風呂を終えて選手たちが食堂へやってくる。
近づくにつれて香る匂いに、自然と腹の虫も鳴く。

「あー、腹減ったッスー」
「だな。」
「お前バスも死んでたからパーキングとかでも何も食ってないしな。」
「そっスよ!」
「俺からすれば、湊の膝枕が羨ましすぎて妬ましかった。」
「(森)山さん、今日も通常運転っスね!」

海常メンバーが連れ立って食堂へ入ると、ちょうど湊が昼食の用意をしているところだった。

「あ、丁度良かった。今揚がったところなんです。」

こつりと出されたのは、天丼だった。
一気に小堀が嬉しそうな顔に代わる。

「天丼…!」
「大きい鍋もありましたし、大量生産ってことで。しっかり食べて午後からも頑張ってくださいね。」
「午後は何するんだ?」
「風(呂)入っちゃったぞ。」
「べたべたのまま午後行きたくないでしょう?」

それぞれ丼を受け取って、席に着く。
声をそろえて手を合わせ、豪快にかきこんでいく。
台所からそれを見て笑みを浮かべていると、目の前に青い目。

「わんっ」
「え?」

元気に吠えた2号と、彼を抱えた黒子、誠凛の1年たちがやってきた。

「僕たちも、いただいていいですか。」
「ああ、うん。ご飯自分がいいだけ盛ってくれる?」

炊飯器を指さして丼を渡し、湊は天ぷらの用意をする。
とてとてと足元に寄ってきた2号をそっと抱き上げてカウンターへと非難させる。

「だめだよ、油が飛んできて危ないからね。」
「くぅ〜ん…」
「黒子くんたちといてね。」

戻ってきた5人に天ぷらを盛ってやって、2号を預ける。
相変わらずの火神に顔を引き攣らせたが、誠凛メンバーにいつものことだと笑われた。
後からやってきた2年生たちにも同じように昼食の用意をして、自分は後片付けを始める。
誠凛の2年生と入れ替わりで海常の6人が空の器を返しにやってきた。

「ごっそさん。」
「うまかったぞ!」
「お粗末様です。」
「先行ってくれ。」
「おお。」

1人残った小堀が、いつも湊の家にいる時と同じように洗い物を手伝いに入ってくる。
腕まくりをしてシンクの前へ立つ彼に、湊はスポンジと洗剤を手渡した。

「すみません、いつもありがとうございます。」
「これくらいはしないと、罰があたるよ。」
「これは私の仕事です。」
「俺たちにだって、やる義務はある。」
「みなさんの仕事は、バスケをやることですよ。」

笑い合いながら食器や調理器具たちを片していく。
並ぶ2人を後ろから見ていた木吉が、ぽけっとした声色で言った。

「なんか、お似合いって感じだな。」
「確かに。小堀さんデカいけど、湊もタッパあるし丁度いいっていうか。」
「湊も海常のメンバーの前では雰囲気違うしなぁ。」
「癒し空間って感じですよね…」

木吉に同調した日向や小金井たちも、うんうんと頷く。
頬杖をついてそれを聞いていたリコは、人知れず溜息をついた。

「(これじゃ、森山さんも大変ねぇ…)」

どこか熟年夫婦のような雰囲気を醸し出す2人を見ながら、森山を憐れんだ。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

風呂に入ったということは、洗い物が出たということで。
湊は大量の洗濯物を持ってランドリーへやってきていた。
2台ある洗濯機を駆使して、できるだけ効率よく回していく。

「っしょっと…」

洗濯籠に山積みにした洗濯物を干すために、外へ出ていく。
少し高い位置にあるそれにしっかり全部干したところで、空を仰ぐ。
相変わらず、憎らしいほどにいい天気だ。

「…布団も干しちゃおうかな。」

布団は一部屋にシーツ等と一緒に置かれていて、練習が終わったら取りに来てもらおうと思っていた。
せっかくだし、と押入れから敷布団を取り出して干していく。
飛んでいかないようにしっかりととめてから、また洗濯へ戻る。

途中で風呂の脱衣所へ寄って窓と扉を全開にしていると、黄瀬がやってきて声をかけた。

「あ!いたいた、湊さん!」
「なあに?」
「ちょっと、お願いしたい事が…」

忙しいことは分かっているので、至極申し訳なさそうにもごもごする彼に
湊は嫌な顔ひとつせず、頷いた。
黄瀬についていくと、到着したのは外にある簡易コートで。

「何かあったの?」
「火神っちたちと遊んでたら、ボールがゴールの向こう側にひっかかっちゃって…」

指さす先へ視線をずらすと、確かに絶妙なさじ加減ですっぽりと枠組みの間へボールが挟まっている。

「ゴール揺すったりしたんスけど、取れなくて。倒すにも固定してあって無理だし、登ろうにも上がりにくくって…」
「ん、わかった。」

一緒に居た火神や黒子たち1年は、首を傾げていた。
一番背の高い火神ですら届かなかったそれに、何故湊を呼んだのか。
じっと傍観していると、湊が黄瀬に声をかける。

「ゴール高くて届かないや、あげてもらえる?」
「はいッス。」

ひょい、と持ち上げられた湊はゴールに足をかけて登っていく。
ボードの上へ立って、裏側へ手を伸ばす。

「お、おい!!」
「危ないですよ!!」

誠凛のメンバーが慌てて止めるが、黄瀬はただ見ているだけだった。
少ない枠組みへ順番に足をかけてボールを外し、下にいる黄瀬へ声をかける。

「涼太くん、取れたよー」
「ありがとうございますッス!」
「落とすよー」

湊の手を離れたそれをしっかりキャッチしてから、飛び降りた湊を抱き留めてゆっくりと地面へ下ろした。

「すみません、湊さん。」
「ううん、ありがとう。気をつけてね。」

にこりと笑ってまた戻って行こうとする湊を、火神が呼び止める。

「なあ。」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「おっそいわねぇ…どこで何やってんのかしら。」
「火神だけならまだしも、1年が揃って遅刻なんて珍しいな。」
「黄瀬も戻ってこねぇし、何してんだあいつは…!」

既に午後の練習開始時間は過ぎている。
イライラを隠しもしないリコと笠松に、日向が溜息をついた。

「探してこようか。」
「…そうね。」

ちょうどゲームから外れていた日向、伊月、早川、中村がそれぞれ体育館を後にした。

「別に俺たちだけでも良かったんだぜ?」
「いや、湊が来ないってのも珍しいし…」
「一緒にいるのかな…?」

少し行ったところで、ぴくりと早川が足を止めて外を見る。

「早川?」
「…湊だ、黄瀬もいる。」
「は?」

目線を追って外を見るが、そこには人影もない。

「何言ってんだよ、誰もいねぇじゃねぇか。」
「えっ、おい、早川?!」

ぱたぱたと走り始めた早川に、中村がなにも言わずについていく。
日向と伊月も目を見合わせて仕方なくそれに従った。
早川は道を外れて少し森のようになっているところを迷いなく進んでいく。

「な、なぁ、大丈夫かよ…」
「大丈夫。早川が居るっていうんだから、間違いない。」
「どういうことだ?」
「早川には、レーダーがついててな。」
「…レーダー?」
「俺にもよくわからないけど、あいつは俺たちの居場所が分かってるらしい。」

中村の言葉に、更に首を傾げる2人。

「人探しにはもってこいだ。早川はある程度の距離なら、俺たちの居場所を外したことはないよ。」
「ハッ、レーダーにひっかかるのはだれーだー、ktkr!!」
「伊月、黙れ。」

がさり。
中村の言う通り、草むらを抜けた先には、確かに探していた彼らがいた。

「湊、黄瀬!」
「あれ、早川センパイ、中村センパイ…」
「ほら、時間だって言ってるのに。」
「げ!キャプテン!!」
「げ、じゃねえだろダァホ!!」
「探したぞ。」

湊は直径30センチほどの木の棒の上に器用にしゃがみ込んで火神を見下ろしていた。
彼らの足元にはそれぞれ同じように棒が転がっている。

「相変わらず器用だな、湊。」
「ごめんね、一緒になってやってちゃダメなんだけど。」
「ほ(ら)。」

ひょい、と早川に抱き上げられておろされる。
足を失った木は、すぐその場へ倒れた。
断面を見ても、安定がよさそうには見えない。

「何やってんだよ…」
「いや…俺にもできるかなって…思って…」
「ダァホ。湊のこれは、もう天性なんだよ。真似してできるようなもんじゃねぇんだ。」
「俺はできたッスよ!」
「涼太くんは特別だよ。」

苦笑いで言うと、2年2人がぴくりと反応する。

「何で黄瀬のこと名前で呼んで(る)んだ?」
「前からだっけ…?」
「え、いや、その方がいいって言われちゃったから…」

むすりと膨れっ面をつくる早川と、眉間に皺をよせる中村。
困ったものだ、と宥めるように声をかける。

「ほら、戻ろう?笠松さんたち怒ってるんじゃない?」
「お前らもだ!早く帰らねぇとカントクかんかんだぞ。」
「え゛!!」

ばたばたと走っていく1年生たちと、それを追う日向、伊月。
溜息をついて、2人の手を取る。

「行こう、えぇと、充洋くん、真也くん。」
「「!」」

呼ばれた名前に、2人はそれぞれ違う表情をしながらも体育館へ向けて歩き出した。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

午後は、すべてをリコに任せて洗濯やら掃除やらに追われていた湊。
練習を終えて選手たちが帰ってくれば、更に仕事は増えるわけで。
ぱたぱたと走り回りながら、着々とやることを消化していく。

「湊さん、あの」
「ごめん、涼太くんまたあとでね!」
「湊ー…」
「充洋くんも、ごめんね!」

ハードな練習の後でべったり甘えたい気分だった2人は、しょんぼりと同じように肩を落とした。

「本当、犬みたいだな。」
「同感だわ。」
「いつものことだ。」

肩透かしを食らった2人は標的をそれぞれ小堀と中村へ変更して引っ付きに行った。
小堀は仕方なさそうに黄瀬の頭を撫でてやり、中村もしたいようにさせているようだった。
笠松は盛大に溜息をついて、忠犬2匹へ向けて言った。

「あいつ、忙しくしてんだ。何か手伝えることあるんじゃねぇのか。」
「「!!」」
「そういえば、布団一部屋に取り込んだままだって言ってたな…」

森山がアシストをいれると、2人はばたばたと出て行った。
中村も読んでいた本を置いて後を追う。
それに倣って誠凛の1年生たちも手伝いへと食堂を後にした。
笑ってそれを見ていた3年組は、それぞれ優雅にコーヒーやらココアやらを飲んでいる。

「…先輩たちは行かないんスか。」
「俺たちが行っても、あいつは断るからな。」
「あいつらだから、意味があるんだ。」
「1年かけて、俺たちが学んだこと。」

森山が困ったように笑うので、ふ、とリコが思い出したように尋ねた。

「そういえば、ずっと聞こうと思ってたんですけど…」
「ん?」
「森山さんは、何で湊を好きになったんですか?」
「ぶふッ!!」

大人の余裕を醸し出していた森山が、飲んでいたココアを盛大に噴出した。
ぼたぼたとココアを滴らせる彼に、横から小堀がタオルを手渡しながら言う。

「そう言えば、俺たちも聞いたことないな。」
「ちょ、」
「確かに行きのバスの中で非の打ちどころがないって話はしたが、お前の湊病の発症原因は聞かなかったな。」
「湊病ならもっとこじらせてるのが2匹いるだろ!中村だって俺と変わんないし、お前らだってどっこいどっこいだからな?!」

さっきまでの余裕はどこへやら。
顔をほんのり赤くして笠松や小堀に食いつく森山に、誠凛の2年生たちはぽかんとした。

「俺たち、むしろ森山さんが湊を好きだったことに驚きなんですけど。」
「ほら見ろ!!なんか話が広がってってるじゃないか!!」
「まぁ、広がっちまったもんは仕方ねぇだろ。」
「いつか聞いてみたいなぁって思ってたんですよねぇ。」
「な、何でリコちゃん知ってるの…」
「女の勘は嘗めちゃいけませんよ。女の子ってそういう事には敏感にできてるもんなんです。」
「湊は、」
「あいつは別格です。」

ずっぱりと言い切られたところをみると、湊が森山の好意にこれっぽっちも気付いていないというのは事実なようだ。

「で?どこを好きになったんです?」
「そ、んなこと聞いてどうするんだい。」
「私が楽しいだけですけど。」
「「俺たちも絶賛楽しい。」」
「お前らほんっと意地悪いな!!」

いつもはそういう話にはとんと興味を示さない笠松も、よく知るバスケ部のメンバー内なら話は別なようで。
聞く体制に入っている彼らに、森山は必死に逃げ道を探していた。

「逃げようったって、そうはいかねえぞ。」
「うちのPG様のキレる頭脳は、森山も身を持ってよく知ってるんじゃないかな。」
「もう、本当…お前ら…」

顔を両手で覆って、とりあえず被害を最小限に抑える事に徹することにした。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「「湊(さん)ー!!」」
「あれ、涼太くん、充洋くん。真也くんまで。」

未だ少し慣れない名前呼びにつっかえながらも、どうしたのかと話を聞く体勢になる。
仕事は、ひとまず落ち着いたらしい。

「何かお手伝いすることないっスか!」
「お(れ)達でも、役に立つぞ!」

いつもなら選手には出来るだけ休んでほしいと、やんわり断るのだが
目の前の3人は既にやる気満々のようで。
それなら、その気持ちを反故にするよりはと素直に頼むことにした。

「じゃあ、布団運ぶの手伝ってもらえる?」
「はいッス!」
「どこにあ(る)?」
「そこの部屋。掛け布団と枕と敷布、シーツ類で1セットね。とりあえず全部今バラバラだから、セット作って行こうか。」

襖の1つをあけると、布団の山が出来上がっていた。
昼間に干してあった布団はふかふかで、至極魅力的だった。

「「布団だァ―――――!!!!」」

ばふ、と盛大に突っ込んでいった2人に笑いながら、湊はシーツを出していく。

「気がすんだら適当でいいから、全部一度畳んでくれる?」
「おー!」

ごろごろと堪能して作業を始めると、後から出て来た誠凛の1年メンバーも加わって
案外早く終える事ができそうだ。
人数分の寝具セットをきっちり確認して、それぞれ1組ずつ各部屋へ届けに出ていく。
いくつももって歩くのは物理的に無理なので、何往復かしなければならないが。

「とっても助かったよ、ありがとう。」
「いいんスよ!」
「いつもいろいろやって貰ってるんだから、これくらいはな。」
「そうだぞ。もっと頼ってく(れ)ていいんだか(ら)な!」
「ふふ、うん。」

寝具の用意を終えて、湊の今日の仕事も一段落だ。
あとは明日の朝食の用意をして、寝るだけ。

「皆本当にありがとうね。」
「いえ。」
「当然っすから。」

快く手伝ってくれた誠凛の1年生たちにも礼を言って、食堂へと戻る。

「明日の朝ごはんに、お礼にゼリーつけるよ。簡単で悪いけど。」
「やった!!」
「オレンジジュースがあったから、それで作ろうかな。いい?」
「全然OKッス!」

もうけたな、と喜ぶ1年生たちに緩く微笑んで引き戸を開けたところで、思わず足をとめた。

「…え、何、どうしたんです。」
「湊!!!!」
「おー、おかえり。」
「チッ、早かったわね…」
「おい、リコ聞こえてる。」

がばりと抱き着いてきた森山を受け止めながら、優しく背中をさすってやる。

「うちの先輩苛めないでよ。」
「あら、まだ序の口だったのよ?」
「話も途中だったんだ。」
「…今回は小堀さんたちも敵だったんですね。」
「湊、帰ってきてくれてほんとありがとう…」

すん、と鼻をならす森山があまりにも不憫になってきて。
仕方なく話を区切ることにした。

「各部屋へ布団の用意はしてきました。明日は7時半から朝食にしますから、遅れないでくださいね。」
「ああ。」
「わかった。」
「仕方ない、話の続きはまた今度だな。」

腰をあげた笠松と小堀に、森山がまたつっかかっていくが、今日はあまりにも分が悪そうだ。
なにより、2人に森山が口で勝てるとは到底思えない。

「はいはい、部屋へ戻りましょうね。」

保母さんのようだった、と。
後に誠凛のメンバーたちは口をそろえて感想を述べる。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「湊はさー。」
「んー?」

最後に2人で風呂につかりながら、ゆるいテンションで話をする。

「好きな人とかいないのー?」
「え?」

急に振られた話題に、首を傾げる。

「どうしたの、急に。」
「や、あんまりそういう話あんたとしないなぁって思って。」

付き合いは長いが、湊と愛だ恋だという話をした記憶は0だ。
ぱちゃり、と湯が跳ねる音がする。

「その手の話をふるってことは、自分もおんなじことを聞かれるって事だけど?」
「えっ」
「私、これでも兄たちとの口喧嘩は負けたことないんだ。」

湊の兄である清志も裕也も、それぞれ成績はいい方だ。
言葉も良く知っていて、相手を黙らせる方法を知っている。
その彼らに、一度も勝ちを譲ったことがないという湊。
にっこりと笑顔を浮かべて、リコを見遣る。

「リコにも負ける気、しないなぁ?」
「ちょ、何よその顔…」
「リコも好きな人、いるんでしょ?」

楽しそうに笑う湊に、リコがぶわっと顔を赤らめる。

「な、何を…!」
「ここで言い当ててもいいけど。結構自信あるよ。」
「や、やめて!!」

ばしゃばしゃと無意味に水面を揺らして、湊の言葉を遮る。

「はは、ごめん。少しからかいすぎた。」
「もう…」
「でも、リコなら気付いてるとおもってた。」

ぽつりと漏らされた言葉に、リコが湊を見る。
口元だけやんわり笑んで、湊は爆弾を落とす。

「いるよ、好きな人。」
「はっ!?」
「聞いてきたのはリコでしょ?」
「えっ、そ、そうだけど…」

あまりにも意外だった。
これでも森山の恋を応援しているリコは、ここで「いない」の答えがくるであろうと予想していた。
そしたら、どんな人が理想なのか、なんて話をしようとこの話題をふったのに。
まさかの展開だ。

「え、ちなみに、いつから…?」
「さぁ。忘れちゃった。」

焦る様子も見せない湊に、リコは完全に翻弄されっぱなしだった。

「でも。」

続く逆説に、挟もうとした言葉を飲み込んで続きを待つ。

「好きだって気付いた時から、負け試合なのはわかってるから。」
「え…?」
「かなわないことがわかってるから、このままでいいの。」

湯煙に紛れてしまって、あまりしっかりと表情を読み取ることはできなかったが、
声が何となく少し寂しそうに聞こえた。

「な、ならそんな人やめてもっといい人探せば、」
「それが出来たら、こんなに長い間燻ってないって。」

ざば、と湯船から出てシャワーを軽く浴びる。

「先あがるね、リコものぼせないように出てきなよ。」

ぱたん、と閉まった脱衣所のドアに、リコはただ唖然としながら湊の影を見ていた。

「…これは、思ったよりも一山二山ありそうね…」

思いもよらない展開に、リコは湯船にしっかり浸かって頭の中を整理し始めた。

mae ato
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