そのままの君が好き

バスケ部で、ユニフォームを貰うようになってから
俺はやたらと女子に声をかけられることが多くなった。
今まではただただ背が高いだけで、それ以外では目立ちもしなかったのに
急に手のひらを返したようにチヤホヤされるようになった。
嬉しくないわけじゃない。
でも、告白してくる女の子たちと付き合おうとは思わなかった。
最初はできるだけ優しく、と気を使っていた返事も
数をこなしていくうちに相手に合った返しができるまでになっていた。

好きだ、と
言葉に出せる彼女たちのことは尊敬している。
自分の気持ちを口に出すのは、とても勇気がいることだと思うから。
でも、毎度目の前で涙を流されると、こっちの気も滅入ってきていた。

練習の合間。
俺は体育館を出て、渡り廊下に腰を下ろして空を見上げていた。
ぼんやりしていると、ごとん、と何かが落ちる音がした。

そっちを見てから、この廊下の先には自販機があったことを思い出す。
誰かが飲み物を買いに出てきていたのか。
その程度しか思わなかった。

「げ。間違った。」

聞こえて来た独り言は、女子の声だった。
何となくそっちを見ていると、またごとりと音がした。

こっち側に用があったようで、手に2つ紙パックを持って歩いてくる。
1つはストローの刺さったレモンティー。
もう1つは、ピンクのパッケージが目を引くいちごミルクのようだ。

ふ、と目があってしまった。
しまった、見すぎたか。
そう思っていると、彼女が声をかけてきた。

「…なんか、嫌なことでもあったの。」
「は、?」

全く知らない相手だったはずだ。
名札が、1年生だ。

「なんか、顔暗いから。」
「いや、そういう、訳じゃ…」

NOの答えがすぐに出せなかったのは、同様していたのと、完全にそうじゃないと言い切れなかったからだ。

「ふーん…ま、いいけど。」
「うわ、」

ぽい、と投げられたのは彼女が持っていたいちごミルク。

「間違えて買ったやつだけど。甘いものあるとちょっとは気持ち楽になるよ。」
「…」
「じゃ。」

俺は投げ渡されたそれをじっと見ていた。
今思えば、手に余るそれを処分したかっただけなのだろうけど。

その証拠に、彼女は俺の事を覚えてはいなかった。

「私、あんたのこと嫌いだわ。」

次に向けられた言葉に少なからず傷ついた自分が、ちょっと笑えた。

☆★☆★☆★☆★☆★

「はい。」
「…ども。」

一緒に昼食を食べるために、あのベンチで二人で弁当を広げる。
飲み物が欲しいと言った常盤さんの為に自販機まで行ったところで
一番最初の出会いを思い出したのだ。

甘ったるいそれをいつもなら自分で買おうとは思わないけれど
今日はたまたま目について、手が自然とそれのボタンを押していた。

彼女の為に買ったレモンティーと小銭を交換して、またベンチに座った。

「そういうの、好きなんですね。」
「ん?」
「甘いもの、苦手かと勝手に思ってました。」
「ああ、これか。」

あの時と同じパッケージ。
あの時に出会った彼女が、(すったもんだあったが)今自分の恋人として隣にいる。

「…人生って、不思議だな。」
「はあ?」

怪訝そうな顔で首を傾げられる。
最初は端っこの方で小さくなって座っていた彼女も、最近は弁当箱2つぶんまでは寄ってきてくれるようになった。
森山と笠松に話したらすごい微妙な顔をされたけど。

特に何を話すわけでもなく一緒に昼休みを過ごして、別れる。
ひらりと手を振ると、少し躊躇していつも小さく会釈して教室へ入っていく。
今日も見届けてから、俺も3年生の教室へ向かった。

☆★☆★☆★☆★☆★

「ん、おかえりー」
「ただいま。」
「今日も小堀先輩と一緒だったんだね。」
「まぁ、ね。」

小堀先輩が買ってきてくれたレモンティーを何となく見つめる。
へらりと笑う彼の顔が浮かんで、もぞもぞする。
恐ろしいほど温厚で、気遣いができて、おまけにバスケ部のスタメン。
なんでそんな人が、私のような奴を好きだと言いだしたのか全くわからない。

「ねえ。」
「何?」
「あんた、小堀先輩と仲よかったよね。」
「まあ、チームメイト的な意味では。…何、嫉妬?」
「んなわけあるか。」

にんまりと笑われたが、それを一蹴する。

「小堀先輩が、何で私なんか好きだって言い始めたのか、知らないの?」
「さあ…?アンタの話なら腐るほど最近聞くけど、きっかけは知らないかな。」
「そんなに私の話してんのか…」

あまり知りたくなかった情報を入手してしまった。

「どしたの、急に?」
「え?」
「いつもは小堀先輩の話なんか出さないし、出したとしても「ウザい」「めんどい」「なんなのあの人」のどれかじゃん。」

…そんなだっただろうか。
自分で言うのもなんだけど、あまりにも…その、恋人、に対してちょっとアレではなかろうか。

「湊はさ。」
「ん?」
「小堀先輩のこと、本当に好きなの?」

一番答えにくいところついてきやがる。

「何、それ。」
「だってさ。小堀先輩が湊の事大好きなのは見てて感じるけど、湊が小堀先輩を好きなんだなあって思うことが今の所ないから。」
「…」
「小堀先輩に好きとか、ちゃんと言ってる?」

彼女の言葉に、付き合ってから今までを思い返して。
そういえば、付き合いだしたあの時も、私は好きだとは言わなかった。
てか、なんていうのかな、好意を持ってます、みたいなのも伝えてないような気がする。
小堀先輩が気付いてくれたから、今こんな状態でもお付き合いが続いている。
…あれ、これでいいのか?

「小堀先輩、きっと湊からの言葉欲しがってると思うな。」
「えええ…」
「湊の場合、本当に口に出さないからレア感半端ないと思うけど。」
「………」
「頑張ってみなよ。小堀先輩のこと好きならさ!」

にっこり。
効果音がつきそうなくらいの良い笑顔を向けられて、私は溜息をついた。

☆★☆★☆★☆★☆★

「…」
「……」
「………」
「…………」
「…あの、?」

帰り道。
珍しく帰りが一緒になった俺たちは、すっかり暗くなった帰り道をあるいていた。
俺たちの間は、いつもと同じ弁当箱2つ分。
それ以上は離れないかわりに、それ以上は近づかない。
それが、俺たちのルールになっていた。

が、そんなことは今どうでもいい。

今の一番の心配事は、いつも以上に常盤さんの口数が少ないこと。
最近はまだもう少し自分から話振ってくれたりしてたんだけどなあ。

「何かあったのか?」
「え、」
「なんか、今日いつも以上に静かだなって思って。」
「ああ、いえ、別に…」

ふい、と顔を逸らしてしまったから、身長差がありすぎる俺から彼女の顔は見えなくなった。
背が高いってのは、こういうところでも損なんだなと漠然と思った。
見えないのなら見ていても、と、顔を反対側へ逸らした時。
常盤さんが足を止めた。
一緒に奏でていた足音がひとつ減ったことに気が付いて自分も止まる。
振り返って彼女を見るけれど、俯いていてよく見えない。

「常盤さん?」

近づいて覗き込むように腰をかがめる。
まあ、こんなんじゃ覗き込むなんてできないんだけど。
気休め、ってやつ。

「どうしたんだ、本当今日ちょっと変だよ。」
「…小堀、先輩は」
「ん?」

首を傾げて続きを促すと、ぽつぽつと話を始めた。

「なんで、私を、選んだんです。」
「え?」
「私を、好きになって貰えるようなこと、一度もなかったと思うんですけど。」

さらりと耳にかけていた髪が落ちてくる。
少し緊張したように小さく深呼吸して、続けた。

「小堀先輩は、優しいし、温厚で回りのことよく見てて、笑顔も、その、素敵だと思う、けど。」
「え、」
「そんな人の相手が、私だなんて、あまりにも、あんまりっていうか…」

どれだけ待っても答えが返ってこない俺に痺れを切らしたのか、少ししてからそっと顔をあげた。
窺うようにゆっくり俺を見上げていたけど、俺の顔を見た瞬間目を見開いてぽかんと口を開けた。

「え、?」
「ぅあ、ご、ごめ、」

バッと両手で彼女の目を塞ぐ。
今更遅いとおもうけど、何もしないよりはましだ。

ああ、情けない。
俺いま絶対顔真っ赤だ。

「こ、小堀先輩…?」
「ごめん、ちょっと時間くれ…てか、何で、急にそんな、」

一向に戻る気配がみられない自分に困り果てながらとりあえず会話を続ける。

「…あの子に、言われて気付いたんですけど。私、小堀先輩に、なんていうか、好意らしい好意を伝えた事なかったなって。」
「こ、好意って…」
「先輩は、素直じゃない私の言葉をしっかり拾ってくれるから。甘えてたなって、今更ながら思ったっていうか…」

やばい。
いつもは氷河期状態の彼女のデレが、今まさに。
俺は、俺が伝える好きだって気持ちにちょっとだけ返してくれる表情だけでも十分幸せだったのに、こんな、

「好きになって貰えるようなところ、見つからなかったから。だから、少しくらい、ちゃんと気持ち伝えられるようになろうって、思って。」

やめて、本当に。
今の俺にはレベルが高すぎる。
頭が沸騰しそうだ。

「小堀先輩のこと、私ちゃんと好きです。」

ブツンと頭の中で音がした。
見えないながらに俺の方を向いて初めて好きだと言ってくれた彼女に、
俺は衝動的にキスをした。

ゆっくり3秒数えてから、そっと離れる。
深く深呼吸してから、彼女の視界を遮っていた手を外した。
何が起こったのかわかっていない彼女は、ぽかんとしたまま俺を見上げている。

「小堀、先輩…?」
「俺は、今のままの常盤さんが好きだよ。」
「え、あ、ありがとう、ございます…」

きっとまだ情けないままの顔をあまり見られたくなくて、くるりと振り返ってまた帰り道を歩き始める。
今度は、彼女の右手を取って。

不思議そうな顔は終始戻らなかったけど、ややあってから俺の手をきゅっと握り返してくれた彼女に、俺の心臓は限界がすぐそこまで来ていた。



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