合宿2日目になった。
ハードな練習をこなすメンバーたちを横目に、今日も湊は仕事に追われていた。
早朝から大量の朝ごはんの用意をし、配膳をリコに丸投げしてコートやドリンク、タオル等の準備に走る。
海常のメンバーだけならばもう少し構ってくれる湊に、黄瀬と早川は少し寂しそうだ。

「湊…」
「少しだけでも、戻ってきてくれないっスかね…?」
「…迎えにいけばいいのか?」
「!!早川センパイナイスアイディアっスいでぇ!!」
「ナイスじゃねぇだろが!」
「湊は忙しいんだ、邪魔しちゃいけない。」
「笠松センパイ、小堀センパイ…」
「あの森山ですら、おとなしくしてるんだ。お前らも見習え。」

笠松の言葉に、4人が揃って目を森山へ向ける。
体育館の壁へ背中を預けて座る彼の目には、どこか覇気がない。

「…大人しい、っていうか」
「どっちかっていうと、はっちゃける元気がないって言う方がしっくりくるッス…」
「お(れ)も、そう思う。」
「森山しっかりしろ!」

湊の存在が、海常のメンバーにとってどれだけ多大な影響を及ぼしていたかを痛感する。
檄を飛ばす笠松や小堀も、決して湊がいなくてもいいというわけではない。
ただ、黄瀬や早川よりも大人で、森山よりも症状が軽い、というだけだ。

「仕方無いわねぇ。」
「相田、」

話を聞いていたリコが溜息をついてから、ホイッスルを鳴らす。
練習をやめてそちらに目線が集まったことを確認して、声を張り上げた。

「練習場所変更するわ!」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「リコさん…私忙しいんですけど。」
「あんたがいないと話にならん奴らがいるの。仕方ないでしょ。」
「はぁ…」

やってきたのは、合宿所の傍を流れる川。
昨日湊が下見にやってきたところだ。
本当ならもう少し体育館での練習をしてから移動するつもりだったようだが
早めに切り上げたらしい。
掃除と夕飯の準備に既に差し掛かっていた湊を半ば無理矢理連れだして
彼女以外は全員水着姿になっていた。

「ふむ…やっぱ全国区だけあって海常のメンバーもなかなかいい体つきしてるわね…」
「リコ、目が変態くさい。」

うっとりと6人を見つめるリコの目線をバインダーで遮って、選手たちに川へ入るように指示を出す。
思いのほか深くなっているらしく、彼らの肩から胸のあたりまで浸かれるようだ。

「笛の音に合わせて潜るのよ!次のホイッスルが聞こえたら出てくること!いいわね!」
「無理はしないようにねー」

足元を川に浸して笛を吹くリコに対して、湊はいつものジャージをパーカーに変えて
フードをかぶった状態でストップウォッチを押す。
足元も運動靴のままで、川へ入るつもりはないようだ。

「1分休憩!」

何度か繰り返して、リコの声が飛ぶ。
湊は各選手たちの状態を見て、メモを取っている。
そこからいくつかメニューをこなして、一度川からあがるよう指示をだした。

「思いのほか体力消耗してると思うから、20分休憩ね。」
「体冷やさないように注意してください。」

バスタオルと飲み物を渡していくと、1年組がわいわいと話をしながら離れていく。

「ちょっと!どこいくの!?」
「少し下流の方を見てきます。」
「どうなってんのか気になるんス。」
「ちゃんと時間には戻ってくる…ッスから。」

言いながらも足を止める気がない彼らに、止めても無駄だという事を知っているリコは
湊からバインダーを取り上げて言った。

「湊、引率。」
「ええ…」
「あいつらだけじゃ、何かあった時に困るから。」
「リコ行けば…」
「なんて?」
「…はいはい。」

いつも以上に渋々一歩を踏み出した湊を引いて、1年生たちはどんどん進んでいった。

「……」
「水戸部、心配しすぎだって。オカンか!」
「デジャヴだな。」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

岩場を降りていくと、滝壺に出た。
そこまで大きなものではないし、危険性は感じられない。

「案外高さあるね。」
「そうですn「「ヒャッホーーーーーー!!!」」…火神くん」
「涼太くんまで…もう。」

黒子と共に下をのぞき込むと、2人が少ししてからざばりと顔を出した。

「深いし、飛び込んでも平気だぞ!」
「それ、確認してからやってくれる?!」
「大丈夫だったんスから、いいんスよ!ほら、黒子っちも!」

下から手を振られ、降旗たちや黒子も追うように飛び込んでいく。
これからまだ練習も続くというのに、元気なものだ。

「けがしないでよー!」
「大丈夫です!」

小さく溜息をついて、見通しの良い大きな岩へ腰を下ろして時間を確認する。
来たばかりだが、そろそろ時間だ。
下でばしゃばしゃ遊び続ける1年生たちに小さく笑い、声をかける。

「おーい、そろそろ戻るよー」
「はい!」

比較的聞き分けの良い誠凛の1年生たちに、湊も腰を上げるが
滝壺から上がってきたメンバーを見て、首を傾げた。

「あれ、火神くんと涼太くんは?」
「え?」
「さっきまで一緒だったんですけど…」

まだ下にいるのかとそっと滝壺を覗き込むと、足が岩場から離れた。

「え、」
「折角なんだし、湊さんも泳ぎましょ!」
「あんただけ入らねえとか、なしだろ!」
「え!?」

両側から火神と黄瀬に抱きかかえられ、珍しく顔を青くした。

「ちょ、待って!私水着じゃないし…!」
「問答無用!」
「待って、待ってってば!私、!」
「「せーのっ!!」」

何度かゆりかごのように揺すられてから、力任せに滝壺へ放り投げられる。
2人の手を離れた湊は、重力に吸い寄せられるように落ちていった。

どぼん。

彼らが落ちた時よりも少し軽めの音がして、湊の着水をしらせる。
慌てる降旗たちと、呆れたように顔をしかめる黒子。
投げ入れた本人たちは愉快とばかりに下を覗き込んだ。
そこには水を吸った洋服のままこちらを見上げて怒った声をあげる湊がいる

―――はずだった。

「…あれ?」
「どうしました?」
「……あがってこなくねぇか。」
「え…?」

いつまでたっても最初の着水以来湊が現れる気配がない。
既にあがったのかとあたりを見回すも、それらしき気配はないし、
火神と黄瀬は着水とほぼ同時に下を覗き込んでいるのでそれは考えにくい。

「…どういう、ことです。」
「ちょ、ちょっと待って!波の立ち方変じゃない?!」

福田の声にじっと目をこらすと、湊が落ちたあたりに不自然に波がたっている。
ばしゃばしゃと泡立つようなものではなく、底の方でかきまぜたような緩やかなそれ。
黄瀬の頭に、何故か行きしなに話した短所の話が過る。

「っ湊さん!!!」

慌てて飛び込んだ黄瀬が、水の底でぐるりとあたりを見回すと
少し離れた所で湊がもがいているのが見える。
苦しそうに口を押さえたまま、浮かんでこない。
近づいていくと、どうやら来ていたパーカーのフードが岩場へ引っかかってしまったらしい。
一度上がってからまた潜って、フードを外しにかかる。
あと少し、という所で黄瀬の耳元でごぼりと音がした。
空気を吐ききってしまったらしい湊の手から、力が抜ける。
力任せに湊のフードを引っ張って外し、水面へ出た。

「湊さん、湊さん!!」
「黄瀬、どうだ?!」
「わ、分かんないッス!湊さんしっかりしてくださいッス!!」

何度か頬を叩くと、湊がひどくせき込んだ。

「湊さんっ!!」
「大丈夫か!?」

降りて来た火神たちも一緒になって顔を覗き込む。
うっすらと目を開けて黄瀬を確認すると、湊はまた目を閉じた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

半泣きの状態で湊を背負って戻った1年生たちは、勿論リコから大目玉を食らった。
叱られることはあっても、罵られるように怒鳴りつけられたことはなかった彼らも
今回ばかりはただただ黙って甘んじる他なかった。

湊から引きはがされた黄瀬も、笠松から激しいお叱りを受けた。
いつもなら頃合いを見て助け舟を出してくれる小堀も、湊を抱いて眉を寄せるばかりだ。
練習は中断され、未だ目を覚まさない湊を連れて宿舎へ戻った。
部屋へ湊を寝かせ、傍へつく森山を残して他のメンバーは食堂へと集まった。

「湊はね、泳げないの。典型的なかなづちなのよ。」

静かに話し始めるリコに、それぞれが目を上げた。

「昔家族で海へ行ったときに溺れたらしくて、それ以来足のつかない水へは一度も入ってないわ。学校のプールだって、怪しいくらいなんだから。」
「湊さんが…かなづち…」

黄瀬の脳裏に、苦しそうに顔を歪める湊が過る。
自分があんな悪ふざけをしなければ。
湊の慌てように、もう少し気をつけていれば。
たれれば、の後悔が頭を支配していく。
座って小さくなる黄瀬を、早川と中村が緩く撫でた。

「湊なら大丈夫だよ。」
「そうだぞ、あいつはそんなに(脆)く出来てないか(ら)な。」

2年生2人の優しい声色に、黄瀬は小さく嗚咽を漏らした。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「湊…」

ベッドの傍に座って手を握る森山が、小さく彼女の名前を呼ぶ。
呼吸や脈拍など特に目立った以上は見られないが、時間が経っても目を開けない湊に不安は募っていく。

「目、開けてくれ湊…」

ぎゅっと手に力を込めると、ぴくりと小さな手が反応を返してきた。

「!」

急いで顔を覗き込むと、それに呼応するようにうっすらと目が開かれる。

「湊!!」
「…よし、たかさん」

呼び返してくる声に、ほっと胸をなでおろす。

「よかった、気が付いたか。体どっか変なとこないか?」
「…はい」
「そっか。あ、冷えたよな。今なにか飲み物淹れて、」

離れようとした森山の手を、湊が少し強く握って引き留める。

「湊…?」
「由孝さん、」
「なんだ、どうした?」

体を元の場所へ戻して優しく頭を撫でると、顔をしかめて握った方の手にすり寄ってくる。

「いかないで」
「…え」
「すこしだけ、ここにいてください…」

握りこまれた自分の手に、ようやく湊が少し震えているのに気が付いた。

「湊…」
「ごめんなさい、足のつかない水って、だめで、」

それ以上なにも言わない湊に、森山は再度腰を落ち着かせた。
握られた手をやんわりと外してから、絡めるように握りなおす。
不安定だった湊の呼吸が少し落ち着いたのを確認してから、森山は冷静さを取り戻すまでそのまま傍に居続けた。

mae ato
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