2時間ほど走ったところで、途中休憩を何度かはさみながら目的地に到着した。
寝て起きた黄瀬は完全にすっきりしていて、元気にぱたぱたと降りていく。
それを笑顔で見送ってから、湊も荷物を持って降車する。

「湊、部屋割りの名簿くれ。」
「あ、はい。えーっと…はい、お願いします。」
「サンキュ。」

笠松へ宿舎の地図と名簿を渡す。
指示出しをしているのを横目に、湊は既にマネージャーモードだ。
小堀印のジャージをしっかり着込んで、ジャグやらボトルやらを運び出す。
気付いた早川と中村が手伝おうとしてくれたが、それを制して体育館へ向かった。

先に到着していた誠凛メンバーに道すがらで何人か会いながら
リコを探してきょろきょろして歩く。

「湊!」
「あ、リコ。」

走り寄ってくる影に荷物を置いて笑顔を向ける。

「おはよう。」
「おはよ、他のメンバーは?」
「笠松さんに預けた。私はもう仕事はじめないと間に合わないし。」

普通なら落としてしまうであろう荷物を縦に積んでいる湊に、溜息をつく。

「手伝ってもらったらいいじゃない。」
「そしたら皆の練習が後ろへ押すから。」
「ほんっとうあんたってば…」

リコは少し行ったところにある扉をあけて声をかけた。

「1年!」
「はい!」
「ちょっと来て!アップ行くときに体育館の前通るでしょ、これついでに持って行って!」
「え、」

出て来たのは黒子と降旗で、大量の湊の荷物を見て慌てて近寄っていく。

「持ちます!」
「え、でも、」
「3日お世話になるんです、これくらいはさせてください。」

誠凛メンバーの中でも気遣いができるというカテゴリーでは水戸部に並んで上位を占める2人だが、湊は自分よりも小さな後輩たちに少し不安そうだった。
自分の所の後輩はもっと甘えたで手がかかり、更にいうならもっと大きいため余計なのだろう。
そんな事とはつゆ知らず、2人は荷物を持って歩いて行ってしまった。

「…大丈夫かな。」
「平気よ。それよりも、アンタ他の仕事へ戻らないといけないんじゃないの?」
「っそうだった!!」

ばたばたと走っていく湊に、リコはまた溜息をついたのだった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

女部屋へ自分の荷物を置いてからランドリーの確認をして、既にアップを始めているであろうメンバーの休憩の準備を始める。
冷凍庫には氷を大量生産して、お茶とドリンクを並行して用意する。
昼ごはんの下ごしらえも先に終えると、やっと湊は体育館へ足を向けた。

選手たちは今頃ロードワークに出ているのだろう。
人影のないそこを、端からモップをかけていく。
隅々まで終わると、ゴールを出してキャットウォークへあがる。
端から全部窓を開けてまわると、ちょうど他のメンバーが戻ってきた。

「おかえりなさい。」
「おう。」
「湊さん!」
「はいはい。」

番犬モードが完全オンな黄瀬と早川に苦笑いながら手を振ると、日向がつられるように湊を見上げた。

「おう、久しぶり。」
「久しぶり、3日間よろしくね。」
「ああ、こっちこそ。」
「湊、始めるから降りてきて!」

リコに呼ばれて下へ降りると、部長たちと一緒に前へ立たされる。

「今回は誠凛と合同で合宿だ。うちにはない美点も沢山あるだろう。学ぶつもりで練習に臨むように!」
「お前らもだ、いいな!」

主将2人の言葉に、それぞれが返事を返す。

「練習監督は私が請け負います。よろしく。」
「今回はサポートは全面的に私の仕事です、何かあれば仰ってください。」
「以上!さぁ、早速始めるわよ、ライン並んで!」

わらわらと動き出す選手たちだったが、ふと背後に気配を感じて降り帰る。

「中村くん?」

ポニーテールにされた髪を器用にくるくると纏め、頭のてっぺんで綺麗なお団子を作る。
ゴムでしっかりと固定してから満足そうに1つ頷いて、他のメンバーと同じようにラインへ並んだ。
そっと頭を触って照れたようにきゅっと口を結んでから、体育館を後にした。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

救急箱の中身をしっかり確認して、近くを流れているという川の場所を見に歩き出す。
明日はそこで練習をするからと言われていて、下見にやってきたのだ。
軽い足取りでごつごつした岩場を跳び越えていくと、少しして川が見えて来た。

一番端は小さな滝壺になっていて深くなっていそうだが、流れ自体は緩やかだった。
そっと覗き込んで、綺麗に澄んだ水を見て少しだけ眉を寄せた。
空を見上げると、じりじりと焼けるような日差しが降り注いでいる。
腕まくりをおろして、もと来た道を戻り始めた。

宿舎へ着くと武内に声をかけられ、予定の再確認を行う。
多少変更になったところを簡潔に伝えてまた体育館へ戻る。
時計で時間を確認して、ホイッスルを吹く。

「休憩!」

リコの声が響いて、メンバーが走っていた足をゆるめる。
それぞれ会話する中で、ボトルの用意をする湊にリコが寄ってくる。

「時間ぴったり。さすがね。」
「時間の正確さには定評がありますから。」
「恐れ入ったわ。」

ごそごそとジャージを脱いだのを見て、リコがそれを受け取る。

「アップは?」
「兼ねて川の下見に行ってきた。大丈夫だよ。」

柔軟をしながら返すと、満足そうに笑ってメンバーを呼ぶ。

「午前中はそれぞれの基礎体力を見るためにも、少し趣旨を変えてくわ。」
「どういうことだ?」

首をかしげた木吉。

「午前中は、鬼ごっこよ。」
「…は?」

突拍子がないのはいつものことだが、今回は更にだ。
日向たちも眉を寄せている。

「誠凛のメンバーはよく知ってるけど、海常のメンバーの事はあまりよく知らないからね。この舎内を使って、全員で鬼ごっこをするわ。」
「は、ぁ…」
「私は監視カメラを駆使して傍観に徹するわ。
 ルールは、宿舎内から出ないこと。怪我は絶対しないこと。この2つ。
 捕まったり捕まえたりしたら体育館へ戻ってきて。いいわね。攻守は主将どうしでじゃんけんして。」

日向と笠松のじゃんけんの末、海常は逃げる方になった。

「それじゃあ、始めるわよ。制限時間は12時のチャイムが鳴るまで。3分経ったら誠凛メンバーがスタートね。」


リコの言葉とともに立ち上がった湊に、早川が首をかしげる。

「湊も入(る)のか?」
「うん、人数少ないしね。」

ぐっと伸びをして笑う。
頑張ろうな、とにこにこする早川と湊に3年生たちも目を見合わせて笑った。

「海常、出発!」

リコの声とホイッスルに、7人は一斉に走り出した。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

たまたま同じ方向へ向かった小堀、森山、湊は作戦を練りながら歩いていた。

「どうする?」
「どうする、つったってなぁ…屋内だし、できるだけ見つからないに限るだろ。」
「そうですね。」
「隠れながらいくしかないかぁ。」
「でも、あまりひとところに居続けるのはよくないです。日向くんは地図が頭に入っているでしょうし、向こうには伊月くんもいますから。」

ちらりと腕時計を確認する湊。

「…そろそろ3分ですね。」
「げ、もうかよ。」
「とりあえず、できるだけスタート地点から離れましょう。」
「ああ。」

体育館を離れて、宿泊棟の方へやってきた3人。
周りを気にしながら進むと、ぴくりと急に小堀が足をとめた。

「小堀?」
「足音がする。」
「え?」
「まだスタートしてからそんなに経ってないぞ?」
「…でも、近づいてくる。海常の奴らじゃない。」

毎日一緒に練習をこなしていれば、それぞれの足音くらいは聞き分けられるようになっていく。
きょろりと当たりを見回してから、湊がはっとして道を戻り始める。

「湊?」
「体育館から出た所を左に曲がって少し行くと、渡り廊下になってるんです。
 道少し外れますけど、そこの上にある窓上がってきたら、すぐそこに出ます。」
「は?!」
「高い場所にある窓ですけど、確かに火神くんくらいの背があれば上ってこれます。彼はジャンプも高いですし。」
「窓と扉は全部かたっぱしから開けておくように言われてたんですけど、こういう事だったのかな…」
「ぬかりねぇな…」

できるだけ足音を立てないように走りながら小声で会話する。
分かれ道へ出たところで、小堀が足を止めた。

「小堀?」
「俺、こっちへ行くよ。人数多いと見つかりやすいし。」
「ああ。」
「気を付けてくださいね。」
「そっちもな。」

小堀と別れ、2人でまた同じ道を進む。
窓際を走っていた森山が、窓の外を見てがばりと湊を抱えてしゃがみ込んだ。
驚いて目を見開く湊に黙るようにジェスチャーを入れてから窓を見上げる。
耳を澄ましてみると、外から声が聞こえる。

「どこからいこうか。」
「木吉と日向、火神が宿泊棟の方へ行ってるし、俺たちは大浴場の方へ行ってみようか。」
「そうだな。」

小金井と、土田の声だ。
足音が自分たちがいる方とは逆を向いたところでそろりと立ち上がる。
こちらには気付かずに行ってしまったらしい。
ほっとしてまた歩き出すが、少しいったところで何の気なしに振り返った湊が目を見開いて走り出す。
追い抜き際に森山の手を取って全速力でその場を離れる。

「っ湊?!」
「走って!!」

意味も分からないまま着いていくように走るが、少しして自分たちの後ろを違う足音が追ってくることに気が付いた。

「さっき、立ち上がった時に水戸部くんと目合っちゃったんです!声がしなかったから、2人だけだと思ってて…!」

追ってくる足音の正体を知って、森山が今度は湊を引くように前を走る。

「っ由孝さん」
「スタートからそこそこ時間も経ってる。体育館の方もそろそろ人が捌けて来た頃だろ。そっち通って、食堂の方へ向かおう。」
「はいっ」

ぎゅっと握った手に、森山は自分の心臓が早くなるのを感じた。
運動だけでは理由にならないそれに、少し顔を緩めた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

水戸部をなんとか撒いて、呼吸を整えるように歩く。
辺りに気を配りながらきょろきょろしていると、急に窓から影が飛び込んできた。

「「!?」」

びくりと体を強張らせたが、その正体が笠松だと分かりすぐにほっと胸をなでおろした。

「なんだ、笠松か…」
「びっくりしました…窓から飛び込んでくるなんて。」
「悪い、上の階で伊月に鉢合わせちまってな。」
「上から来たのかよ!?」

なかなか無茶をする主将に、森山は溜息をついた。

「けがだけは勘弁してくださいよ?」
「分かってる。んな柔じゃねぇよ。」

それより、と笠松が続ける。

「小堀見てないか。」
「小堀さん?」
「最初は一緒だったけど、途中で別れてから見てないな…」
「それ、どこでだ?」
「ええと…」
「体育館より向こう側の2つめの角です。」
「何かあんのか?」
「ここへ来るまでの間に1年トリオが話してるのを聞いてな。小堀は背が高いし、余計目立つだろ?多分、あいつを狙ってるんだと思う。」
「なるほどな。でも、あいつなら大丈夫だろ。そう簡単に捕まるとは思えない。」
「それもそうだな。」

笠松と森山が歩き出したのを見て、湊は少し考えてから声をかけた。

「私、一度体育館見てきます。」
「湊?」
「誰かがもし捕まってたら、捕まえた誠凛の誰かもゲームから外れてるはずです。それなら、誰が抜けたかは把握しておくに限りますから。」
「わかった。」
「一緒に行こうか。」
「いえ、外から回るので多分お二人じゃ入れないと思うので…」
「気を付けろよ。」
「お二人も。簡単に捕まらないでくださいよ?」
「なめんな。」

走っていく背中を見送って、湊は1本道を外れて3階へ上がった。
体育館は2階にあって、外はベランダのようなものがついている。
辺りに人影がないのを確認してから、窓枠に足をかけて外へ出た。
器用に30センチほどの足場をわたって行って、体育館のキャットウォークの前へ降りる。
中を覗いたが体育館は空で、どうやらまだ全員がゲームには参加しているらしい。
体育館へ降りて、また場所は振出しへ戻った。

今度は1階へ降りて、現状を分析し始める。

ここへ来るまでに出会ったのは、水戸部と小金井、土田。
笠松が出会ったという伊月と、1年生トリオ。
宿泊棟へ行ったという日向、木吉、火神。

「やっぱり…出てこないか。」

既に時間は半分を越えているが、名前すら出ない彼は一体どこへ行ったのか。
一番に抜けるのは彼だろうと踏んでいたのだが、どうやらまだ温存中なようだ。
足を止めて考え込むと、急に自分にさす大きな影。
反射的にしゃがむと、頭上を腕がかすめた。

「か、がみくん…!」
「チッ…!」

すぐに伸びて来た手に、慌てて立ち上がって走り出す。
全速力で走るが、追う彼の速い事。
すぐ傍に足音が迫っていることがわかる。
どうしたものかと角を曲がったところで丁度黒子と鉢合わせる。

「げ!」
「!」

少し目を見開いた黒子だったが、すぐに捕まえようと体勢を整える。
それを辛うじて避け、追ってくるであろう火神へ声を張り上げる。

「黒子くん!!!」

きょとんとした黒子だったが、すぐに曲がってきた火神に気が付いた。
名前が聞こえていた火神も、黒子の存在は分かっていたらしくぶつかることもなかった。
ほっと胸をなでおろしてまた走り出す。

また次の角を曲がったところで、今度は日向に出会う。
狭い廊下内で繰り広げられる攻防は、湊もそろそろ厳しくなって来ていた。
いくら小回りが利くと言っても、空間には限界がある。

日向をぎりぎりかわしたが、走り出した先には廊下ではないものが見えた。
一度崩した体勢を元に戻せないままそれに突っ込んだ湊は、ひょいと逞しい腕に持ち上げられた。

「つかまえたぞ。」
「き、木吉くん…」

へらり。
いつもの絞まらない笑顔で見上げてくる木吉に、湊は小さく溜息をついて力を抜いた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

1時間が終わってみると、捕まったのは湊と小堀だけだった。
室内という制限に、逃げる方の小堀はあまりにも不利で
逃げる先々で出会う1年生たちに翻弄されて、最終的には待ち構えていた伊月に捕まったらしい。
不甲斐ないなぁ、と困ったように笑う小堀に、仕方ないですよ、と返しながら他のメンバーが帰ってくるのを待った。

リコからそれぞれの評価を聞いて、午前はお開きとなった。
全員にドリンクと、タオルの代わりに大きなバスタオルをそれぞれ手渡す。

「お風呂の用意できてますから、先に入っちゃってください。ご飯の用意してきます。」
「それじゃあ、1時間後に今度は食堂集合ね!」

わらわらと大浴場へ向かうメンバーたちを尻目に、リコが声をかけてくる。

「お疲れ。」
「本当だよ…勘弁してよマジで。」
「あら、楽しそうだったじゃない?」

にんまりと笑うリコに、これ以上一緒にいたら何を言われるか分からないと踏んだ湊は重い腰を上げて食堂へ向かうのだった。

mae ato
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