昼休み、いつもなら一緒にやってくる2年生トリオが一人足りない。

「湊はどうした?」
「今日は、いいって…」
「机に突っ伏したまま顔もあげないんです。」
「珍しいな…」
「お前ら何か知らないのか?」
「何も。」
「特には聞いてないッス。」

ふむ、と考え込む笠松。
そこに飲み物を買いに出ていた森山が戻ってくる。

「あれ、湊は…?」
「今日はパスって。」
「そ、か。」

いつもなら誰よりも心配そうな表情を浮かべるはずの森山が、今日は何故か小さく溜息をつくだけにとどめた。
表情も、どちらかと言えば安堵が浮かぶ。

「おい。」
「ん?」
「お前、今度は何したんだ。」
「笠松さん…?」

下から睨み付ける笠松の目線に、森山もぎゅっと眉を寄せた。

「何って。」
「いつもの返しと違う事くらい、自分でもわかってんだろ。あいつに、何した。」

問いの割にはやけに断言染みているその言葉に、目線がほんの少しだけ泳ぐ。

「何にも?俺もわかんねーわ。」
「嘘つくな。」
「本当だって。」
「俺たちが分かんねぇとでも思ってんのか。」
「だーかーらー、俺は「森山。」…なに」

静かな小堀の声が間に挟まる。

「森山、嘘つくとき絶対首の後ろ触ってる。」
「っ」

ば、と首元へ伸びていた右手を後ろで組む。
が、その動作自体が既に“嘘”を白状しているようなもので。

「むやみに森山を責める気は俺だって笠松だってないよ。ただ、湊が心配なだけなんだ。」
「……」
「分かるだろ?」

ゆるい笑顔を浮かべられ、森山は今度は深い溜息をついて輪の中へ腰を下ろした。

「…俺にも、よくわからない。これは本当だってことは先に言っておく。」
「どういうことだ。」
「湊が変な事についての心当たりは、確かにある。でも、それが湊にとってそんなに深刻なことだとは、俺には到底思えない。」

前置きをしてから、森山は今朝あったことを離し始める。

「朝練が終わって、俺と湊以外は皆先戻っただろ?」
「ああ。」
「その時に、本当に、何の気なしに湊の髪に触ったんだ。」

森山の手が意味もなく買ったばかりのジュースの紙パックを弄ぶ。

「何を言ったかは、ちゃんとは覚えてないけど。でも、昨日のナンパの時の言葉に、今思えば似てたかもしれない。」
「ナンパ…?」

森山の発した単語に反応を返したのは、早川だった。
少し待ってみたが、それ以上介入するつもりはないらしいため笠松が先を促した。

「0点だって、言われた。」
「はあ?」
「もう少し、言葉を選べって。あー、違うな。ええと、俺自身の言葉で、そういうのは伝えたほうがいいって、そういわれた。」
「はあ…?」
「森山のナンパは点数制だったのか?」
「つーか、湊には一度だって向けた事なかったろ。何で急にんな事言いだしたんだよ。」
「わかんね。無意識だった。んで、最後に…」

再度目を泳がせて、言葉を詰まらせる。
小堀が先を促すと、ひどく言い辛そうに絞り出すように言った。

「…『本命さんへの告白。上手くいくといいですね。』って。」
「……え」
「何で、そのことあいつが知ってんだよ。」
「さあな。俺もさっぱりだ。別に今朝あの時に言おうとは思ってなかったし、別に、早川?」
「えっ、おい早川?!」

急に立ち上がった早川が、荷物も全部置いて走り出した。
腰を上げようとした他のメンバーを手で制して、中村が後を追う。

「早川!どうしたんだよ!!」

中村の問いにも答えないまま、早川は真っ直ぐ湊の教室へ向かった。
昼休みの一目の多い教室の真ん中。
机を乱暴にかき分けて、湊の肩を掴んで顔を上げさせる。
いきなり明るくなった視界に顔をしかめる湊だったが、犯人が早川だとわかると首を傾げるにとどめた。

「何?充洋くん。」
「早川っ!」
「湊ゴメン!!!」

肩を掴んでいた手を机につき、ゴツンと盛大に音をたてて頭を下げた。
唖然とした湊と中村だったが、周りがざわざわし始めたのを見て、慌てて2人を引いて中庭へと場所をうつした。

「一体何なんだ急に…先輩たちも驚いてたぞ。」
「お(れ)のせいだよな?!湊が、そんな顔してるの、お(れ)の、」

どんどん声が小さくなっていく早川に、湊は更に首を傾げた。

「何の話?」
「お(れ)が、今朝(森)山さんの告白の話、したか(ら)」
「は?!」

中村が今度は信じられないとばかりに目を見開いた。

「おま、何言ってんだ!」
「違う、全部は言ってない!ただ、その、」
「本命への、練習をしてるんだって。聞いただけだよ。」

静かな声が、中村を宥めるように響く。

「早川…」
「お(れ)だって、まさかこんなことにな(る)なんて思ってなくて、湊違うんだ、あの話は、」

弁解を入れたい。
だが、早川の口から森山の気持ちを伝えることはできない。
言葉選びがあまり得意ではない早川は、悔しそうに口を結んで下を向いた。

「私、なんとも思ってないよ。」
「え…?」
「森山さんに好きな人がいるのは、何となく知ってたし。」
「え?!」
「あ、誰かまではわからないけど。でも、いつもの話の中で、時々特定の誰かを指して話をしてる事があったから。」

あくまでもポーカーフェイスを崩さない湊に、早川の肩から次第に力が抜けていく。

「今までは私にはナンパみたいな言葉向けてこなかったのに、とうとう言われちゃったから。」
「え?」

中村が聞き返すと、自嘲気味に小さく笑って肩をすくめた。

「そういう意味じゃなくても、私は特別なんだって、思っていたかったのかも。」
「湊…」
「ごめんね、気を遣わせて。それに、今日行かなかったのはそれのせいじゃないの。」
「「え?」」

困ったように笑った顔は、少し引き攣っている。

「昨日、リコに散々ヒール履いて連れまわされたから、足痛くて。」
「えっ!」
「ご、ごめん!俺無理やり引っ張ってきて…!」
「あ、大丈夫。気にしないで。歩くくらいは平気だから。」
「それ平気って言わないだろ!」

まさかの返答に、2人は中庭であわあわし始め、湊は苦笑いでそれを見ていた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「…そういうことか。」

様子を見に来ていた小堀が、小さく溜息をつく。
勘のいい彼は、どうやらすべてを悟ってしまったようだった。

「困ったな、話が拗れたみたいだ。」

元々どちらかが素直になれば丸くおさまる話だったのだ。
それが、どんどん丸から遠ざかっている。

森山に好きな人がいる事を知り、告白を考えていることを知ってしまった湊は今何を言ったところで聞かないだろう。
ただ練習台だと思われて、それで終了。
森山の方も、万が一湊に告白されたとしても信じはしないだろう。
下手をすれば、憐れまれていると思って、そこで気持ちのベクトルは消える。

「ややこしいな…」

再度溜息をついて、踵を返す。
いつもは頼りになる我らがキャプテン様も、この手の話は無力に近い。
2年2人は今は湊についていることで手いっぱいだ。

「と、なると…」

残ったのは、ただ一人。
だが、幸か不幸か彼はその手の事は百戦錬磨と言っても良いだろう。
良くも悪くも話はどちらかに進むだろうと、体育館へと足を進めた。

mae ato
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