携帯を確認すると、そこには3年生組からのメッセージ。

≪こっちはどうにかしとくから、息抜きしてこい。≫
「幸男さん…」
「本当、物分りのいい先輩たちねぇ。」
「リコのせいだよ。」
「あら、いいじゃない。折角なんだし。」
「もう…帰って涼太くんと充洋くんのご機嫌取りするのは私なんだからね…」

溜息をつくものの、至極楽しそうに笑うリコに最早何も言えなかった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

東京で下ろされ、荷物をリコの家に置いてすぐに街へ連れ出された。
誠凛のメンバーへの挨拶もそこそこに、着せ替え人形と化した湊は
いつもなら絶対に着ないようなミニスカートにニーハイ、ブーツといった格好になっていた。

「勘弁してほしいんだけど…」
「誰も見ないわよ!」
「もう…」
「あと、これも!」

あれよあれよという間にかぶせられたのは黒髪のウィッグで。
ボブカットのそれに帽子までご丁寧につけられ、最早湊の面影はない。
最後にとどめとばかりに眼鏡まで手渡され、やられるがままだ。

「…」
「似合うわよ!」
「…私は黄色、気に入ってるんだけど。」
「いいじゃない!今日だけ今日だけ!」
「はあ…」

溜息交じりに1日リコに付き合う心を決めた。

海常に居る時には、いつも行動を共にするのが男ばかりなのでリコとの時間は素直に楽しかった。
女物の服をみて、アクセサリーを物色して。
お揃いのヘアピンを買ってみたりして。

「やっぱり、でかけるなら女の子とがいいわね!」
「リコが楽しそうで何よりだよ…」
「リコさん…?」

窺うようにかけられた声に、2人が同じように振り返る。
リコと目があった瞬間にぱっと笑顔を浮かべた彼女は嬉しそうに走り寄ってきた。

「リコさん!お久しぶりです!」
「げ、桃井さん…」
「げってなんですかぁ。折角会えたのにー。…あれ、そちらは?」

そっと覗き込まれ、思わずのけぞる。
目を泳がせると、更に距離を詰められた。

「ん〜〜〜…?」
「ええと…」
「どこかで会ったこと、あります…?」
「り、リコ〜…」

リコへ助けを求めると、溜息交じりに桃井を突き放す。

「湊よ。海常の、宮地湊。」
「えっ!?湊さん!?」
「ど、ども…」

一応と眼鏡を取って苦笑いを浮かべる。

「本当だぁ…気が付かなかった…お買い物ですか?」
「まあ、そんなとこ。」
「合宿帰りなんだけどね。」
「私もご一緒していいですか!?」
「はあ?!」
「誰かと来てたんじゃないの?」
「今日は1人です!」
「嫌よ絶対嫌!」
「いいじゃない、リコ。」
「湊…!」
「そこまで目の敵にしなくてもさ。折角なんだし。」
「やったあ!!」

ぴょこんと跳ねる桃井を可愛いな、と思いながら溜息をついたリコを引いてまた道を歩き出す。

この子が海常に来たらえらい事になるな。

ぼんやり思ったときに頭によぎったのは、何故か少し照れた笑顔を浮かべる森山だった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

所変わって、こちら海常メンバー。
湊を拉致られ、下3人の機嫌は急降下だ。

「あー…」
「たまにはいいだろ。俺たちとばかりいるよりも、あいつも少しは息抜きできるんだ。」
「俺たちといたって、湊さんは息抜きできます!!」
「どこから来るんだその自信…」
「湊〜〜〜…」
「はいはい。」

宥めているうちに、森山がぽつりと言いだした。

「…ナンパに行こうかな。」
「おい。」
「湊がいるのにか。」
「別に彼女じゃないし…あれ、なんだ自分の言葉に傷ついた。」
「そーゆーの節操なしって言うんスよー、黒子っちが言ってたッス。」
「お前らどんな会話してんだ。」
「別に俺だってあいつ以外の彼女なんか欲しくないわ。」
「じゃあ、何で?」
「ウケのいいセリフを探しに行く。」
「お前勝率ゼロのネットの知識まだ信じてんのかよ。」
「どれか当たるかもしれないだろ!」

何だかんだ言いながら、他のメンバーも仲良く森山のナンパに付き合う事になった。

「お前ら、本当俺が言うのもなんだけど付き合い良いよな。」
「感謝しろよ。」
「暇なだけだ。」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

途中から参戦してきた桃井とも上手くやりながら、午後の時間を楽しく過ごした女3人は
6時を回ったところでやっとお開きになった。

「ありがとうございました!楽しかったです!」
「またね、桃井さん。」
「はい!」

手を振って桃井と別れた2人は、リコの家へ荷物を取りに戻った。
まだ外も薄暗い程度だが、神奈川へ戻らなければならない湊はそろそろ出なければ遅くなる。

「今日はありがとう、リコ。楽しかったよ。」
「まさか桃井さんが乱入してくるとは思わなかったわ。」
「はは。」

楽しそうに笑う湊が自分の荷物を持って立ち上がる。

「それじゃあ、また。」
「…ねえ、湊。」
「ん?」

がちゃりとドアを半開きにした状態で後ろから声をかけられ、半身で振り返る。

「何?」
「…その、さ。もしかして、なんだけど。」
「もったいぶって、何よ。」

目線を泳がせた後、ぽつりと口からこぼした言葉。

「湊が、その、無理だってずっと諦めてる相手って、」
『リコちゃん。』

口に出そうとした本人の声で名前を呼ばれる。
目を見開いて顔をあげると、合宿所にいた時と同じ緩い笑顔を浮かべた湊。

「あ、」
「またね、リコ。」

ひらり

手を振って、ドアはリコを内側に残してばたりとしまった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

電車に乗ったところで変装にも似た格好のまま出て来てしまったことに気が付いた。
リコには今度返しに行くとメールを送り、乗り換えに降りる。

「…あれ?」

ホームから外を何気なく見ると、見慣れた6人組。
降りるつもりはなかったが、彼らがいるならと切符を改札に通した。
いつものナンパに付き合っているらしい彼ら。
森山がちょうど声をかけに行っている。

「綺麗な髪だね、とてもよく手入れが行き届いているサラサラの指通りのいい髪だ。」
「(あれ、いつもの運命談義と違うのか…)」

改札から下へ降りる踊場の所から、手すりに頬杖をつきながらそれをぼんやり見る。
森山がするりと女性の耳元を触る。

「(…顔がいいから許されることだな。)」
「このイヤリングも似合ってるよ。君の大きな茶色い瞳や白い肌を際立たせていて。」

いつもよりは長く続いていたようだが、勝率はゼロのまま。
懲りない人だ、と踵を返す。
声をかけて一緒に帰ろうと思ったが、自分がいては邪魔になりそうだ。
胸にもやを抱えたまま、さっき通ったばかりの改札を再度くぐった。

「…?」
「どうした、早川?」
「……湊?」
「え?」

ぱっと目線を追って中村も顔を上げる。
早川が見つめている先は、確かに先ほど湊がいた場所なのだが、既に彼女は電車の中だ。

「…いないぞ?」
「おかしいな…」
「珍しいな、お前が外すなんて。」
「自信あったんスけど…」

首を傾げる早川のレーダーを深追いしなかった事を、一同は重さは違えど後悔することになる。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

次の日。
いつもと変わらない朝練の風景。
早川の結んだ多少上手くなったポニーテールに昨日リコと買ったヘアピンを付けて仕事をする湊。

「湊!」
「ぐっ、はいはい…」

背中に早川を引っ付けたままずりずりと歩き出す。

「昨日、楽しかったか?」
「え?ああ、うん。ごめんね、別行動しちゃって。」
「お(れ)達も先輩たちも怒ってなんかないぞ?」
「ふふ、うん。ありがとう。…あ、そういえば」

がちん

「ん?」
「昨日帰りに乗り換えのあの駅の所で皆を見たよ。」
「ああ!(森)山さんがナンパに出(る)っていうか(ら)ついてったんだ!」

がち、ん

「声かけようかと思ったんだけどさ。ナンパに私いたら邪魔かなあって思ってさ。」
「やっぱ(り)!あの(踊)場のとこだよな!?」
「え?うん。気付いてたんだ。」
「いや、い(る)と思って振(り)返った時には(誰)もいなかったけど。」

がち

「湊の金髪は目立つと思ってたんだけどなぁ。」
「昨日はちょっと事情があって黒かったよ。」
「そーなのか?」
「見た目じゃ気付かれなかったと思う。」
「な(ら)、仕方ないか。」

がちん

「てか、森山さんのナンパ方向性変えたんだね。」
「ん?」
「運命談義、やめたんだなあと思って。」
「あー、それな。」

がちゃん

「本番の(練)習す(る)んだって。」
「え?」
「えーっと…本命に告白す(る)時の、(練)習す(る)んだって言ってた。」
「本命…」

ごとん

かろうじて回っていた歯車が、外れる音がする。
回らなくなった歯車が相手を探してから回る。

「何してる!早川入れ!」
「あ、ハイっす!」

ぱたぱたと走って行った早川の背中を見送ってから、そっと目元を覆う。
浅く長い溜息をついて、手を外した。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

朝練を終えて、着替えるメンバー。
湊は気にも留めずにいつもと同じように定位置の机で朝のコンディションをメモしていく。

「俺ら先行くぞー」
「おー。」

笠松と小堀は担任や教科担当に呼ばれているらしく、先に出て行った。
早川と中村も小テストの勉強があるからと先に行った。
黄瀬は待ち伏せにあって、今頃どこぞの女子生徒から告白を受けているだろう。
必然的に、部室には森山と湊だけ。

「薄情だよなー、置いていくことないのに。」
「用事があっちゃ仕方ないですよ。」
「本当物分りいいなお前は…」

ぱたん、とロッカーを閉めたのと同時に湊もノートを閉じる。

「終わりました?」
「ん。」
「行きましょうか。」

さらり、と肩にかかっていたハニーイエローの髪が前へ流れる。
目を奪われた森山は、至極自然に髪を触った。
一房手にとって、ちゅ、と唇を寄せる。

「由孝さん?」
「湊の髪、綺麗だよな。」
「そうでしょうか、兄たちと同じですけど。」
「んー、でもなんかあいつらとは違う。大事にされた、手入れの行き届いた綺麗な髪だ。」

森山の言葉に、湊がぴくりと反応する。
気が付かない森山はそのまま続けた。

「お揃いの色のイヤリングも、似合ってると思う。」
「よしたかさん」
「白い肌に、同じ色の瞳によく合ってる。」

にっこりと笑顔を向けてくる森山に、湊は少しだけ口をぎゅっと結んでから
未だ髪を触ったままの森山の手をやんわりと外す。

「湊?」
「0点。」
「え?」

目を見開いた森山を置いて、湊は自分の荷物を取って部室のドアをあける。

「そういう誰にも当て嵌まるような言葉じゃなくて、相手のことだけ考えて由孝さんが自分で考えた言葉を伝えるほうがずっといいですよ。たとえ、それがカッコよく決まらなくたって。」
「湊…?」
「データ取りはこのくらいでいいですか?私から出るのはこの程度ですよ。」
「ちょ、待って、どういう事」
「本命さんへの告白。上手くいくといいですね。」

ばたん。

いつもと同じように閉まったはずの扉は、いつもよりもずっと重たい音がした。
から回る歯車は、どんどん増えていく。

mae ato
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