結局森山の手をしっかり握りこんだまま寝落ちてしまった湊。
森山は間近に迫る湊の寝顔をしこたま堪能して自分もうとうとしていたのだが、
外が暗くなってきた頃に鳴った電話に意識を取り戻した。

幸いにもバイブ機能がオンになっていてけたたましく音楽が鳴り響くことはなかった。
そっと携帯を手にとると、どうやら鳴っていたのは湊の携帯のようで。
発信主が食堂にいるリコだと分かると、少しだけベッドから体を離して通話ボタンをスワイプした。

「もしもし、リコちゃん?」
『あっ、森山さん!?湊は!?』
「まだ寝てるけど…どうしたの、そんなに慌てて。」

湊が寝落ちた時に、笠松にその旨はメールしてある。
心配ない、と伝え、ついていてやれ、とのお達しも貰った。
一緒にいたリコも、それは知っているはずだ。

『その、ええと、もう何て説明したらいいのか分からないんだけど…』
「?」
『私も、できれば病み上がりの湊を頼りたくはないんだけど、もう私じゃどうしようもなくて…特に海常のメンバーが。』
「うちの?」

黄瀬や早川は確かにそわそわしているだろうとは思っていたが、
そこはうちにはトップブリーダーたちが揃っているのだ。
残りの3人がどうにか抑えていると思ったのだが。

「…よしたかさん…?」
「あ、湊。おはよう、大丈夫か?」
「はい、もう平気です。ありがとうございます。」

つながっていた手を解いて起き上がる。
持ち主が起きたのならそちらの方がいいだろうと、森山が電話を差し出す。

「?」
「リコちゃんから。」
「リコ…?」

怪訝そうな顔をして、受け取った携帯を耳にあてる。

「もしもし?」
『あっ、湊?!大丈夫?』
「一応心配はしてくれるんだね…平気だよ。なんかあった?」
『その、よければ森山さんと食堂へ来てほしいんだけど…』

もごもごと言葉を濁すリコに、湊は首を傾げた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

言われた通り森山を連れて食堂までの道のりを歩く。
心配そうに覗き込んでくる彼に笑顔を返して、最後の角を曲がった時だった。

ぼふ、と湊の腰のあたりに何かが激突した。
身構えられなかったのと未だしっかり力が戻っていないのとでよろけた湊を
森山が後ろから支えた。

「大丈夫か?」
「ありがとうございます…」

2人で同じように足元へ視線を下げると、黄色い何かが張り付いている。

「「…?」」

そっと湊がそれに手をかけると、ぱっと黄色が上を向いた。
目があったのと、2人が目を見開いたのはほぼ同時だった。

「湊さんっ」
「嘘…」
「き、せ…?」

見上げて来たそれは、どう見ても自分たちの後輩だった。
少し、いや、かなり小さいという事を除けば、くりくりした丸い目も長い睫毛も
やけに整った綺麗な顔のパーツたちも、すべてが2人のよく知る彼のものだ。

「どういう事だ…?」
「湊!!」
「リコ……は!?」

ばたばたと寄ってきたリコの腕には、未だ腰に抱き着いたままの黄瀬(仮)と同じくらいの大きさの「何か」。

「え、ちょ、どういうこと、え、」
「早川!?」

森山がリコに走り寄って腕の中のそれを覗き込む。

「も(り)やまさん!」
「ああ…早川だ…」

高校生の時よりも更に舌足らずな言葉と大きな目、やけに主張の激しい眉毛。
最早疑う余地もなかった。
湊はそっと黄瀬(仮)を抱き上げて問うた。

「…涼太、くん?」
「はいッス。」
「嘘でしょ…」
「6さいくらいッスかね…なにもかもおっきく感じるッス。」

実年齢よりも、10歳小さい。
顔が引きつるのがよくわかった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

早川は森山に出会った瞬間、リコの腕の中で泣き出した。
慌てて場所を森山の腕へ変えると少しマシになって、少しの間あやしているとぎゅっと首元のシャツを握りしめて離れなくなった。

「どういうことか、教えてもらおうか。」
「ええと、その〜〜〜〜…」
「リコ。」
「わ、わかってるわよ…」

ぽつぽつと話すリコ。

「湊が倒れて…笠松さんと一通りお説教してから、お昼にしようって話になったのね。」
「うん。」
「で、折角だしって私が台所へ立ったのね。」
「何となく先が読めた。」

今回は見た目はなまじ上手く出来てしまったから余計に性質が悪かった。
必死に止めた水戸部の頑張りも空しく、何も知らない海常のメンバーと男気を見せた一部の誠凛メンバーはそれを口にした。
例のごとくばったりと意識を失った彼らに慌てて水を用意して戻ると、既にこうだったのだという。

「何してんの…」
「今回はいけると思ったのよ…」
「どこから来るのその自信。」

黄瀬を抱きなおしていると、ぐ、とズボンを引かれる気配。
目線を下げると、これまたぐりぐりの丸い目が見上げている。

「湊っ」
「え、え」
「湊、おれだ!かさまつだ!」
「笠松さん?!」

目線を合わせるようにしゃがんでまじまじと見ていると、確かに顔のつくりは面影がある。

「ええ…」
「こぼり、なかむら!」

振り返って呼んだ名前に、目線が同じように声を追う。
ソファの上にちょこんと座った2人。
小堀はいつものように困った表情で笑っているし、中村に関しては途中まで読んでいた文庫本を読み続けている。
何だかんだ一番のマイペースは彼かもしれないと湊は顔を引き攣られた。

「湊はだいじょうぶか?からだ、へいき?」
「あ、ああ…はい。もう平気です。それより、先輩方の方が…」
「はは…」

乾いた笑いしか出ない2人に、笠松が深く溜息をこぼした。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

練習は時間も時間だったため、無くなった。
ただ、仕事は残っているわけで。
折角ならとチビたちと森山は湊のマネージャー業を見学がてら手伝うことにした。
とてとてといつもよりもずっと軽い足音が湊の後ろをついてくる。

「湊のしごとって、あんまりちゃんとみたことないよな。」
「そうっスね。いつも、てつだう前におわっちゃってますし。」
「しっか(り)おてつだいす(る)ぞ!」
「ありがとう。」

小さくなっても笑顔は変わらない早川。
湊もふわりと笑顔を返して、まずは洗濯。
脱衣所で洗濯物を籠へ回収して、ランドリーへ向かう。

「もつ!」
「うーん、今の早川くんには難しいかな…」
「だいじょぶだ!」

小さな子供を持つ母親は大変だな、とぼんやり思いながら籠からタオル類を出して手渡す。

「じゃあ、これお願いできる?」
「ああ!」
「湊さん、おれも、おれも!」
「はいはい。」

できるだけ軽そうなTシャツやタオルをチビたちに頼んで、自分は籠を持ちあげる。
歩き出そうとしたとき、手元の重さが奪われた。

「由孝さん?」
「持つよ。俺だけ手伝いナシはちょっとな。」
「ありがとう、ございます…」
「ん。」

ふんわりと浮かべられた笑顔に、ぎゅっと体の中が締め付けられる。
黙ってそれを見ていた小堀が、湊の足元へ寄ってきて言った。

「もりやまは、なまえでよぶのか?」
「え?」
「きせや、2ねんせいたちもだよな。いつのまにか。」
「え、ええ。まあ。」
「おれたちは?」
「え?」
「おれと、かさまつは?」

こてり、と傾げられた首にまた違った意味でぎゅっと心臓が鷲掴みにされる。

「いいなら、名前で呼びますけど…」
「いいよ。な、かさまつ?」

振り返ってばっちりあった目を逸らされる。
困った顔で小堀を再度見下ろすと、にっこりと大丈夫だと笑われた。

「…浩二さん。」
「うん。」
「……幸男、さん。」

びくりと大袈裟なまでに肩を跳ねさせた笠松だったが、ややあってからぱたぱたと走り寄り、小堀と同じように足元へすり寄った。
いつもの笠松からは到底考えられない行動だったが、体が小さくなって少し幼児化しているのだろうと湊は2人の頭を緩く撫でた。

「ほら、行くぞー。」
「はい。」

森山を先頭に、7人はランドリーへ向かった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

その後もしっかり仕事を手伝ってくれたチビたちと森山を連れて、食堂へ戻る。
誠凛メンバーはリコと水戸部へ丸投げたが、どうやら向こうも向こうでどうにかやっているらしい。
いつもなら3人座ればいっぱいになるであろうソファにチビたちを乗せる。
森山が肘掛のところへ体を預けると、もぞもぞと早川と黄瀬の甘えたコンビが上ってきたため、二人を膝に乗せてソファへ落ち着いた。

「はい、お疲れ様でした。」
「ありがとう。」

それぞれにカップを渡して、自分は床へ腰を下ろした。
それを見て小堀がソファを下りて湊の膝の上へちょこんと同じように腰を下ろした。

「浩二さん?」
「ちいさいこどものとっけん、だろ?」

へら、と笑う彼に仕方なく膝へ乗せたままソファへ座りなおした。
両隣には笠松と中村。
いつもよりもどこか甘えたなチビたちの頭を撫でながら、何となく緩い時間を過ごす。

「なんか」
「はい?」
「湊ともりやま、おやみたいだ。」
「「え?」」

小堀の言葉に、他のメンバーも賛同していくのでちらりと森山を見遣ると
同じように湊を見ていた彼と目が合う。
ややあってからふっと吹き出すように笑った森山。

「言う事聞かない子供が多いと大変だな、母さん。」
「!」

目を見開く湊の頭を緩く撫でる。
困ったようにまた笑う。

「そうですね、あなた。」

破壊力抜群の言葉に、森山は膝に抱く2人の頭へ顔を埋めた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

いつものように話をしながら過ごしていると、おとなしかった中村の頭がことりと湊に預けられた。

「そろそろ寝ましょうか。」
「そうだな。」
「真也くん、寝るよ。」

優しく揺すってみるも、完全に落ちたらしく目が開く気配がない。

「俺抱いてくよ。黄瀬、早川、歩けるな。」
「「ええ〜〜〜…」」
「お前ら…」

がっしりと抱き着いたまま離れなくなった2人。
仕方なく黄瀬を肩車して早川を片手で抱いて、反対の手で中村を抱く。

「大丈夫ですか?」
「ああ…でも、これ以上は流石に無理かな…」

深くつかれた溜息に振り返ると、さっきまで起きていたはずの笠松と小堀がソファにぶっ倒れている。

「ああ…ちょっと目を離した隙に…」
「しゃあないな。往復するよ。」
「いいですよ。私が抱っこします。」

両手に抱き上げると、2人がすり寄ってぎゅっと服を握った。

「湊こそ大丈夫かよ。」
「はい。」
「湊…」
「はいはい、いいですよ寝ちゃっても。」

笠松の声に、優しく返すとこてりと今度こそ体重を湊に完全に預ける。
2人の頭へそっと自分の額を寄せて、いつものおまじない。

「おやすみなさい、良い夜を。」
「珍しい光景だな。」
「3年生にやったのは初めてかもしれませんね。」
「さ、行こう。」
「はい。」

それぞれの部屋へ行ったが、2人が抱くそれぞれの小さな手がしっかりと握りこんで離れないため、仕方なく7人はいつもと同じように1つの部屋で寝ることになった。
布団を寄せ合って、3枚の中に7人が寝ころぶ。
端にそれぞれ湊と森山、間にチビたちを挟む。

「不思議な感じだな…」
「ですね。同い年くらいだった人たちなのに。」

優しく頭を撫でてやると、へらりと笑ってすり寄ってくる。

「な、湊。」
「はい?」
「俺にも、やってくれないか?」
「?」
「おまじない。」

どうやら既に眠気がかなりきているらしい森山の目はもう閉じてしまいそうだ。
いつものように額を寄せることはできないので、そっと腕を伸ばして頭を撫でる。

「おやすみなさい、由孝さん。良い夜を。」
「ん、湊も。」

そっと湊の手を取った森山は優しく手にキスを落とした。

「それも、ネットの知識ですか?」
「んー、これで落ちたら、苦労、しないんだけど、な…」

手を握ったまま寝てしまった森山に、湊は小さく溜息をついた。

mae ato
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