※いつも以上に捏造注意!!


爆弾のように告げられた合宿宣言に、レギュラーメンバーは準備に追われることとなった。
それでも、日にちはその時点ではまだ3日ほどあったのだ。
だが、勿論こういう事になった時団体で1人は間に合わない奴が出てくるわけで。
海常ではその椅子は黄瀬のものだった。
金曜になって笠松に泣きついた彼のため、練習は早めに切り上げられた。
いつもなら残っていくメンバーも、翌日に備えて帰宅した。

湊も、いつもよりも大分早い帰宅に、時間を持て余していた。
なんとなく淹れたココアをじっと見つけて、外を見遣る。
夕焼けが綺麗にコントラストを描く。
いつもは賑やかな6人と一緒なため、1人で静かな時間は随分久しぶりだ。

じっとしているのも勿体ないな、という結論に行きつき、湊は小さな手提げに
携帯と財布だけを突っ込んで散歩にでかけることにした。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

隣町のスーパーの前。
いつもはよっぽどの事がないと来ないが、折角来たし寄って行くかと足を向けた時だった。
足の先に何かがあたる気配。

「…オレン、ジ?」

なんでこんなところに、と独り言をつぶやきながら目線を上げると
少し向こうで女性がしゃがみ込んでいる。
どうやら荷物をぶちまけたらしく、散らばった物を拾い集めている。
通行人たちは一瞥をくれるだけで、手伝おうとはしなかった。

「…最低。」

湊は先ほどのオレンジを手に、女性へ近寄った。

車道の傍に落ちたものに手を伸ばそうとした女性を、腕で制する。
ぱっと顔を上げた彼女のすぐ傍を、猛スピードのバイクが通り過ぎた。
ぱちくりと瞬きを繰り返す女性の代わりにそれを拾う。

「危ないですよ。気持ちは、わかりますけど。」

口元に小さく笑みを浮かべて、他のものを拾い集め始める。
それを見て、彼女も慌ててしゃがみ込む。
大抵の物を回収し終え、湊が寄って行くと、困った顔で持っていたカバンを見つめている。
どうしたのかと自分も目を向けると、どうやらエコバッグの底が抜けてしまったらしく
荷物が入るような状態ではなかった。

「あ、ごめんなさい。ありがとう。」

手を差し出す女性に、少し考える。
どうせ理由もなく出て来たのだ。
少し道を外れてもいいだろう。

「あの、よければ家までお持ちしますよ。」
「えっ」
「おひとりじゃ、しんどいでしょう?無理にとは勿論言いませんが…」

押しつけがましかったかな、と語尾が小さくなるが
彼女は少し驚いた顔をした後、ふんわりと笑った。

「じゃあ、お願いしようかしら。」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

持前のバランス感覚がこんなところでも役に立つとは思わなかった。
腕の中には絶妙なバランスで積まれた荷物たち。
できるだけ湊は自分がもつようにして、女性の隣を歩く。

「ごめんなさいね、手伝わせてしまって。」
「いえ、私もやったことあります。」

苦笑いを浮かべて溜息交じりに言うと、隣でくすくすと上品に笑う彼女。
長く艶やかな黒髪に、黒目がちな瞳は優しそうに細められていた。
あまり見ない和服は、彼女にとてもよく似合っていた。

「高校生?」
「はい、2年生です。」
「あら、そうなの?私の息子も1人高校3年生なのよ。」
「そうなんですか?」

自分ほどの子供がいるようには、到底見えない。
湊は素直に驚いた。

「部活に精を出してるのよ。強いらしいんだけれど、私あまり詳しくなくて。」
「はは、よくあることですよ。」

自分の母親も、バスケに関しては全くの無知だ。
子供3人が全員やっていたって分からないのだから、彼女が分からなくても仕方ないと思った。

「何部なんですか?」
「バスケットボールよ。」
「あ、私もなんです。」

「マネージャーなんですけど、」と付け足すと、女性はぴく、と小さな反応を見せて湊を見上げた。

「…もしかして、海常高校の、男子バスケットボール部の?」
「え?あ、あぁ、はい…」

どうして、と首を捻ったが、女性は納得したようにまた微笑んだ。

「なるほど、貴女が…」
「え?」
「息子がよく部活の話をしてくれるんだけれど、出てくる中にひとつだけ女の子の名前がいつも混じってるの。」
「は、はぁ…」
「とてもかっこいい子だと聞いてるわ。よく気が付いて、自分たちもとても助けられているって。」

話にイマイチついていけず、閉口するしかない湊におかしそうに笑う女性。

「綺麗な金髪に、高い背。髪とお揃いの色のイヤリング。」
「!」

自分の特徴を次々と述べられ、目を見開く。

「いつも息子がお世話になっています。おうちにも、よく入り浸っているみたいで。ごめんなさいね。」
「え、あ、いえ…え?」

ぺこり、と綺麗に頭を下げられ、今度は湊があたふたする。
ふふ、と楽しそうに笑われた時、彼女の背にある木製の引き戸ががらりと開く。

「あ、母さんおかえり、遅いからまた何、か……」

女性へ話しかけた声の主は、湊を見つけて言葉を詰まらせた。
2人で目を見開き合って、それを見てまた楽しそうに女性が笑う。

「折角だし、よければご飯でもご一緒にどう?いつものお礼と言っては何だけれど。」

そっと手を取られ、引かれるがままに門をくぐる。
ぱたりと湊の背後で閉まったそれには、「森山」の表札がかかっていた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

台所まで荷物を運んだ湊は、勝手口で手を組んでこちらを見ている彼に声をかける。

「驚きました、森山さんのお母様だったんですね。」
「母さん、よく何かとやらかして帰ってくるけど、まさか俺も湊拾って帰ってくるとは思わなかった。」

部屋着なのだろう、着流し姿でこちらを見る森山は、見慣れなくて少しの違和感を感じる。

「由孝、お部屋へ行ってなさい。お茶淹れて持っていくわ。」
「あ、お構いなく、」
「行こう、湊。」

ゆるく手を引かれて、そのまま連れ出される。
台所を離れても、森山は手を離さずに歩いていた。

「も、森山さん…?」
「ん?」
「あの、ちゃんと後ついていきますから、」
「手なら離さないよ。」

やけに頑なだな、と首を捻った時。
森山が足を止めたのに気が付かずに、そのまま背中へぶつかった。

「ぃてっ、どうしたんです、森山さん…」
「あれ、お客さん?」

知らない声が森山の向こう側から聞こえてきた。
そっと顔を覗かせたが、すぐに森山に背中へ隠される。
一瞬見えた人影は、森山によく似ていた。

「…帰ってたのか。」
「なんだよ、その言い方。誰?それ。」
「誰でもいいだろ、どけよそこ。」

あまり聞くことのない森山の攻撃的な声に、湊は少し不安そうに眉を寄せる。

「森山さん、」
「っ湊」
「湊…?」

森山が湊に気を取られた隙に、ひょっこりと森山越しにこっちを覗きこんでくる人影。
森山とよく似た黒髪に、涼やかな目。
きょとり、と目を丸くした湊に、彼はひどく楽しそうに笑った。

「ああ、君がマネージャー?」
「え?」
「っ兄さん!!」

合わせるようにかがんだ彼は、品定めするようにじっと湊を見つめる。

「へぇ、由孝はこういう子が好みなのか?」
「やめろよ、湊に絡むな!」
「初めまして、由孝の兄です。」

握手を求められ手を出そうとしたが、ぎゅっと森山に手を握られて阻止される。
困ったように頭を下げる事で返すことにした。

「宮地湊といいます。はじめまして、森山さんのお兄さん。」
「この家では皆森山だからね、名前でもいいよ?」

にこにこと笑顔を絶やさない彼に、とうとう森山が痺れを切らしたように手を引いて歩き出す。

「わっ、」
「由孝、女の子は優しく扱わなくちゃだぞ!」
「言われなくたって分かってるよ!!」

荒々しく返事をしてから、角を曲がってすぐの襖を力任せに開け、湊を入れてまた閉じる。
いらいらだけとは違う感情を抱えた森山の微妙な表情に、湊がそっと声をかける。

「由孝、さん…?」

初めて呼ばれた名前に、反射的に顔をあげた。

「あ、ごめんなさい、森山さん。」

責められていると思った湊が呼びなおす。

「え、いや、いい!」
「え?」
「名前!名前のままで!」
「は、はぁ…」

急に元気を取り戻した森山に湊は首を傾げるが、お許しが出たので名前呼びは継続することにした。

「森、ええと、由孝さんは、お兄さんと仲はあまりよくないんですか…?」
「いや、普段はそういうわけでは…」
「でも、さっきあんなに攻撃的、というか…」

湊の問いに、森山は少し言いにくそうに零した。

「…兄は、モテるんだよ。」
「?」
「俺とよく似てるだろ。でも、兄の方が絶対的にモテる。」
「はぁ…」

本当にこの人はこういう話に執着するな、とぼんやりと考えながら話を聞く。

「…だから。」
「……「だから」?」
「…湊が、もし兄さんを好きになったりとか、したら、嫌だし」

森山なりの精いっぱいの好意の表れだったのだが、湊の頭は曲解した。

「ああ、そうですよね。身内の中から知り合いとの恋人が出るとか気まずいですよね。」
「え、いや、ええと」
「でも、大丈夫です。」

どう弁解をいれようかと思案し始めた森山だったが、湊の言葉に引っかかって口を閉ざした。

「私、由孝さんの方がずっと魅力的だと思います。あくまで、主観ですけど。」

森山は、大きく目を見開いた。
いつもは兄と自分を比較したら100%自分よりも兄が選ばれるのに。

「私、由孝さんのいいところ沢山知ってますよ。お兄さんにもいいところはあるでしょうけど、でも、私は由孝さんの方が好きです。」
「湊…」
「なので、お兄さんと私がどうにかなる可能性は0です。」

言い切った湊を、森山は思わず抱き寄せた。
少し見上げて森山の顔色を窺って、もう大丈夫だと悟った湊はすり寄るようにして目をとじた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「本当に帰っちゃうの?」
「泊まって行けばいいのに。明日もどうせ一緒に合宿なんだろ?」
「はい、でも流石にそこまでお世話になるわけにはいきませんから。」

夕飯まで結果的にごちそうになってしまい、荷物の運搬代以上の報酬は受けた。
至極残念そうに眉を下げる森山の母に、苦笑いを浮かべて礼を述べる。

「本当にありがとうございました。お邪魔しました。」
「お礼を言うのはこちらの方よ。ありがとう。」
「またおいでね。」
「由孝、ちゃんと送り届けてくるのよ。」
「分かってる。行こう、湊。」

するりと自然に手を取られ、歩き出す。
最後にまた頭を下げてから、森山宅を後にした。

「すみません、送らせることになってしまって。」
「いいよ、これくらい。母さん助けてくれてありがとな。」

第一印象も良く、夕飯の用意や後片付けまできちんと手伝った湊は、森山家での評判もとてもよかった。
森山に対してだけ浮かべる笑顔もまた、家族たちにとっては好印象だったようだ。

「お母様に、料理とてもおいしかったですとお伝えください。勉強になりました。」
「分かった。母さんきっと喜ぶよ。」

二人でゆっくりと湊の家までの道のりを歩く。
いつだったかに部活帰りに並んで歩いた時とは、また少し違う空気を纏っていた。

「着流し、」
「うん?」
「着替えちゃったんですね。」
「ああ、流石に外に出るならあれは目を引くからな。」
「とっても似合ってたのに、少し残念です。」

無意識なのだろうか。
今日はずっと森山は湊の言葉に翻弄されっぱなしだった。

「湊は、和服とか好き?」
「うーん…特別好きかと言われるとよくわかりませんが、素敵だなとは思いました。」
「そか。」

とぎれとぎれの静かな会話を繰り返しているうちに、湊の家の前に到着した。
ずっとつないだままだった手が、名残惜しそうに離れていく。

「送っていただいて、すみません。ありがとうございました。」
「いや、また明日な。」
「はい、森山さんも、帰り気をつけてください。」

湊の言葉に、森山が少しだけ言葉を詰まらせてから決意したように再度口を開いた。

「戻さなくていいよ。」
「え?」
「名前。ずっと、由孝のままでいい。」
「でも、」
「俺も湊の事名前で呼んでるんだから、おあいこだろ?」

そういわれてしまうと、断る理由もない。

「じゃあ、そうします。」
「ん。」
「…由孝さん、」
「なに?」
「……いえ、お気をつけて。明日、遅刻しないように気を付けてくださいね。」
「分かってるよ。」

小さく笑ってから、そっと湊の頭にキスを落とした。

「おやすみ、良い夜を。」

湊がいつもするようにつぶやいて、森山は来た道を戻って行った。
森山の後ろ姿が見えなくなってから、湊は先ほど森山が触れた頭をそっと触って
所在なさげにきゅっと口を結んだ。

mae ato
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