全部全部わかってたのに

昼休みになった。
俺は、森山たちの誘いを断って中庭へ来ていた。
初めてちゃんと話をしたときと同じように、あのベンチで彼女を待つ。
来ない可能性だって高い。
でも、俺が諦めるわけにはいかない。

10分ほどしたところで、携帯にメール。
知らないアドレスからだった。

手持無沙汰だったので何となく開くと、相手は常盤さんだった。

≪そこ、動かないでください。≫

その一言に、思わず顔をあげる。
俺のいるベンチとはちょうど反対側。
植木の所に、彼女は立っていた。

動くな、と言われたので、仕方なくメールを返す。

≪来てくれたんだな≫
≪帰っていいなら帰ります≫
≪そう言うなよ≫

こんなにメールってドキドキするものだったのか。
動悸がする。

≪何の用ですか≫
≪君に、謝らなきゃいけないと思って≫
≪謝罪なら、手紙でいただきましたけど。≫

絵文字も顔文字もない。
飾りっ気のない素っ気ないメールのやりとり。

≪代筆のことも、だけど。もう一つ。≫
≪まだ謝らなきゃならないことあるんですか。≫

俺は宛先を変えて、メールを作る。
返ってきた返事に乗せられた数字の羅列へ、発信する。

数十メートル向こうの彼女が、携帯を耳にあてた。

「あの子に聞いたんですか。」
「あぁ。」

最後くらいは、メールじゃなくて自分の声で伝えたい。
どんな結果が待っていようと、後悔はしたくない。

「で、謝らなきゃならないことって何です。」
「俺、初めて会ったとき。名前聞いたよな。」
「ええ」
「ごめん。俺、君の事知ってた。」

☆★☆★☆★☆★☆★

先輩の声に、思わず返事が止まる。
は、どういうこと。

「何度か、マネージャーに用事があって君の教室へ行ったことがある。そこで。」
「そう、ですか。」
「彼女に名前を教えてもらって、君のことを一方的に知っていた。」

電話の向こうで、先輩が小さく深呼吸する。

「あの日廊下で会ったとき。チャンスだと思った。」
「チャンス…?」
「今まで話したことなんてなかったから。見てる、だけで。」

先輩の言ってることが分かんなくなってきた。

「あいつは、俺が君を見ていたのを知っていたから、わざわざ声かけてくれたんだ、と思う。」

やっぱりあいつ確信犯だったのか。

「あんまり、自分から行くの、得意じゃないけどさ。自分で言うのもなんだけど、結構頑張ってたっていうか…いっぱいいっぱいだったんだ。」
「…」
「廊下で会って、あんま相手にしてもらえてないってのわかってても、声かけたりして…素っ気なくても、返事、律儀に返してくれてたろ。」
「そりゃあ…」
「それに、俺には他の子たちにむけるようなのじゃない、素の常盤さんを向けてくれてたと思うんだ。」
「…最初が、最初でしたし。」

この人、本当全部気づいてたんだ。

「俺は、そのままの君がいいと、思う。」
「…は?」

絞り出すような声になった先輩が、今度は大きく深呼吸。

「俺は、君が好きだよ。」

☆★☆★☆★☆★☆★

言った。言えた。
やっと。

柄にもなく、見つけたら寄って行ったり、手を振ってみたり。
どれもあまり好感触ではなかったけど、
俺、頑張ってたと思うんだ。

もう、ここで終わりでいい。

これ以上は、きっと彼女にも迷惑になる。
期待も、しない。

これでいい。
何もしないで終わるよりは、ずっといい。

「俺のこと、嫌いだってのは分かってる。何度言われたか分かんないし。」

自嘲気味に言葉を振り絞る。
どれだけ引き延ばしたって答えは変わらないことを知ってるのに
できるだけ、この最後の時間を長く過ごしたい。
その一心で、言葉を続ける。

「でも、あんな形で終わらせたくなかった。きちんと、俺の中でけじめをつけたかった。」
「…」
「悪い。わかってるんだけど、返事、くれないか。」

少しして、携帯からブツリ、と音。
続くのは、無機質な通話が終了したのを報せる音だけだった。

こんなフられ方って残酷だな、なんて他人事みたいに考えて。
今まで俺が断ってきた女の子たちも、こういう気持ちだったのかと
なんとなく仲間意識を持ってしまった。

溜息と共に携帯をポケットへ直すと、急に何かが覆いかぶさってきた。

☆★☆★☆★☆★☆★

私の体は勝手に走り出していた。
何でかはわからない。

私は、先輩のことなんか好きじゃなかった。
いつもへらへらして、周りに合わせるように過ごして。
それを、素でやってのける人。

私に向ける笑顔だって、他の子にだって向けてるんでしょ。
分かってるんだから。

知らなかったけど、1年生からも人気あって。
バスケ部のスタメンだったんでしょ。
あの子がやたらと教えてくれるから、やけに詳しくなっちゃったんですよ。

私は、べつに、貴方の、ことなんて

私の体は、小堀先輩の上へ着地した。

☆★☆★☆★☆★☆★

「え、え…?」

何となく抱き留めてしまったけど、目の端でゆれるサラサラの髪。
彼女だ。

「常盤、さん…?」
「あんたのせいだ。」
「え、?」

小さい声で呟かれた言葉は、拾うので精いっぱいだった。

「あんたなんか、大嫌い、」
「…ん。」

背中に回そうとしていた手を止めてベンチへ下ろす。

「大嫌い、だ」
「…」

あまりに連呼されると、心臓が痛い。
でも、今の状況とのギャップがありすぎて、もう訳がわからない。

「嫌い、」
「うん」
「…好きじゃ、ない…」

思わず肩に顔を埋める彼女を見る。

「…っ」
「常盤さん。」

さっき諦めた手を、今度こそ彼女の背中へ回す。
びくりと揺れる肩。
そっと、刺激しないように、あやすように軽くなでる。

「常盤さん、俺、君がすきだよ。」
「っ本当、悪趣味」
「君に言われちゃ、元も子もないなぁ。」
「……本当、なんで、こんなことに」

彼女の腕から力が抜けて行ったのを見計らって立ち上がり
今度は俺が彼女を抱きしめる。

「すきだ。常盤さん。」
「〜〜〜っ」

完全に諦めていたものが、手に入った。
スタメンに上がった時もうれしかったけど、あの時は自分の努力が実ったんだって思っただけだった。
今は、それとはちょっと違う。

けど、これ以上ないくらいうれしいのは変わらない。

珍しく自分じゃ戻らないくらいの笑顔を浮かべていると、
ちらりと見上げた彼女が、赤い顔のまま嫌な顔をした。

「その顔、やめてください。」
「好きだよ、常盤さん。」
「あ―――――も――――――わかった!分かったから!!!」

ばふ、と俺の胸に顔を埋めてから、ぎゅうと抱き着いてくる彼女を
緩んだ表情をそのままに抱きしめ返した。

今日だけでも、一生分すきを伝えた気がする。

でも、まだ足りないから。

足りない分は、これから伝えていこうと思う。

(好っブ!!)
(お願いしますから、もうやめてください!!!)
(いたい…)

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