土曜日の朝になった。
いつもより早く部室へ行って、必要なものを運び出す。
何往復かして最後にタオルとボトルの入った籠を持って出ると、
ちょうど笠松がやってきたところだった。

「おはようございます。」
「はよ、悪いな、手伝おうと思って早めに来たつもりだったんだが…」
「大丈夫ですよ。一人でも問題ありません。」

にこりと笑顔を向けて、今日の段取りを確認するためファイルを手渡す。

「揃ったらすぐに出発して、誠凛とは現地集合になってます。」
「ああ。」
「到着したら自分の部屋へ荷物を置いて各自アップへ入ってください。練習の内容は今回はリコに一任していますので、何かあれば彼女と擦り合わせをお願いします。」
「…わかった」

少し顔をしかめた笠松に、湊も苦笑いを返す。

「どうしてもダメなら、私が間入りますから。」
「…悪いな。」
「気にしないでください。…あ、おはよう。」

湊が笠松の後ろを覗いて声をかける。
振り返った先には2年生2人。

「おはよう。笠松さんも、おはようございます。」
「おはようございます!」
「おう。今日は黄瀬は一緒じゃねぇのか。」

いつも来る間で道すがら黄瀬を拾ってくることも多い2年生トリオ。
が、既に3人が揃ってしまったことに一抹の不安を覚える笠松。
苦い顔をする彼に、湊は笑った。

「大丈夫ですよ、さっき電話したらちゃんと起きて用意してるって言ってましたから。」
「そ、か。」
「流石だな、湊!」
「抜かりないよ。」
「おはよう。」
「おーす、早いな皆。」

こちらも一緒にやってきた2人。
いつものほんわかとした笑顔を浮かべる小堀に対して、森山は欠伸をかみ殺して眠そうだ。

「おはようございます。」
「はよ、小堀、森山。」
「んー。」

談笑しながら時間をつぶしていると、湊がちらりと腕時計を確認する。

「黄瀬くーん、カウントダウン―。」

声のボリュームを上げた湊にあたりを見回すと、少し向こうから慌てて走ってくる影。

「5ー」
「ま、待ってくださいッス〜!!」
「4ー、3ー、2ー」

カウントが1になったところで、ズザア、と効果音付きで滑り込んできた黄瀬。
始まる前から既にぜえぜえと息を切らしている姿に、メンバーは呆れた顔を向けた。

「お前、起きてたんじゃなかったのかよ…」
「湊からの電話取ったんだろ。」
「と、取ったんスけど…姉ちゃんの探し物に付き合わされてて…」
「お疲れ様。さ、全力疾走直後で悪いけど、もう行くよ。」

湊がメンバーの背を押してバスの方へ向かっていく。
6人もそれに従って歩き出す。

「今日、楽しみだな!」
「他の学校と合同で合宿なんて、そうそうないもんなぁ。」
「誠凛かぁ…カントクの子、可愛いけどドギツイからな…」
「リコに伝えておきます。」
「やめて!!!」

和気藹々とマイクロバスへ乗り込み、先に運転手と打ち合わせをしていた監督へ湊が声をかけに行く。
選手陣はそれぞれ席に着いていった。

「…」
「黄瀬?どうした?」

座席からじっと話をする湊を見る黄瀬に、小堀が声をかける。

「湊さんって、完璧すぎるくらい完璧ッスよね…」
「?」
「勉強もできる、運動神経もいい、綺麗でかっこよくて、背も高くて細い。」
「そうだな。」
「おまけに面倒見もいいし仕事もできる。短気だって言いますけど、少なくとも俺が入ってからは本気でキレられた事もないし。」
「お(れ)たちもないぞ。」
「…確かに、出てこないな。」
「ホラーは苦手っぽいっスけど、それって短所ではないッスよね。人間だれでも苦手な事はあるでしょうし。」

黄瀬の言葉に他の5人も考え込む。

「…湊の短所、か。」
「特別探すことでもないと思うけど。」
「でも、気になりません?どれだけ気を許してても、何か1つくらいボロが出るはずでしょ?」
「うーん。」
「お前らどうなんだよ。ずっと一緒だろ。」

笠松の言葉に、早川と中村が目を見合わせる。

「…どうだ(ろ)うな?」
「彼女が俺たちに何か思う所はあっても、俺たちからはないですね。」
「基本面倒見ても(ら)って(る)立場は、部外でも変わ(ら)ないっす。」
「胸を張って言うな。」
「そろそろ出ますよ、忘れ物大丈夫ですか?」

渦中の彼女が6人に最終確認をしにやってきた。
思わずじっと見つめるが、本当に出てこない。

「…?」

困ったように笑顔を返して、首を傾げる彼女。
笠松がとりあえず是の返事を返すと、不思議そうにしながらも最前列に座る監督へOKの連絡に行った。

「湊って、確かに美人だよな…」
「おい、やめろ。」
「(森)山さんがいうとガチ臭が強くていたたま(れ)ないッス。」
「どういう意味だコラ。」
「動きますよ、シートベルトしてください。」

一番後ろの一列シートへ座った湊に言われ、それぞれがベルトをつけるとバスは合宿所へ向けて出発した。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

楽しそうに話をするメンバーを後ろから見ていると、湊の携帯にリコから連絡がはいる。
出発の報告だったのだが、そこから予定の確認をしていく。
途中までは打っていたのだが、面倒になったのか着信が響く。
どうしようかと迷っていると、斜め前に座っていた小堀が気づいて笑顔を向けてくれる。

「いいよ、気にしなくて。どうせ前は気づいてないし。」
「すみません。」

言葉通り、そこそこの音量で鳴っているそれに気づいているのは小堀だけのようだ。
そこより前に座るメンバーは自分たちの会話で盛り上がっていて聞こえていない。
通話ボタンを押して、少し声を抑えるようにして出た。

「リコ?」
『おはよう、湊。そっち今どこらへん?』
「そろそろ1回目のICかな。そっちは?」
『うちも似たようなもんね。火神くんたちのテンションがマックスで困ってるわ。』
「ふふ、うん、聞こえる。」

リコの溜息の後ろで1年組が騒ぐのが聞こえる。
それを罵声で否める日向と優しく諭す伊月、ボケを上乗せしてくる木吉の声。
にぎやかな誠凛メンバーに思わず笑う。

『そっちもにぎやかね。』
「うん、楽しそうで何よりだよ。」
『本当、あんたって受け身ねぇ。』
「?」
『あんたは、楽しくないの?』

聞かれた言葉に、思わず閉口した。

「どういうこと?」
『あんた、楽しそうねとか聞いてもいつも自分以外のメンバーを客観的に見てる答えしか返ってこないから。』
「そうかな。」
『湊は、海常のメンバーといて楽しくないの?』
「楽しいよ、私はここが好きだし。」

ぱっさり言い切った湊に、リコがふっと笑う。

『なら、いいの。』
「…何だったの?」
『無理して、バスケ部にいるんじゃないならそれでいいの。』

3年前の事件を知っているリコは、一番スレていたころの湊も知っている。
不愛想が服をきて歩いていたような湊と今の彼女は雲泥の差だ。

「…3年前の話なら、もう平気だよ。」
『ええ、その点海常のメンバーには感謝してるわ。』
「リコは私の姉さんみたいだね。」
『リコ姉って呼んでもいいのよ?』
「はは、遠慮しとくわ。兄さんたちが拗ねるから。」

電話の向こう側でパーキング到着の声がかかのが聞こえた。

『それじゃあ、切るわね。』
「うん、またあとで。」

携帯をホーム画面へ戻したところで、こちらも丁度休憩に停止した。
連れ立って降りていくメンバーを追って、湊も腰をあげる。
3列ほど前に座ったままの姿を見つけて、やさしく肩を揺する。

「黄瀬くん、黄瀬くん休憩だよ。」
「…湊さん」
「大丈夫?黄瀬くんもあんまり乗り物強くないの?」
「バスは、ちょっと苦手で…」

バスの特徴的な臭いに酔ってしまうらしく、いつもの元気な姿は形を潜めている。

「しんどくても一度降りたほうがいいよ。歩ける?」
「はいッス…」

少しよろけながらもバスを降りていく。
エリアの端にあるベンチに座らせて、湊は近くの自販機で水を買って戻る。
タオルと共にそれを渡して、自分も隣へ腰を下ろした。

「はい。これ、酔い止め。効くまでかかるかもしれないけど、無いよりはマシだと思う。」
「スミマセン…」
「ううん。いつもこんな感じだから。」

先ほどから、湊はやけに手馴れている。
背中を優しくさする姿も、場数を踏んでいる事を指しているような気がした。

「誰か、乗り物酔いするんスか?」
「いつもは由孝さんがね。あまり、あの人も得意じゃないみたい。」

今日は平気そうね、とつづけた湊だが、黄瀬はそんなことよりも彼女が名前で呼んだ事に目を見開いた。

「え、何で名前、」
「ん?ああ、それでいいって言われたから。」
「ふーん…」

少し拗ねたように黄瀬が湊の頭へ自分の頭を寄せる。
こつりとあたったところで、不思議そうにしながら頭を撫でた。

「どうしたの?」
「…俺の事は名前で呼んでくれないのになぁ、って思っただけッス。」
「え、何本気で呼んでほしかったの。」
「あんなに本気だったのに?!」

がばりと体勢を戻して声を荒げるが、すぐにまた気持ち悪さが戻ってきてタオルで口元を覆う。
仕方なさそうにまた背中をさする。

「ごめん、その場のノリなのかと思った。」
「…湊さん本当そういうの鈍いッスよね…」
「そうかな、そうかも。」

へらりと笑ったところで、向こうのほうから出発の声がかかる。

「トイレ大丈夫?」
「大丈夫ッス。」

未だ本調子でない黄瀬を連れてバスへ戻った。
最初に自分が座っていたところへ戻ろうとする黄瀬の背中を押して、最後列へと誘う。

「湊さん…?」
「一番後ろなら寝っ転がれるでしょ。しんどいなら寝ちゃった方がいいよ。」

湊が反対側の端へ寄って座る。
少し躊躇した黄瀬だったが、体調には変えられなかったのかもそもそとシートへ横になった。
ぽすりと湊の膝へ頭を乗せて、顔を隠すように腕をのせる。

「黄瀬くん?」
「…スンマセン、ちょっと、貸しててくださいッス。」

甘えたな末っ子に、小さく笑みを浮かべる。

「おやすみ、涼太くん。」

ぴくりと反応した黄瀬に気付かないふりをして、ひざ掛け用に持ってきていたブランケットをかけてやる。
体を横向きに変えて湊の方にすり寄る黄瀬の頭を落ちないようにそっと抱えた。

mae ato
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