またもや人数が足りない。

「森山と湊はどうした。」
「海常祭の衣装合わせで呼ばれてるみたいだ。」
「うちが一番提出遅かったみたいですね、衣装班も追われてるらしいです。」

ぱらり、と手元の小説をめくりながら中村が答える。
早川と黄瀬はいつも構ってくれる2人がいなくて少し不満そうだ。

「どんなの着てくるんだろうな?」
「森山は意地でも俺たちから逃げるつもりだろうな。」
「そうはさせないッスけど!」

黄瀬の満面の笑顔が至極たのしそうだ。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

その頃、当の本人たちは視聴覚室へ呼ばれ、それぞれ試着を行っていた。
オーダーメイドでは勿論ないので、ある衣装の中から合うものを探す。

「すみません。」
「はーい」

更衣室になっている衝立の向こう側から湊が衣装係の1年生を呼ぶ。

「もう1つ大きいのないですか。ちょっと、きつくて。」
「ああ、待ってくださいねー。」

一度離れていった声が、少ししてからまた近づいてくる。

「これ、もう1サイズ大きいやつですー。」
「ありがとう。」

受け取ってそれに着替えていく。
しっかりと着込んで、釦も上まできっちり止める。
胸元のやけにひらひらしたスカーフが邪魔で仕方ない。
服の脱ぎ着でくしゃくしゃになってしまった髪を解いて括りなおす。

「入っても大丈夫ですかー?」
「ああ、はい。」

ひょっこりと衝立の向こうから顔を覗かせた女子生徒は湊と目が合うと唖然とした。

「…変、ですか。」
「とんでもない!!!」

気まずそうな湊の声に半ばかぶせるように言って、彼女は目を輝かせて手を取った。

「素敵です!私王子役の人たち皆見てきましたけど、宮地先輩が一番素敵!!」
「え、」
「私絶対宮地先輩に投票しますからね!!」
「あ、ああ…ありがとう。」

顔が引きつるのを感じながら反射的に礼を返す。
昔から確かにこういう事にはよく引き合いに出されていた。
兄たちもまた然り。
よく似た3兄弟は、いい標的だったのだ。
平均よりも高い背も、中性的な声(湊に関しては関係ないのだが)も、ハニーフェイスと呼ばれる顔も。
なまじ作りがいいため、格好の餌食だ。

これも、これもと小道具たちが増えていく。
湊だけにつくオプションではない、はずなのだが、ヒートアップしていく彼女の様子を見ていると
また自分は「そういう」玩具になっているのだと自覚する。

経験上最早こうなってしまっては何を言っても無駄だと知っているため、
ただただ溜息をついて彼女の気が済むのを待つしかなかった。

「(由孝さん、大丈夫かな…)」

かわるがわる物を宛がわれながら、そっと目線を泳がせた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「やめろバカ!!!」
「暴れるな!俺の最高傑作!!」
「もう本当勘弁して!どうせやられるなら女の子の方がいい!」
「女子はお前のとこの王子の世話で忙しい!」
「もうやだほんと」

同級生の男子が鼻息荒く女装姿の自分に迫ってくるものほど、恐いものはないと知った森山。
ぶわりと広がるドレスは淡い青色。
奇しくもいつも身に纏うユニフォームと同じ色使い。
なぜこんなことになっているのかと、昨日の今頃まで戻りたいと切に願う。
無駄だと分かっていたとしても、もっと抵抗するべきだった。

かぶせられたウィッグは地毛と同じ色。
ゆるくウェーブをかけられたそれに乗せられた小ぢんまりとしたティアラ。
メイクは黄瀬がやることが決まっているので今日はいじられはしなかったが、
既に嫌な予感しかしない。
あいつの本気をこんなところで見たくない。
森山は涙目で切に思った。

「やはり西洋衣装にしてよかった…!これならお前くらい薄ければ肩や体格くらい余裕で隠せる!」
「ブッ飛ばすぞ。」

笠松や早川と比べると多少貧相な体を気にしている森山。
禁句を嬉々として述べられ、ぎろりと相手を睨み付ける。
しこたまあれだこれだととっかえひっかえされ、最終的に衣装がきちんと決まった時には
予鈴ぎりぎりになっていた。

ぐったりとしながら制服へ着替えて視聴覚室を出ると、ドアの脇へ湊が座り込んでいた。

「湊?」
「あ、由孝さん。遅かったですね。」
「いい玩具だよ、まったく…」

顔をしかめながら言うと、私もです、と肯定を返しながら湊が立ち上がった。
自然と並んだ2人は時間もないというのにマイペースにゆっくりと歩いて戻る。

「どうでした、ご自分の姿は。」
「鏡なかったからちゃんと見てないけど、見なくてよかったと心底思ってる。」
「由孝さん美人顔だし、似合うと思いますけどね。」
「…あんまり嬉しくない。」

溜息をつく森山を、そっと少し下から見上げる。
当日は自分の方が底上げされて高いであろう目線。

「(この人を見下ろす日がくるとは思わなかったな…)」
「ん?」
「いえ。」

ふい、と視線を森山から引きはがした湊は、いつもの道を外れる。

「あれ、教室戻らねぇの。」
「この後実験なんで、第2理科室なんです。」
「そっか。じゃあ、また放課後。」
「はい。」

なびく綺麗な金髪を見送って、森山も自分の教室へ向かった。




綺麗だなんだと持て囃されてきた見た目も、湊にとってはコンプレックスでしかなかった。
かわいいと称される顔なら清志の方がいいに決まっている。
双子で間違われることも多かったが、本人からすれば裕也の方がずっと美人だった。
口は悪くともいつだって人気者で回りにいつも誰かがいる2人は、憧れであり羨むべき相手でもあった。
兄弟で、しかも1人は双子で。
同じように過ごしてきたはずなのに、なぜこうも違うのか。

それはずっと付きまとう思考だった。

理科室へ向かう道すがら、ふいに空き教室の窓を見る。
向こう側が暗いため、自分の姿が鏡のように映り込んでいる。

人付き合いが苦手。
学年でもかわいいと有名なあの子みたいな小さな背もない。
目立つ金髪は普通の女の子のように茶色く染めればすぐに違和感を発し、
伸びてくれば数ミリで気付かれる。
いくら気に入っているとはいえ、浮いていることくらい自覚している。

「……かわいくないの。」

自分で言って、自分で傷ついた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


放課後までの授業を終えて、理科室へ忘れものを取りに行った湊は強化担当に捕まっていた。
丁度いいとばかりに器具の運搬を仰せつかい、断る間もなく去って行った。
授業で使った器具を第1理科室へ運ばなければならない。

「部活あるのに…」

ぶつぶつ言いながら、いつもなら通らない校舎裏をショートカットに通ることにした。
廊下に人がいないのを確認して、比較的低い位置にある窓から外へ出る。
道なき道ではあるが、経験上ここを通るのが一番はやい。

がさがさかき分けて進んだところで、思わぬ現場に遭遇してしまった。
空気は明らかな告白現場。
しかも、片方は知り合いときた。

「森山くんのこと、好きなの。」

告白していたのは、3年生でも有名な美人。
2年の中でも憧れる男子は少なくない。

「……ごめ「待って!!」」

森山の声を、彼女が遮る。

「分かってる、分かってるの。森山くんをずっと見て来たから、森山くんが好きな子が誰なのかも、分かってる。」
「なら、」
「チャンスをちょうだい。」
「…チャンス?」

行かなければと思うのに、足が動かない。

「あの子、あんまり脈ないんじゃないの?」
「…」
「1カ月ちょうだい。1カ月で、私の事好きにさせてみせるから。」
「俺、あんまそういうの得意じゃない。」
「別に付き合えって言ってるんじゃないの。1か月後にもう一度伝えるから、返事はその時ちょうだい。」
「…」
「今まで以上に押していくわ。それは、覚悟しておいて。」

にっこり。
笑顔を作った彼女はとてもきれいで、自信に満ちていた。
今すぐ、この場で断って。
無意識に願った答えは、数メートル向こうの森山には届かなかった。

「…わかった。」

mae ato
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