黄瀬&“記”heroine
今、俺は珍しく湊さんと2人きり。
と、言っても月1の買い出しに荷物持ちとして派遣されただけなのだけど。

「本当に私1人でもよかったんだよ?」
「今日は買うもの多いって笠松センパイ言ってたッスよ。」
「んん…いつもとあまり変わらないんだけどなぁ。」
「そんなに俺を邪険にしないでくださいッス。それとも、俺とは嫌でした?」
「そんな事、」
「やっぱ、森山センパイがよかったッスか?」

彼の名前を出すと、ぴくりと少しだけ肩を揺らした。
俺たち相手だと、本当に心配になるくらい無防備だ。

「ふへ」
「何?変な声出して…」
「や、湊さん最初とは全然違うなぁって。」
「涼太くんが入ってきた頃の話?」
「そっス。」
「違うって…それは涼太くんの方でしょ?よく噛みついてきてたのに。今では充洋くんと2人で番犬なんて呼ばれて。」
「いいんスよ、俺たちはそれで。」

湊さんの事はだいすきだ。
でも、それは恋人になりたいとか、そういったものじゃない。
強いて言うなら、姉さんに近い。
本物の姉さんたちよりもずっと俺にやさしいし、面倒も見てくれるし。

「ちょっとだけ、昔話でもしながら行きませんか?」
「昔話、ねぇ。」
「て、言ってもそんなに前じゃないッスけどね。」
「でも、涼太くんが来てからもう半年近いね。早いなぁ。」
「そうっスね。…ね、覚えてます?俺たちが最初に会った時の事。」
「それって、体育館でってこと?それとも、あの時の本屋さんの事?」
「ははっ、やっぱり覚えてたッスか。」

今日は、俺と彼女の話をしようと思う。

○●○●○●○●○●

高校へ入学した俺は、今だから言えるけど完全に世間を嘗めていた。
他人よりも作りのいい顔も、恵まれた背丈やスタイルも、何をしてもうまく行く自分のポテンシャルも、すべて俺自身をどんどんつけあがらせていく要因にしかならなかった。
部活も、中学時代の功績があったので特に心配はしていなかった。
一緒に出ていた他のメンバーには劣っていたかもしれないけれど、途中参加でも強豪と呼ばれた帝光でレギュラーだったんだ。
案外チョロイもんだな、なんて思ってたこともあった。

スポーツ推薦で入ったから、バスケ部には入らないととは思ってたけどその程度だった。
海常の強さは知っていたけど、興味はわかなかった。

勉強も、得意じゃなかったけど、まあ、その程度。

学校が終わってモデルの仕事をした帰り道。
俺は本屋に寄った。
確か、自分が出ている雑誌の発売日だったんだと思う。

「(えーと…)」

雑誌コーナーを探してふらふらしていると、山積みにされたそれを見つけた。
発売日の割には山は小さい。
売れ行きは上々のようだった。
別に買う気はなかったけど、なんとなく優越感に浸りたくてそれを見ていると
隣から声をかけられた。

「あの、すみません。」

今までもこうやって雑誌コーナーにいると声をかけられたことはあったから、きっと今回もそうだろう。
俺はそう思って笑顔を作った。
本当、オンナノコってミーハーっていうかなんて言うか。
…とか、思っていた気がする。

「なんスか?」
「ごめんなさい、前いいですか。」

声をかけて来た彼女は俺には目もくれずに、俺の立っていた前に並べられた月刊の料理本を手に取った。
パラパラとめくりながら、中身を確認している。
今思えば、きっとそれはお兄さんたちや先輩たちのためのものだったんだろう。

でも、その時は俺自身をスルーされたことに衝撃を受けていた。
背も高く、派手な色をしている良くも悪くも目立つ俺に見向きもせずに、ただただ何かを考え込みながらレシピを考察している。
まあ、相手が湊さんだったんだ。
彼女がモデルだとかに興味があるとは、思えない。
繰り返すようだけど、「今だから」そう思う。

「料理、好きなんスか?」
「は…?」

俺は少し傷つけられたプライドを持ちなおそうと、自分から声をかけた。
顔を上げて、俺と目が合えばどんなバカでも気が付くだろうと思ったからだ。
…相手はバカどころか、学年でも1,2を争う頭脳の持ち主だったわけだけれど。

にっこりと効果音がつきそうな100点満点の笑顔で彼女を見下ろしていると、
俺の予想とは真逆の反応が返っていた。

「…はあ、まあ。」

なんだこいつ、と顔に書いてある。
俺の事を知らないのは、明らかだった。
俺のプライドはズタズタに引き裂かれた。
唖然とする俺に首を傾げて、彼女はそのまま手に取った本を買って店を出ていった。

俺は、その背中を無意味に見送る事しかできなかった。
その後おんなじように雑誌を買いに来た女の子に声をかけられたけど、全く嬉しくなかった。

○●○●○●○●○●

「ああ、あったねぇ。」
「俺本当傷ついたんスよー」
「いやあ、本当、興味なかったから。」
「湊さん、俺結構繊細に出来てるんスけど。」
「ふふ、ああ、でも1つだけ弁解してから続きの話をしようか。」
「?」

俺が首を傾げると、あの時とはくらべものにならないほどの優しい笑顔を向けてくれた。

「私、涼太くんのこと知ってたよ。」
「は?!え!?知っててスルーしたんスか!?」
「うん。」

笑う彼女に、俺はがっくりと項垂れた。

「何だ…」
「ああ、でも気が付いたのは本屋さん出てからだったな。」
「?」
「私が知ってたのは、「モデルの黄瀬涼太」じゃなくて、「帝光の黄瀬涼太」だから。」

目を見開くと、彼女はつづけた。

「私、ファッション雑誌とかは本当興味なかったんだけど、部の関係上月バスは買ってたし、私がその年のスカウトメンバー知らない訳ないと思わない?」
「…そっすね。」
「ね。」

もう、言い返す気力もない。
あの時は彼女がまさか海常のマネージャーだなんて知らなかったから仕方ないんだ。
俺はそう自分に言い聞かせた。

勝ち誇ったように笑う彼女が、昔話を引き継いだ。

○●○●○●○●○●

部活へ1年生が入るようになるまで、1週間かそこらは空白の時間があった。
その間にまずは学校に慣れてもらおう、といった趣旨のもと取られたブランクだったと思う。

「あ。」
「どうした?」

そのブランクの間に、私は度々涼太くんを見かけていた。
大抵今と同じように、充洋くんや真也くんといたから3人で。
その時も昼休みに練習へ向かう前に、3人で2年生の教室階の廊下から中庭にいる彼を見下ろしていた。

「あ、黄瀬(涼)太だ。」
「うん。」
「なんだ、お前もモデルとか興味あったのか。」
「え?いや、別に。うちの新人だから知ってるだけ。モデルなの?」
「…そっからなのか。」

呆れたように私を見下ろす真也くんに、誤魔化すようにへらりと苦笑いを向けておいた。
少し居心地が悪くなって、意味もなく弁当の入った袋を抱きなおす。
確かに、言われてみれば背もあるし、スタイルもいい。
スポーツマンだから、体もしっかりしてるし良い被写体になれるだろう。

「湊は本当に、無頓着だな!」
「んー、まあ、興味はない、かな。」
「兄貴たちが聞いたらまた煩いぞ。」
「兄さんたちの前では、一応しっかりした格好するようにしてるから平気。」

特にやることもなかったから、何となく見下ろしていたけれどどうやら告白現場だったようで。
少し後からやってきた女の子が手紙らしきものを渡そうと差し出したけど、彼はそれを受け取らなかった。
少し困ったような表情で、それでも綺麗な笑顔を浮かべて。
多分、できるだけ波風立てないような言葉選びに奮闘していたのだろう。
女の子も食い下がっていたけれど、頑なな涼太くんに諦めて戻って行った。

「モテ男は違うねえ。」
「つーか、入学してか(ら)まだ一週間だ(ろ)。そ(れ)で人を好きにな(る)もんか?」
「まあ、モデルの肩書は伊達じゃないって事なんだろうねぇ。」

口笛付きで言った真也くんの言葉に、充洋くんが首を傾げた。
まあ、確かにモデルの彼氏がいる、なんて経験としてはとても希少だろうけど。

「……ああいうの、よくあるんだろうね。」
「まあ、そうなんだろうな。」
「あの受け答えの仕方か(ら)見てな。」

2人は既に興味は薄れたのか、窓際から離れていつものように体育館への道のりを歩き始めた。
ふーん、なんて思いながら私も後を追おうとした時、ふいに彼が空を仰いだ。
上を向いた彼と、偶々目が合う。

涼太くんは、大きな目を更に見開いてぽかんと口をあけて私を見ていた。
モデルとは思えない表情だなと思いながら、口パクで彼に言って窓際を離れた。

「すっごい、間抜け面。」

○●○●○●○●○●

「んな事思ってたんスか!?」
「ああ、まあ。」
「酷いッス!あんまりッス!」
「私、ちゃんと伝わってたのかと思ってた。」

目当てのいつもの店について、涼太くんが持ってくれる籠に買う物を入れていく。

「分かるわけないッスよ!大分離れてたんスから!」
「でも、涼太くん私だって分かってたから、こっち見てたんでしょ?」
「人の見分けはついても、口パクの中身まではわかんないッス!」

きゃんきゃんと私の後ろをついて歩きながら不満を垂れる涼太くんに、苦笑いながら返した。

「だから、最初からあんなに噛みついてくるんだと思ってたんだけど。」
「…それは、また別ッスよ。」
「別?」
「……たぶん、その日の放課後だと思うっスけど。」

○●○●○●○●○●

昼休みに見かけた女子生徒。
間違いなく、本屋で惨敗したあの彼女だった。
俺は、確信していた。
人の顔を覚えるのは得意だったから、自信はあった。

「あの階に居るって事は…2年生だったんスね。」

ぶつぶつと独り言をつぶやきながら歩いていると、てんてんとボールが転がってきた。
足元へぶつかったそれは、見覚えのありすぎるバスケットボールだった。

「おーい、(悪)い、そ(れ)こっちく(れ)!」

どうやら体育館から勢い余って出てきてしまったらしいそれを追って出て来たのは、早川センパイだった。
なんつー滑舌してんだ、と思ったのは鮮明に覚えている。

「はい。」
「サンキュ。お前、黄瀬、だな。」

ボールだけ渡してその場を去ろうと思っていたので、話しかけられて少しだけ動揺した。

「…よく、知ってますね。」
「そ(りゃ)なあ。俺の後輩にな(る)奴だか(ら)な!」

にぱ、と効果音でもつくんじゃないかと思うくらいの明るい笑顔を向けられた。
この人が、自分のセンパイになる人。
何度でも言う。
俺は完全に嘗めていた。

「センパイ、何年ッスか?」
「2年だ。」

不思議そうに応えてくれた早川センパイに、俺はにんまりと笑った。

「センパイ、2年の金髪の女の人知りません?」

問いに対して、ああ、と軽く返事が返ってくる。

「知って(る)ぞ。」

まあ、あんだけ派手な頭してりゃ目立ちもするわな。
その時の俺はそう思ってた。

「ね、俺と1on1やりません?勝ったら、何でもいいんでその人の事教えてください。」

きょとりと目を丸めたセンパイに、俺はにこにこと笑顔を向けた。
負ける気は、なかった。

「…ああ、いいぞ。(俺)が勝った(ら)、(俺)の名前覚えて帰(れ)な。」

今思っても、本当にいいヒトだ。
完全に嘗められてる態度の1年に、彼はあくまでも先輩として接してくれた。

ゴールの置いてあるグラウンドは、その日は野球だったかサッカーだったかが使っていたから俺たちは中庭でやることにした。

「ボー(ル)は(俺)か(ら)。3分守(れ)た(ら)、(俺)の勝ちな。」
「はいッス。」

姿勢を低くして、臨戦態勢に入った。

○●○●○●○●○●

「ああ、その話聞いた。」
「早川センパイからッスか?」
「うん。」

会計を終えた私たちは、海常への道を戻り始めていた。
切符を買って、電車に乗り込む。
一緒に扉の所へ立って、話をつづけた。

「充洋くん、とっても楽しそうに帰ってきたから。幸男さんに首根っこ掴まれながら。」
「ああ、そうでしたね…」

ふいに、涼太くんが目線を外へずらした。

「涼太くん、すっごい強かったって。もう少し時間短くしとけばよかったな、ってずっと言ってたよ。」
「…あの1on1は、俺の惨敗ッスよ。」
「え?でも…」

今度は困ったようにへらりと表情を緩めて、私を見下ろした。

「確かに、俺は3分ギリギリんとこでボールは取りました。」
「うん、そう聞いてる。」
「でも、あの日早川センパイ、ローファーだったんスよ。」

え、と思ってから納得した。
いつもは体育館で練習してるから、外履きは別だ。
ボールが出て行って、普通に学校で履いている靴に履き替えて取りに行ったんだろう。

「それに引き換え、俺はその後適当にストバス寄ろうと思ってたんで、バッシュではないとはいえ運動靴でした。それだけで、すっげーハンデっすよ。」

ぎゅっと口を引き結んだ彼に、私は目を見開いた。

「…涼太くん、変わったね。」
「え?」

私の言葉に、不思議そうに首を傾げた。

「最初の頃なら、そんな風に思ってなかったんじゃないかな。」
「…」
「『確かに靴のハンデはあった。でも、俺が本気だせば、相手がバッシュで条件が同じでも確実に勝てた。』そう思わなかった?」

彼は、目を見開いた。

「なんで、」
「思ったでしょ。」

確信的に聞くと、ふらりと目線を少しだけ泳がせてから小さく頷いた。

「でも、今はさっき言ったみたいに思うんでしょ?」
「…はい。」
「それって、充洋くんの事を自分より上だって、無意識にでも思ってるからじゃない?」

私の言葉に、少し考えるようにまた視線がうろうろする。

「最初はたかだか1年しか違わない相手だって思ってても、今は先輩として、仲間としてきちんと涼太くんの中でカテゴライズされてるって事なんだと私は思う。」
「…」
「それって、私にはとっても嬉しいことだけどな。」

にっこり笑って言うと、涼太くんもふにゃりとふやけた表情で笑顔を返してくれた。

「俺も、そう思うッス。」

○●○●○●○●○●

「ただ―いまーっス。」
「ただいまです。」

がらりと体育館のドアをあけて、両手に持って帰ってきた荷物を少し雑に置く。

「おー、おかえり。」
「どーだった?黄瀬とのデートは。」

丁度休憩に出ていたらしい真也くんと充洋くんが迎えてくれた。

「楽しかったよ。昔話しながら、帰ってきた。」
「昔話って…まだ半年とちょっとだろ。」
「まあ、その間に黄瀬大分変わったしな!」

靴を履き替えて入っていく涼太くんを連れて、真也くんがコートへ戻っていく。
どうやら充洋くんは残って荷開きを手伝ってくれるらしい。
がさがさと一緒に中身を取り出していると、ふと思い出した。

「ねえ。」
「ん?」
「涼太くんと初めてやった1on1、覚えてる?」
「ああ。中庭のやつだ(ろ)?」
「うん。」

それがどうしたと視線で尋ねてくる充洋くんに、なんとなく気になって尋ねてみた。
帰りがけに涼太くんに聞いても、嫌がって教えてくれなかった。

「充洋くん、負けたら私について知ってる事教えるって言ったんだよね。」
「ああ。」
「その時、何て言ったの?」
「別に、ク(ラ)スとか、名前く(ら)いだったと思うけど。」

案外普通だ。
何をそんなに言いたがらないことがあったのか。
ふーん、と首を傾げて視線を戻すと、思い出したように充洋くんが声を上げた。

「ああ、でも。」
「ん?」
「確か、あの時――「早川センパイ!」」

ちょうど良いところで涼太くんの声がかぶってきた。
どうやら何となく察したらしい充洋くんは、少し考えてからにぱっといつもの笑顔を向けた。

「ないしょだ!」
「ええー。」
「黄瀬、1on1付き合え!」
「ハイっす!」

腑に落ちないなあ、なんて思いながらもああいわれてはしょうがない。
大人しく部室へ戻さなきゃならない備品だけを持って、体育館を後にした。

○●○●○●○●○●

「ダメっすよ、センパイ。湊さんに言っちゃ。」
「(悪)い。」

可笑しそうに笑う早川センパイに、俺は少しむくれた。
宥めるように肩をたたいてから、センパイはゴールに背を向けた。

「で?今回はどーす(る)?」
「俺からは、いつもと一緒で。俺がいない1年間の昔話1コ。」
「じゃあ、(俺)か(ら)は今日の湊との昔話の内容にしようかな!」

にっと笑って俺にボールを投げ渡す。
きゅ、と鳴る今日初のバッシュの音が、ほんの少しだけ懐かしく感じた。





俺と早川センパイがやる1on1は、大抵こういう賭け事がついてくることも、
俺が勝った日は、帰り道に湊さんの事を聞いていたことも、



最近は、聞く内容が「センパイたち6人の昔話」になったことも。



湊さんは知らない。


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