3日目、合宿も最終日だ。
いつものように同じ時間に起床した湊は、眠い目をこすりながら部屋をぐるりと見渡した。
どうやら昨日の半日でリコの魔法は切れたらしく、しっかり体の大きさは戻っていた。
お蔭で布団は狭く、全員がどこかしらはみ出ているのだが。
気温はそこまで高くないので大丈夫だろうが、とりあえず布団をかけなおしてから活動を始める。

「さて、と…」

いつもと同じ朝がやってくる。
早く朝ごはんの準備を始めないと、朝のランニング組が戻ってきてしまう。
顔を洗って髪を纏めると、エプロンをして気合を入れなおした。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「湊さ――――ん!!!」
「湊!!!」
「うぐぇ」

全て作り終えて机の準備をしていると、後ろから大きな影に覆いかぶされる。
合宿が始まってからずっと忙しくしていたため、とても久しぶりな気がした。
どた、と倒れた湊の手から離れたボウルを早川が起き上がってしっかりキャッチ。

「流石…」
「戻りましたよ、湊さん!」
「うん、知ってる。おはよう、涼太くん。充洋くんも。」
「おはよう!」

眩しい笑顔を向けられる。
本当に自分はこの笑顔が好きだなと溜息交じりに苦笑いを返した。

「先輩たちは?」
「誠(凛)の奴(ら)が戻ったか確認に行った。」
「そっか。じゃあ、先にご飯にしちゃう?」
「先輩たち待つッス!」
「用意、手伝いにきたんだ。」
「本当、2人とも皆が好きだね。」
「「湊(さん)も好き」」
「はは、ありがとう。」

2人と話をしながら配膳を終える頃、ちょうど他のメンバーたちがやってきた。

「おはようございます。戻ってました?」
「ああ、大丈夫そうだ。」
「もう来るよ。」
「今日は何?あ!スクランブルエッグ!」
「ケチャップはあそこに。」

綺麗に盛り付けて、プレートを渡していく。
後からやってきた誠凛メンバーの分も終えて、エプロンを外す。

「湊も食えよ。」
「あ、私は作りながら食べたから大丈夫です。」
「何そんなに急いでんだよ?昨日のうちに仕事は終わってるって言ってたじゃねぇか。」
「今日は、私も選手で出ます。」
「「マジで!!!」」
「黄瀬、早川。きちんと座って食べな。」

小堀からお小言が飛ぶが、2人はそれどころではない。

「お(れ)!!お(れ)の相手して!!」
「俺も!!」
「その辺はリコに投げてるから。当たるといいねぇ。」
「相田!!」
「リコさん!!!」
「煩い!!!」

ぐだぐだやっているうちに、小堀が席を立つ。

「アップへ行くんだろ。俺も行くよ。」
「はい。」
「小堀狡い!!」
「はは、早い者勝ちだ。」

見せつけるように湊の肩を抱いて食堂を出て行く。
途中でそれぞれの部屋へ寄って着替えを済ませ、外へと出る。
今日も今日とてぎらぎらと照り付ける日差しが眩しい。

「いつも湊どのくらい走るんだ?」
「2キロってとこですかね…あんまりやると、試合に響きますし。」
「じゃあ、そこ目指して走るか。」

軽く柔軟をして、走り出す。

「別に、私に、合わせなくて、いいんですよ、?」
「んー、俺そういうの結構平気なんだよな。いつも外周も一番後ろ走ってるからかな。」

部活で外周を走るとき、一番前を先導するのは笠松で、そこから自然とレギュラーが続いて、最後尾を走ってダウンした部員たちを拾うのが小堀の仕事になっている。
体力もあり、息を乱すこともあまりない彼だからこそできる事だった。

「本当、すごい、ですよね。」
「そっかな。ありがとう。」

こうして今走っていても、小堀は言葉を切らせることはない。

「なぁ、湊。」
「は、い?」
「湊は、海常が、すきか?」
「え?」

急に問われた言葉に、湊が首を傾げる。

「昨日、子供の頃に戻って思ったんだけどさ。」
「はい。」
「いっつも、俺たちの世話焼くのが仕事になってるだろ?」
「はあ…」
「俺が知ってる他のチームも、一癖も二癖もあるやつらばかりだけどさ。」
「そうですね。」
「でも、手がかかるって意味では群を抜いてると思うんだ。」
「自覚は、あったんですね…」
「あ、やっぱり俺も含まれる?」
「自分だけ、除外だと、思いました?」

呆れたように返すと、へらりと笑う小堀。

「俺はさ、海常がすきだよ。笠松がいて、森山がいて、早川と中村が入ってきて、湊を引き摺り込んで、黄瀬が加わって。」
「はい。」
「俺、あんまりそういうのの中心入っていくの得意じゃないから見てること多いけど。でも、ここ以上に居心地がいい場所ないと思う。」
「小堀さん…」
「名前。」
「あ、すみません。」

戻る呼び名にすかさずツッコミを入れてまた笑う。

「多分、一番何だかんだ損な所にいるのって、湊だと思うんだ。」
「そうですか?」
「番犬2匹の手綱握りながら中村の世話焼いて、森山の話拾って、時間忘れる俺や笠松のタイムキーパーをする。」
「分かってるなら、改めて、欲しいですね!」
「湊がいる事が当たり前になったからなぁ。もう無理だなぁ。」

理不尽だ、と思いながらも小堀の言葉に少なからず嬉しがっている自分がいる。
湊は小さく溜息を吐いて、走ることに専念することにした。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「どこまで走りに行ってんのよ!」
「すみません…」

2キロのつもりが、何だかんだ片道2キロを走っていたようで。
帰ってくるとリコが仁王立ちで迎えてくれた。

「まったく…全員揃ったから始めるわよ!」
「っしゃ!!」
「まずは、Aチーム。小堀さん、伊月くん、小金井くん、森山さん、火神くん!」
「あれ、シャッフルなのか。」

呼ばれたメンバーがそれぞれゼッケンを受け取ってコートへ入っていく。

「次!Bチーム、日向くん、笠松さん、黒子くん、中村くん、水戸部くん!」
「はいはい…」
「日向の下か。楽しくなりそうだ。」
「ハードルあげないでくださいよ…笠松さんのいるチームってだけで緊張感増すのに…」

日向の事は買っているらしい笠松が珍しく楽しそうに別の色のゼッケンを受け取って入っていく。

「えー、俺たちパスっすかぁ。」
「次はい(れ)ても(ら)え(る)だ(ろ)。」
「見学も勉強には大切だよ。」
「はぁい…」

ぶつくさ言いだした黄瀬と早川を宥めながら、自分はデータを取るためにバインダーを抱えた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

最初はふて腐れていた2人も、どんどんヒートアップしていく試合に声を上げて応援を始めていた。
タイムキーパーを兼ねている湊が、最後のホイッスルを鳴らす。

「そこまで!!!」
「あ―――!!!」
「くっそ!」

勝ったのは、日向、笠松率いるBチームだった。

「流石、全国屈指のPGのいるチームは違うわね。」
「バランスの取れたチームだからだ。海常のやつらよりずっとやりやすい。」
「「おい、どういうことだ。」」

Aチームの小堀と森山が食らいつく。
くすくす笑って、バインダーをリコへ預けてからゼッケンをつける湊。

「湊さん?」
「出(る)のか?」
「2人もだよ。」

すぐに呼ばれた名前の中に、3人のものもしっかりあった。
見学でそわそわしていた2人は我先にとゼッケンを引っ掴んで出て行った。
チーム編成は、先ほど出なかったメンバーを中心に組まれていた。
Aチームには、黄瀬、早川、木吉、降旗、福田。
Bチームは、湊、土田、河原、連戦で火神と小堀が入った。

「大丈夫ですか、連戦なんて。」
「平気平気。後輩にはまだまだ負けてらんないしな。」
「黄瀬が出てくるのに、ベンチで休憩なんてしてらんねぇよ。」
「火神くんらしいよ…」
「よろしくな、湊。」
「こちらこそ、よろしくね土田くん、河原くん。」

ブザーと共に挨拶が響く。
Aチームは勿論ジャンプボールは木吉。
背丈でいうなら小堀だが、それを火神が押しのけた。

「火神?」
「木吉先輩相手なら、俺に行かせて下さい。」

誠凛の高身長2人が相対するのを背中から見遣る。

「湊。」
「いいんじゃないですか?」
「そか。わかった。」

鶴の一声とばかりの彼女の言葉に、小堀は身を引いた。
それぞれコートへ散らばり、ホイッスルと共にボールがリコの手を離れる。
競り勝ったのは、火神だった。

「あちゃ。」
「木吉、本気でやれバカ!!」
「はは、分かってるって。」

コートの外から飛ぶ日向の声に笑顔を返す。
ボールを受け取った小堀の前へ、体勢を整えて木吉が立ちはだかる。

「っと、」
「楽しんでこーぜ、小堀さん。」

柔らかい笑顔のわりに攻防は激しく。
C同士の競り合いに、湊が横をすり抜けて木吉の背後から手を上げる。
それに気づいた小堀が脇をすり抜けさせてパスを出す。
受け取った湊へ降旗が入るが、ドリブルを重ねて抜いていく。
1歩踏み出した時、目の前に早川が入る。

「!」
「押しな(ら)、負けないぞ!」

だん、と強い足音とスキール音。
元々選手だった時からテクニックで勝ち上がっていた湊に、パワープレーが目立つ早川は天敵とも呼べた。
動きが大きい分読みやすいが、どんどん押し負けて足が下がっていく。
周りを見渡すと、マークに入っていた黄瀬を抜いて、火神が走りこんでくる。

「こっちだ!!」

上げられた手に、一度フェイクをいれてから火神へパスを出す。
しっかりそれを受け取ってからは、黄瀬との一騎打ちになっていた。
ゴール下での激しい攻防。
ボールも両者の間を行ったり来たりするが、パスを出す前にまた相手に取られてしまう。
途中までは身構えていたメンバーも、ヒートアップした2人に苦笑いをこぼす他ない。

「黄瀬!!1on1じゃねーんだぞ!!」
「分かって、ますよ!!あ!!」
「っしゃ取った!!土田先輩!!」

やっとボールが2人の間から出てくる。
土田が受け取ったボールは、河原へ渡ってから小堀へ、そして湊へ回った。
降旗がマークへ入るが、湊は小さく笑って、瞬きを2つ。

『腰引けてんぞ!このダァホが!!』
「!」

急に聞こえてきた日向の声に、びくりと一瞬反応が遅れる。
また瞬きをした湊がシュートフォームに入り、手を離れたボールは回転を無くしたままゴールへととんだ。
枠やボードへ当たることもなく、そのまま綺麗に入ったシュートに満足そうに笑う。

「なーんて、ね。」
「あ、」
「フリ!!しっかりしろ!!このダァホ!!」
「ひえっすみません!!」

本物に怒鳴られ、またびくりと肩をゆらす。
小さく笑みを浮かべると、小堀がやってくる。

「ナイッシュ。」
「ありがとうございます。」
「大丈夫なのか?ハーフとはいえ、もうそれやってて。」
「大丈夫ですよ。失敗しても、1日声が戻らなくなるだけだってのが、この間ので分かりましたし。」
「…気を付けろよ。」
「心配性ですね。」
「お前に言われたらおしまいだ。」

ぽん、と背中を優しく叩かれ、ディフェンスへと戻って行った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

試合を終えた時には、湊はかなり限界が来ていた。
幻と呼ばれるような選手とはいえ、女子と男子の違いは明らかだ。
長引けば長引くほど、全国屈指の選手たちを相手にするのはきつくなっていく。

ブザーとともに足を止め、膝に手をついた。

「大丈夫か?」
「あ、は、い…」
「こないだお(れ)達の相手した時はそんなんじゃなかった(ろ)。どうしたんだ急に。」
「言った、でしょ…私が、全力、出しき、れるのは、鈴ヶ丘、の皆との、時だけ…」

とぎれとぎれの言葉に、黄瀬と早川は面白くないとばかりに顔をしかめた。
それを見ていたリコも吹き出すように笑う。

「確かに、あんた本当鈴ヶ丘の4人と一緒じゃなきゃバランス感覚の良い並の選手ね。」
「うっさい…」
「面白くないッス―――!!」
「本気でや(れ)よ!!」
「やってるわ!!!」

元々アシストに特化した選手である湊。
黒子と同じで取ってくれる方との連携がきっちりとれていなければ、何の意味もない。
一人で攻めるには、相手が悪すぎる。

「女子チームなら、一人でもそこそこ勝ててたのになぁ…」
「背丈もパワーも違うんだ。仕方ないさ。」
「…なんか、屈辱です。」

小堀が隣りで笑いながら言った言葉に、湊は顔をしかめた。

「午前中で今日はおしまいだから、さくっと進めていくわよ!湊、ゼッケン変えなさい!」
「えっ」
「連戦よ!!」
「勘弁して…」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

午前中で練習は終了。
各自部屋を片付け、送迎のバスへと荷物を運びこんでいく。
湊も荷物を預けようとしたところで、手からそれが掻っ攫われる。

「え」
「あんたはこっち!」
「は?!」
「えっ、湊さん!?」

リコに引っ張られ、乗り込んだのは誠凛のバス。

「え、何どういうこと。」
「せっかくなんだし、付き合いなさいよ!東京で遊んで帰りなさい!」
「はぁ…」
「と、言うわけで!借りていきまーす!!」
「「っざけんな!!!」」
「湊さん返してくださいッス―!!」

後輩たちが吠えるのも空しく、湊を乗せた誠凛バスはそのまま出発してしまったのだった。

mae ato
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